ミクログリアM1とM2の分極と神経変性疾患

ミクログリアのM1型とM2型の分極メカニズムは神経変性疾患の病態にどのように関わり、治療標的としての可能性はどこまで広がっているのでしょうか?

ミクログリアM1とM2の分極

この記事のポイント
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M1型とM2型の機能的相違

M1型ミクログリアは神経傷害性の炎症性サイトカインを産生し、M2型は神経保護性の抗炎症性サイトカインを産生する

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神経変性疾患との関連

アルツハイマー病やパーキンソン病ではM1型への過剰な分極が病態進行に関与している

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治療応用の可能性

M1からM2への分極誘導が神経変性疾患の新たな治療戦略として注目されている

ミクログリアM1型とM2型の基本的特性

中枢神経系における免疫担当細胞であるミクログリアは、マクロファージと同様にM1型(古典的活性化型)とM2型(代替的活性化型)という二つの活性化状態に分極します。M1型ミクログリアは、インターフェロンγ(IFN-γ)やリポ多糖(LPS)などの刺激により誘導され、TNF-α、IL-1β、IL-6といった炎症性サイトカインを産生します。これらのM1型ミクログリアは一酸化窒素(NO)や活性酸素種(ROS)といった神経傷害因子を放出するため、神経傷害性ミクログリアとも呼ばれています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8888930/

一方、M2型ミクログリアはIL-4やIL-13などのTh2サイトカインによって誘導され、TGF-β、IL-10などの抗炎症性サイトカインや脳由来神経栄養因子(BDNF)を産生します。M2型はArginase 1、CD206、Ym1/2などのマーカーで同定され、神経保護性ミクログリアとして組織修復や神経再生を促進する役割を担います。重要な点として、ミクログリアは固定された表現型を持つのではなく、微小環境からの刺激に応じて動的にM1型とM2型の間を移行する可塑性を有しています。
参考)https://guides.lib.kyushu-u.ac.jp/microglia_disease

活性化ミクログリアの分類マーカーとして、M1型ではCD16、CD32、iNOSの発現が特徴的であり、M2型ではCD206やArginase 1の発現が認められます。しかし近年の研究では、M1とM2の両マーカーを同時に発現するミクログリアが存在することや、遺伝子発現パターンから炎症性と考えられるミクログリアでも神経保護的に作用する場合があることが明らかになり、単純な二分法の限界も指摘されています。
参考)M1/M2型ミクログリア|キーワード集|実験医学online…

ミクログリア分極を制御するサイトカインとシグナル伝達経路

ミクログリアのM1/M2分極は、多様なサイトカインとシグナル伝達経路によって精密に制御されています。M1型への分極は、IFN-γやLPS刺激によるNF-κB(核内因子κB)シグナル経路の活性化が中心的役割を果たします。NF-κBの活性化は炎症性サイトカインの産生を促進し、STAT1(シグナル伝達兼転写活性化因子1)経路と協調してM1型表現型を確立します。
参考)https://www.hindawi.com/journals/mi/2023/8821610/

対照的に、M2型への分極はIL-4やIL-13によるSTAT6経路の活性化、およびPI3K/AKT経路が重要です。特にPPARγ(ペルオキシソーム増殖因子活性化受容体ガンマ)は抗炎症性の転写因子として機能し、M2型マーカー遺伝子の発現を促進します。老齢マウスを用いた研究では、ミクログリアのCav2.2カルシウムチャネルがM2型への移行を阻害することが判明し、このチャネルを抑制するとM2型への分極が促進されることが示されています。
参考)TREM2 promotes macrophage pola…

さらに、ミクログリア分極の制御にはリソソーム酵素カテプシン群が「分子スイッチ」として機能している可能性が日本の研究で報告されています。カテプシンはNF-κBの活性化に関連し、ミクログリアの性質を傷害性から保護性へと転換させる際に重要な役割を担っています。また、TREM2(骨髄細胞発現トリガー受容体2)はミクログリアの表面に発現する受容体で、M1からM2への分極を促進し、NF-κB経路を抑制することで抗炎症作用を発揮します。
参考)脳内の免疫担当細胞ミクログリアのM1/M2極性転換分子スイッ…

これらの分子メカニズムの理解は、ミクログリア分極を人為的に制御し、神経変性疾患の治療に応用する基盤となっています。

 

日本医療研究開発機構によるミクログリアのM1/M2極性転換分子メカニズムに関する研究成果

神経変性疾患におけるミクログリアM1とM2の役割

アルツハイマー病(AD)やパーキンソン病(PD)といった神経変性疾患では、ミクログリアのM1/M2バランスの破綻が病態進行に深く関与しています。ADの病巣部では、アミロイドβ(Aβ)斑の周囲にM1型ミクログリアが集積し、持続的な神経炎症を引き起こすことで神経細胞死を促進します。興味深いことに、疾患関連ミクログリア(DAM)と呼ばれる特殊なミクログリア亜集団がAD病変部に出現し、Aβ凝集体の除去に寄与する一方で、過剰な活性化はシナプス機能障害を悪化させるという二面性を示します。
参考)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fragi.2023.1231706/full

PDにおいても、ミクログリアは誤って折り畳まれたα-シヌクレインタンパク質の凝集に応答してM1型に分極し、ドーパミン作動性神経細胞の変性を加速させます。多発性硬化症や虚血性脳傷害では、M1型ミクログリアが炎症性サイトカインを産生し、血液脳関門(BBB)の崩壊や神経障害を誘導することが明らかになっています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/158/4/158_22155/_pdf/-char/ja

神経変性疾患モデルマウスの研究では、病巣部においてM2型からM1型への分極シフトが起こり、神経傷害性のM1型活性が優位になることが示されています。虚血性脳梗塞モデルでは、発症後3日目にはM2型ミクログリアが主体ですが、5日目以降に徐々にM1型が増加し、慢性炎症状態へと移行します。老齢マウスの脳では、M1型活性化が若齢マウスより亢進し、さらにM2型への変換が抑制されることで、加齢に伴う神経炎症の遷延化が起こります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10676790/

これらの知見から、M1型ミクログリアを神経保護的なM2型へ誘導することが、神経変性疾患の有望な治療戦略として注目されています。​

ミクログリア分極制御による治療戦略

ミクログリアのM1からM2への分極誘導を目指した治療法開発が活発に進められています。栄養補助食品(ヌートラシューティカルズ)を用いたアプローチでは、クルクミン、レスベラトロール、ケルセチンなどの天然化合物がM1型炎症マーカーを減少させ、M2型指標を増加させることが複数の研究で実証されています。特にADモデルでは、カエミナキシンA、芳香族ターメロン、ミリセチンなどがM1型の炎症性応答を抑制し、M2型への分極を促進することで神経保護効果を発揮します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10513083/

コーディセピンという冬虫夏草由来の化合物は、ミトコンドリア代謝リプログラミングを介してM2型分極を誘導し、AD治療への応用が期待されています。具体的には、コーディセピンはヘキソキナーゼII(HKII)とピルビン酸デヒドロゲナーゼキナーゼ2(PDK2)を標的として、解糖系からミトコンドリア酸化的リン酸化への代謝シフトを促し、M2型分極を誘導します。
参考)https://onlinelibrary.wiley.com/doi/pdfdirect/10.1002/advs.202304687

低強度パルス超音波(LIPUS)は、STAT1/STAT6/PPARγシグナル経路を調節することでミクログリアのM1/M2分極を制御し、神経炎症を軽減する新規の物理療法として研究されています。また、外傷性脳損傷(TBI)の治療では、M1型を抑制しM2型を促進する薬理学的介入が脳損傷の軽減と神経機能回復に有効であることが示されています。
参考)https://onlinelibrary.wiley.com/doi/10.1111/cns.14333

臍帯由来間葉系幹細胞(UC-MSC)は、活性化ミクログリアの炎症性サイトカイン産生を抑制し、RhoGTPaseやPI3K/Akt経路の活性化を介して貪食能を改善することが日本の研究で報告されています。これらの細胞療法は、内因性のミクログリア機能を調節する新たなアプローチとして注目されています。
参考)KAKEN href="https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-20K22892/" target="_blank">https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-20K22892/amp;mdash; 研究課題をさがす

しかし、グリオーマ(脳腫瘍)研究では、M2型ミクログリアが腫瘍の増殖を促進する可能性も指摘されており、疾患によってはM2型への分極が必ずしも有益ではないという複雑な状況も明らかになっています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/150/6/150_268/_pdf

ミクログリアM1とM2の分極研究における課題と展望

従来のM1/M2二分法は、ミクログリアの複雑な表現型を完全には捉えきれないという認識が広がっています。実際の病態では、M1とM2の両マーカーを発現するミクログリアが混在し、環境刺激や遺伝的要因、疾患進行に応じて多様な機能的表現型のスペクトラムを示すことが明らかになってきました。急性期脳梗塞における単一細胞RNA解析では、従来のM1/M2分類に当てはまらない複数のミクログリア亜集団が同定され、それぞれが固有の遺伝子発現パターンと機能を有していることが示されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10070543/

M1型と分類されるミクログリアでも神経保護作用を示す場合があり、単純に「M1=有害、M2=有益」という図式では説明できない状況が存在します。このため、最近の研究では、DAM(疾患関連ミクログリア)やMGnD(神経変性疾患ミクログリア)といった、より疾患特異的なミクログリア分類が提案されています。
参考)https://www.mdpi.com/1422-0067/25/20/10951

今後の研究課題として、時空間的なミクログリア分極の動態解明が挙げられます。神経変性疾患の病期によってミクログリアの役割は変化し、急性期と慢性期では求められる治療介入が異なる可能性があります。また、脳領域ごとにミクログリアの特性が異なることも考慮する必要があり、SVZ(脳室下帯)ミクログリアは神経新生の調節において特殊な機能を持つことが報告されています。
参考)301 Moved Permanently

分子レベルでは、ミトコンドリア機能とミクログリア分極の関係が重要な研究領域として浮上しています。代謝リプログラミングを介したM1/M2分極制御は、より精密な治療介入の可能性を開くものと期待されています。また、非コードRNAによるミクログリア分極調節も注目されており、エピジェネティックな制御機構の解明が進められています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11336950/

将来的には、単一細胞レベルでのミクログリア表現型解析技術の進歩により、M1/M2の枠を超えた詳細なミクログリア分類が確立され、個々の患者の病態に応じた精密医療が実現すると考えられます。免疫療法アプローチでは、タウやアミロイドβを標的とした抗体療法がミクログリア機能を間接的に調節することで治療効果を発揮する可能性が臨床試験で検証されています。
参考)神経変性疾患におけるミクログリア、アストロサイト、およびタウ

日本薬理学会によるミクログリア細胞機能における活性酸素シグナリングの解説(PDF)