筋萎縮性側索硬化症の症状と治療方法の基礎から最新知見まで

筋萎縮性側索硬化症(ALS)の症状と治療方法を医療従事者向けに解説。初期症状から進行過程、診断基準、薬物治療、日常生活支援まで網羅的に紹介。あなたの臨床現場でこの知識をどう活かしますか?

筋萎縮性側索硬化症の症状と治療方法

筋萎縮性側索硬化症(ALS)の基本情報
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疾患の本質

運動ニューロンが変性・消失する進行性神経変性疾患

主な特徴

運動機能の喪失が進行するが、感覚・認知機能は維持されることが多い

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予後

発症から3年以内に半数が死亡するが、10年以上生存する例も存在

筋萎縮性側索硬化症の初期症状と進行過程

筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていく進行性の神経変性疾患です。この疾患の特徴は、筋肉そのものの病気ではなく、筋肉を動かすための神経(運動ニューロン)が障害を受けることにあります。

 

初期症状は非常に微妙であり、以下のような形で現れることが多いです。

 

  • 手の動きがぎこちなくなる(ペンが持ちにくい、ボタンがかけにくいなど)
  • 足の筋力低下(つまずきやすい、階段の昇り降りが困難など)
  • 話しにくさ、食べ物がのみ込みにくい症状
  • 筋肉のけいれんや痙攣
  • 過度の疲労感
  • 体重減少

ALSの症状は通常、左右いずれかの片側から始まることが特徴的です。例えば、右手の筋力低下から始まり、やがて左手や他の部位にも症状が広がるというパターンが一般的です。初期の段階では症状が局所的であるため、患者自身も周囲も気づきにくいことがあります。

 

病態の進行は個人差がありますが、一般的には以下のような経過をたどります。

  1. 初期段階:局所的な筋力低下や筋萎縮から始まる
  2. 中期段階:症状の広がりと悪化、複数の筋群に症状が拡大
  3. 進行期:広範な運動機能障害、嚥下・呼吸機能の低下

特筆すべきは、ALSでは感覚、視力、聴力、内臓機能などはすべて保たれることが普通であることです。これにより、筋肉の機能が失われても、思考能力や感覚は維持されるため、患者は自身の状態を明確に認識したまま疾患の進行を経験することになります。

 

筋萎縮性側索硬化症の患者のおよそ半分は3年以内に亡くなりますが、10年以上生きる人もおり、ごくまれに30年以上生きる例も報告されています。特に、球麻痺症状(嚥下・構音障害)を初発とする場合は、四肢筋力低下を初発とする場合に比べて予後不良とされています。

 

筋萎縮性側索硬化症の特徴的な臨床所見と診断基準

筋萎縮性側索硬化症(ALS)の診断は、特徴的な臨床所見を詳細に評価することから始まります。ALSには以下のような特徴的な臨床所見があります。
解離性小手筋萎縮(split hand)
ALSの重要な診断的特徴の一つが「解離性小手筋萎縮」です。これは尺骨神経支配下の筋肉のうち、第一背側骨間筋が萎縮する一方で、同じ尺骨神経支配である小指球筋が比較的保たれるという特有の所見です。この所見はALSの初期段階から認められることがあり、診断価値が高いとされています。

 

上位運動ニューロン徴候と下位運動ニューロン徴候の併存
ALSでは上位運動ニューロン(大脳皮質の運動野から脊髄前角細胞までの経路)と下位運動ニューロン(脊髄前角細胞から筋肉まで)の両方が障害されます。この両者の徴候が同一領域に見られることがALS診断の重要な鍵となります。

 

  • 上位運動ニューロン徴候。
  • 腱反射亢進
  • 痙性(筋緊張亢進)
  • バビンスキー反射陽性
  • 下位運動ニューロン徴候。
  • 筋萎縮
  • 筋力低下
  • 筋線維束攣縮(ファシキュレーション)
  • 球麻痺症状(構音障害、嚥下障害

後期症状の認識と管理
病気が進行すると、さらに以下のような症状が現れます。

  • 食事や着がえに介助が必要となる
  • 歩行困難となり、最終的に車いすが必要となる
  • 嚥下困難が進行し、栄養チューブが必要となる
  • 呼吸機能の低下により、人工呼吸器が必要となる

診断のためのアプローチ
ALSの診断には以下の検査が重要です。

  1. 神経学的診察:上記徴候の評価
  2. 筋電図検査(EMG):下位運動ニューロン障害を示す脱神経所見
  3. 神経伝導検査(NCS):感覚神経は正常範囲、運動神経の振幅低下
  4. MRI:他疾患の除外(頸椎症、多発性硬化症など)
  5. 血液検査自己抗体検査や代謝疾患のスクリーニング

診断基準としては、改訂El Escorial診断基準やAwaji-Shima診断基準が国際的に用いられています。これらの基準では、上位・下位運動ニューロン徴候の組み合わせと分布パターンから診断確度を判定します。

 

また、臨床症状が似た他の疾患(多発性神経炎、脊髄疾患、筋疾患など)との鑑別が非常に重要です。初期症状が限局的であるほど診断は難しくなるため、症状の経過観察が診断の重要な要素となります。

 

日本神経学会による筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン2013(最新の診断基準と臨床評価のポイント)

筋萎縮性側索硬化症の薬物治療の現状と対症療法

現在の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療方法は、薬物療法と対症療法があります。現時点では、進行を完全に止める治療法は確立されておらず、症状を軽減させ、進行のスピードを遅らせるための治療が主体となります。

 

疾患修飾薬:リルゾール
日本で唯一認可されたALS治療薬はリルゾールです。この薬剤は、グルタミン酸の興奮毒素を抑える効果があり、以下のような特徴があります。

  • 投与量:50mgを1日2回服用することが推奨
  • 期待される効果:気管切開や人工呼吸器を利用するまでの期間を2~3カ月遅らせることができる
  • 限界:運動機能や筋力の回復効果はなく、進行を遅らせる効果のみ

対症療法の重要性
ALSの症状緩和のためには、様々な対症療法が重要な役割を果たします。

  1. 筋肉の痛みへの対応

    筋萎縮性側索硬化症の患者の40%~70%は、痛みを伴うことがあります。痛みを和らげるために以下が使用されます。

    • 抗てんかん剤
    • 筋緩和剤
    • マッサージや体位変換
    • 温熱療法
    • 非ステロイド系抗炎症剤
  2. 筋肉のけいれんや痙縮への対応
  3. よだれ(唾液分泌過多)への対応
    • 抗コリン薬
    • 三環系抗うつ薬
    • 唾液腺へのボツリヌス毒素注射(難治例)
  4. 感情障害への対応

    ALSは感情に影響を与え、理由もなく笑ったり泣いたりすることがあります。また、疾患の重症さから抑うつ状態になることもあります。これらに対しては。

    • 抗うつ薬
    • 精神安定剤
  5. 睡眠障害への対応

    不安からくる不眠がある場合は、呼吸障害が少ないタイプの睡眠薬が使用されることがあります。

     

リハビリテーションの役割
身体の疲労や筋肉の低下を防ぐためのリハビリテーション(理学療法)も治療の重要な一環です。

  • 関節をやわらかく保つためのストレッチ
  • 筋肉が過度に萎縮するのを防ぐための運動
  • 呼吸機能を維持するための呼吸理学療法
  • 誤嚥を防ぐための嚥下訓練

適切な対症療法とリハビリテーションを組み合わせることで、患者のQOLを大きく向上させることができます。特に初期~中期段階では、多職種による包括的なアプローチが重要です。

 

PMDAによるリルゾールの審査報告書(薬物療法の科学的根拠)

筋萎縮性側索硬化症患者の日常生活支援と栄養・呼吸管理

筋萎縮性側索硬化症(ALS)の進行に伴い、患者の日常生活活動は徐々に制限されていきます。疾患の進行段階に応じた適切な支援と管理が患者のQOL維持に不可欠です。

 

栄養管理の重要性と段階的アプローチ
ALSでは嚥下障害が進行性に悪化するため、早期から栄養状態のモニタリングが必要です。体重減少は予後不良因子となるため、適切な栄養介入が重要です。

 

  1. 食形態の調整期

    筋萎縮性側索硬化症ではむせや誤嚥が起こりやすくなるため、以下のような対応が必要です。

    • 食品を小さく刻む
    • とろみのある食品を利用する
    • 適切な食事姿勢を保つ
    • 少量ずつゆっくり摂取する
  2. 経管栄養への移行

    病気が進行すると、自力での食事が困難になるケースが多いため、以下の選択肢があります。

    • 経鼻経管栄養:鼻から細いチューブを胃へ通して栄養を投与する方法
    • 胃瘻(PEG):腹部から直接胃にチューブを挿入する方法

胃瘻の造設タイミングは慎重に判断する必要があり、呼吸機能が著しく低下する前に検討することが推奨されています。

 

呼吸管理の重要性
筋力低下により呼吸機能が低下することは、ALSにおける主要な死因です。適切な呼吸管理が生命予後に大きく影響します。

 

  1. 初期の呼吸サポート
    • 呼吸理学療法(呼吸筋トレーニング、排痰法など)
    • 効率的な呼吸パターンの指導
  2. 非侵襲的人工呼吸(NIPPV)

    ALSの呼吸困難時に使用できる呼吸補助具で、マスクを装着することで特に就寝時などの呼吸をサポートします。気管切開をせずに呼吸補助が可能です。

     

  3. 侵襲的人工呼吸管理

    症状が進むと、自分で呼吸することが困難になるため。

    • 気管切開
    • 人工呼吸器の装着

      が必要になることがあります。この