筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、手足・のど・舌の筋肉や呼吸に必要な筋肉がだんだんやせて力がなくなっていく進行性の神経変性疾患です。この疾患の特徴は、筋肉そのものの病気ではなく、筋肉を動かすための神経(運動ニューロン)が障害を受けることにあります。
初期症状は非常に微妙であり、以下のような形で現れることが多いです。
ALSの症状は通常、左右いずれかの片側から始まることが特徴的です。例えば、右手の筋力低下から始まり、やがて左手や他の部位にも症状が広がるというパターンが一般的です。初期の段階では症状が局所的であるため、患者自身も周囲も気づきにくいことがあります。
病態の進行は個人差がありますが、一般的には以下のような経過をたどります。
特筆すべきは、ALSでは感覚、視力、聴力、内臓機能などはすべて保たれることが普通であることです。これにより、筋肉の機能が失われても、思考能力や感覚は維持されるため、患者は自身の状態を明確に認識したまま疾患の進行を経験することになります。
筋萎縮性側索硬化症の患者のおよそ半分は3年以内に亡くなりますが、10年以上生きる人もおり、ごくまれに30年以上生きる例も報告されています。特に、球麻痺症状(嚥下・構音障害)を初発とする場合は、四肢筋力低下を初発とする場合に比べて予後不良とされています。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の診断は、特徴的な臨床所見を詳細に評価することから始まります。ALSには以下のような特徴的な臨床所見があります。
解離性小手筋萎縮(split hand)
ALSの重要な診断的特徴の一つが「解離性小手筋萎縮」です。これは尺骨神経支配下の筋肉のうち、第一背側骨間筋が萎縮する一方で、同じ尺骨神経支配である小指球筋が比較的保たれるという特有の所見です。この所見はALSの初期段階から認められることがあり、診断価値が高いとされています。
上位運動ニューロン徴候と下位運動ニューロン徴候の併存
ALSでは上位運動ニューロン(大脳皮質の運動野から脊髄前角細胞までの経路)と下位運動ニューロン(脊髄前角細胞から筋肉まで)の両方が障害されます。この両者の徴候が同一領域に見られることがALS診断の重要な鍵となります。
後期症状の認識と管理
病気が進行すると、さらに以下のような症状が現れます。
診断のためのアプローチ
ALSの診断には以下の検査が重要です。
診断基準としては、改訂El Escorial診断基準やAwaji-Shima診断基準が国際的に用いられています。これらの基準では、上位・下位運動ニューロン徴候の組み合わせと分布パターンから診断確度を判定します。
また、臨床症状が似た他の疾患(多発性神経炎、脊髄疾患、筋疾患など)との鑑別が非常に重要です。初期症状が限局的であるほど診断は難しくなるため、症状の経過観察が診断の重要な要素となります。
日本神経学会による筋萎縮性側索硬化症診療ガイドライン2013(最新の診断基準と臨床評価のポイント)
現在の筋萎縮性側索硬化症(ALS)の治療方法は、薬物療法と対症療法があります。現時点では、進行を完全に止める治療法は確立されておらず、症状を軽減させ、進行のスピードを遅らせるための治療が主体となります。
疾患修飾薬:リルゾール
日本で唯一認可されたALS治療薬はリルゾールです。この薬剤は、グルタミン酸の興奮毒素を抑える効果があり、以下のような特徴があります。
対症療法の重要性
ALSの症状緩和のためには、様々な対症療法が重要な役割を果たします。
筋萎縮性側索硬化症の患者の40%~70%は、痛みを伴うことがあります。痛みを和らげるために以下が使用されます。
ALSは感情に影響を与え、理由もなく笑ったり泣いたりすることがあります。また、疾患の重症さから抑うつ状態になることもあります。これらに対しては。
不安からくる不眠がある場合は、呼吸障害が少ないタイプの睡眠薬が使用されることがあります。
リハビリテーションの役割
身体の疲労や筋肉の低下を防ぐためのリハビリテーション(理学療法)も治療の重要な一環です。
適切な対症療法とリハビリテーションを組み合わせることで、患者のQOLを大きく向上させることができます。特に初期~中期段階では、多職種による包括的なアプローチが重要です。
PMDAによるリルゾールの審査報告書(薬物療法の科学的根拠)
筋萎縮性側索硬化症(ALS)の進行に伴い、患者の日常生活活動は徐々に制限されていきます。疾患の進行段階に応じた適切な支援と管理が患者のQOL維持に不可欠です。
栄養管理の重要性と段階的アプローチ
ALSでは嚥下障害が進行性に悪化するため、早期から栄養状態のモニタリングが必要です。体重減少は予後不良因子となるため、適切な栄養介入が重要です。
筋萎縮性側索硬化症ではむせや誤嚥が起こりやすくなるため、以下のような対応が必要です。
病気が進行すると、自力での食事が困難になるケースが多いため、以下の選択肢があります。
胃瘻の造設タイミングは慎重に判断する必要があり、呼吸機能が著しく低下する前に検討することが推奨されています。
呼吸管理の重要性
筋力低下により呼吸機能が低下することは、ALSにおける主要な死因です。適切な呼吸管理が生命予後に大きく影響します。
ALSの呼吸困難時に使用できる呼吸補助具で、マスクを装着することで特に就寝時などの呼吸をサポートします。気管切開をせずに呼吸補助が可能です。
症状が進むと、自分で呼吸することが困難になるため。
が必要になることがあります。この