上衣細胞と脳脊髄液の産生と循環

脳室系を覆う上衣細胞は脳脊髄液の循環制御や神経保護において極めて重要な役割を果たしています。上衣細胞の構造や機能異常は水頭症などの重篤な疾患とどのように関連しているのでしょうか?

上衣細胞と脳脊髄液

上衣細胞と脳脊髄液の関係
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上衣細胞の基本構造

脳室系の壁を構成し、多数の運動性繊毛を持つ上皮細胞です

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脳脊髄液の循環

繊毛運動により脳室内の脳脊髄液循環を制御します

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防御機能

免疫バリアとして脳を保護し物質交換を調節します

上衣細胞の構造と脳脊髄液産生への寄与

 

上衣細胞は脳室系の壁を構成する上皮細胞の一種であり、側脳室、第3脳室、第4脳室、脊髄中心管といった脳脊髄液で満たされた空間の内腔表面を覆っています。脳脊髄液の主要な産生源は脳室内の脈絡叢ですが、上衣細胞も脳脊髄液の産生に寄与しており、脳内の間質液も脳室内に流入することで総体的な脳脊髄液量が調節されています。成人の脳脊髄液総量は約100~140mlであり、1日あたり約500mlが産生されることから、上衣細胞を含む産生・吸収システムが常に機能していることが理解できます。
参考)https://www.mmc.funabashi.chiba.jp/neurosurgery/uploads/HCP-61_1.pdf

上衣細胞は形態学的に複数のサブタイプに分類され、多数の繊毛を持つE1細胞、2本の繊毛を持つE2細胞、繊毛をほとんど持たない伸長上衣細胞(Tanycytes)が存在します。E1細胞は1細胞あたり32~73本の運動性繊毛を有し、免疫組織化学的にはS100β、Sox2、CD24、CD133、vimentin陽性を示します。電子顕微鏡観察では、電子密度の低い明るい細胞質や球状の核を持ち、繊毛の基底小体付近には多数のミトコンドリアが局在しており、エネルギー要求の高い繊毛運動に対応した構造を有しています。​
上衣細胞間の密着結合は細胞全周性に形成されていないため、上衣細胞間の「隙間」を介して脳実質と脳脊髄液の間で物質交換が可能となっています。この構造により、脳実質で生じた代謝産物や排出物が脳脊髄液へ拡散し除去される経路が確保されており、中枢神経系の恒常性維持に重要な役割を果たします。さらに上衣細胞にはグルコース輸送体GLUT1/2、Na+/K+/Cl-共輸送体、モノカルボン酸輸送体MCT1などが発現しており、水分子を浸透圧に逆らって能動的に輸送する機能を持ちます。​

上衣細胞の繊毛運動と脳脊髄液循環メカニズム

上衣細胞の最も重要な機能の一つが、繊毛運動による脳脊髄液流の発生と維持です。上衣細胞の繊毛は「9+2型」の運動性繊毛であり、外周に位置する9対の微小管と内部に位置する1対の微小管で構成された軸糸を持ちます。微小管結合モーターであるDynein(ダイニン)や放射状スポークの働きにより繊毛が曲がり、気管や卵管と同様に非対称的な繊毛運動が生み出されます。この運動は、繊毛が根本から曲がることで液流を生み出す前方ストロークと、その曲がりが解消される後方ストロークが交互に繰り返される波打ち運動として観察されます。
参考)http://www.med.nagoya-cu.ac.jp/igak.dir/nmj-pdf/51-4/P211-214hirota.pdf

脳脊髄液の循環経路は、側脳室から第3脳室へ、中脳水道を介して第4脳室へ、さらに脊髄中心管へと続きます。第4脳室の正中孔および外側孔からくも膜下腔に流れ出た脳脊髄液は、テント下からテント上へと膜下腔を流れ、上矢状洞近傍のくも膜顆粒から吸収されて静脈系に入ります。この循環において、上衣細胞の繊毛運動は脈絡叢からの受動的な流れや心臓の拍動、脳実質中を走る動脈近傍の流れなど様々な要因と協調しながら、脳室面付近における効率的かつ継続的な脳脊髄液流の維持に寄与しています。​
上衣細胞の繊毛運動が協調的に機能するためには、「平面細胞極性(Planar Cell Polarity; PCP)」の形成が不可欠です。これには基底小体および基底仮足の配向を示す「Rotational Polarity」と、基底小体および繊毛の細胞内前方への移動を示す「Translational Polarity」の2種類が存在します。発達中の上衣細胞において、Wnt/PCPシグナルの構成因子であるVangl2が細胞頂端部や繊毛に沿って局在し、基底小体を液流の方向へ配向させる役割を担っています。マウス脳室壁の発生段階を追った観察により、上衣繊毛の基底小体は細胞の前側に偏って局在することが発見されており、この極性形成は繊毛の協調運動と脳脊髄液流の方向制御に重要であることが明らかになっています。​

上衣細胞による脳脊髄液物質運搬と神経発生制御

上衣細胞の繊毛運動による脳脊髄液流は、単なる液体の循環だけでなく、神経発生に重要な因子の運搬と濃度勾配の形成にも寄与します。脳脊髄液中にはレチノイン酸、Slit2/3やSemaphorin3Fなどの反発性因子、IGF2やTGFβ、FGFなどの増殖因子が含まれており、これらは神経前駆細胞の増殖、分化、移動を制御します。特に成体脳において脈絡叢から分泌されるSlit2は、上衣細胞の繊毛運動によって脳室内および上衣細胞下の脳室下帯に濃度勾配が形成され、新生ニューロンの移動方向を制御していることが報告されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3085909/

側脳室脳室壁の上衣細胞は脳室下帯に隣接しており、成体神経幹細胞が存在する領域を取り囲んでいます。上衣細胞が分泌する栄養および増殖因子は、隣接する脳室下帯のニューロン新生に直接影響を与えます。例えばFGF2は神経幹細胞の増殖に重要な因子であり、リンパ管新生に重要なVEGF-Cおよびその受容体VEGFR-3は上衣細胞と神経幹細胞に発現しており、その阻害によりニューロン新生が減少することが示されています。BMPアンタゴニストであるnogginやBMP4と結合して下流シグナルを抑制する細胞膜受容体LRP2は上衣細胞で発現しており、BMPが誘導するグリア新生を抑制しBMP4の濃度を調節することでニューロン新生を促進していると考えられています。
参考)Journal of Japanese Biochemica…

脳脊髄液自体が神経前駆細胞にとって増殖性ニッチとして機能することも近年明らかになっています。脳脊髄液は大脳皮質前駆細胞の頂端ドメイン(脳室面)に接触しており、年齢依存的に増殖に影響を及ぼします。この効果の多くはIGF2(インスリン様成長因子2)によるものですが、脳脊髄液には他のシグナル活性も含まれています。脳室周囲分泌構造である脈絡叢、室周囲器官の一つである交連下器官(SCO)、伸長上衣細胞(Tanycytes)、脳脊髄液接触ニューロンなどが脳脊髄液中にシグナル分子を分泌し、これらが脳内の神経新生ニッチに到達して前駆細胞や後駆細胞の増殖・分化を制御します。
参考)https://www.frontiersin.org/articles/10.3389/fncel.2015.00480/pdf

上衣細胞と水頭症発症メカニズム

上衣細胞の繊毛の形成や機能に障害が生じると、脳脊髄液の循環が滞り水頭症の原因となり得ることが知られています。水頭症とは脳脊髄液が脳室内またはくも膜下腔に過剰に貯留した状態であり、脳室内に過剰貯留した場合を内水頭症、大脳表面に過剰貯留した場合を外水頭症と呼びます。水頭症は非交通性水頭症(閉塞性水頭症)と交通性水頭症に分類され、前者は脳室系のどこかで狭窄・閉塞が生じて閉塞部位より前の脳室系が拡大し、後者は脳表のくも膜下腔での髄液通過障害・吸収障害によりすべての脳室が均等に拡大します。
参考)骨形成因子が脳室の繊毛形成を制御する 先天性水頭症...

マウスを用いた研究では、繊毛の運動異常や脳脊髄液流の方向異常を持つマウスは必ず水頭症を発症することが示されており、上衣細胞の繊毛異常と水頭症の間に直接的な相関関係が観察されます。ヒトではこの相関関係はマウスほど顕著ではありませんが、一次繊毛機能不全症候群の患者は健常者に比べて水頭症になりやすい傾向があることが報告されています。ヒトはマウスと比較して脳室が大きいため上衣細胞の繊毛異常の影響が出にくいものの、中脳水道など脳室内の狭い領域では脳脊髄液の流れに大きな影響を与えると考えられます。​
東北大学の研究グループは、先天性水頭症の新しい発症メカニズムとして、骨形成因子(BMP)が脳室上衣細胞の繊毛形成に関わることを発見しました。BMPは骨や軟骨の形成に関わる一群のタンパク質ですが、神経系を含む組織や器官の発生、細胞死の誘導など様々な重要な役割を担っています。生まれたばかりのマウスの脳細胞を調べたところ、BMPのうちBMP2とBMP4が繊毛の形成を妨げるように働いていることが明らかになりました。これまでBMPが脳室上衣細胞の繊毛形成に関与することは報告されておらず、この研究結果は先天性水頭症の新しい発症メカニズムの理解へ貢献すると期待されています。
参考)先天性水頭症に関わる「脳脊髄液の貯留」に重要なタンパク質を特…

生後の上衣細胞発生時期に神経炎症が生じると、繊毛形成不全および水頭症を発症することも最近報告されました。水頭症の脳ではしばしば神経炎症も生じており、炎症性サイトカインケモカインが上衣細胞の分化や繊毛形成に影響を与える可能性が示唆されています。水頭症発症のメカニズムを完全に解明するためには、ヒトやマウスで上衣細胞の繊毛運動のメカニズムに加え、炎症との関連についてさらに研究を深める必要があります。​
東北大学プレスリリース: 骨形成因子が脳室の繊毛形成を制御する

上衣細胞の免疫防御機能と物質代謝調節

上衣細胞は脳脊髄液循環の物理的制御だけでなく、中枢神経系を保護する免疫バリアとしての役割も担っています。上衣細胞はウイルスや細菌感染に対する免疫反応に重要なサイトカインおよびその受容体を発現しており、感染後にはICAM1やVCAM1といった免疫系との相互作用に重要な細胞接着分子の発現が上昇します。これらの特性により、上衣細胞は脳を防御する免疫バリアの最前線として機能すると考えられています。​
さらに上衣細胞には飲小胞、薬剤受容体、分解酵素、金属結合タンパク質などが観察されることから、脳脊髄液中を循環している様々な毒性物質から脳実質を防御する役割を有していると考えられています。実際にモノアミン代謝酵素であるMonoamine oxydaseは上衣細胞に発現しており、「アミンバリア」の役割を果たしている可能性があります。この酵素はドパミンノルアドレナリンセロトニンなどのモノアミン神経伝達物質を代謝し、脳脊髄液から脳実質へのこれら物質の過剰な流入を防ぐことで神経系の化学的恒常性維持に寄与していると推測されます。​
上衣細胞は代謝因子の調節も担っています。上衣細胞にはグルコース輸送体GLUT1-4が発現しており、脳脊髄液中のグルコースを取り込むことができます。インスリンやインスリン様成長因子(IGF)に上衣細胞のグリコーゲン貯蔵を誘導する能力があること、脳脊髄液中にはIGF1/2が存在していることから、上衣細胞は脳脊髄液の栄養状態変化を感知してエネルギー貯蔵を調節する役割を果たしていると考えられています。さらに上衣細胞によるグリコーゲン貯蔵はセロトニンやノルアドレナリンといった神経伝達物質によって調節されていることが示されており、上衣細胞が神経活動の変化に応じて周囲の細胞にエネルギーを供給している可能性があります。​
第3脳室に主に存在する伸長上衣細胞(Tanycytes)は、脳脊髄液から脳実質内への物質輸送において特殊な機能を持つと考えられています。伸長上衣細胞は基底面から長い放射状の突起を血管や神経核、隣接した上衣細胞、アストロサイトなどに伸ばしており、免疫組織化学的には上衣細胞の特徴とアストロサイトや放射状グリアの特徴を併せ持ちます。卵巣ホルモン依存的に伸長上衣細胞がIGF1を脳脊髄液から取り込み放射状の突起先端へ輸送したり、下垂体門脈に伸ばした突起終末から物質を分泌したりすることが報告されており、内分泌系と中枢神経系をつなぐインターフェースとして機能している可能性が示唆されています。​

上衣細胞由来疾患と再生医療への応用

上衣細胞から発生した腫瘍が上衣腫(ependymoma)であり、中枢神経系腫瘍の約5~10%を占めます。上衣腫は脳室系や脊髄中心管を覆う上衣細胞が腫瘍化したものと考えられており、典型的な上衣細胞の微細構造や免疫組織化学的特徴を示します。腫瘍細胞の異型性の程度によってWHO gradeⅡ(上衣腫)とgradeⅢ(退形成性上衣腫)に分類され、一般的にはgradeⅢの方がより悪性度が高く予後不良とされていますが、gradeⅡであっても手術で全摘出が困難な場合には予後が悪いことがあり、良性腫瘍とは言えません。
参考)http://jpn-spn.umin.jp/sick/h6.html

近年の分子遺伝学的研究により、テント上上衣腫とテント下上衣腫は遺伝学的に異なる腫瘍であることが明らかとなっています。テント上の上衣腫には、RELA融合遺伝子がみられる「RELA融合陽性」と「RELA融合陰性」の2つに分けられ、テント下の上衣腫はA群(「PFA」)とB群(「PFB」)の2つに分類されます。上衣腫の発生原因として、脳室系や脊髄中心管を覆う上衣細胞の遺伝子に変異が生じて起こる異常な細胞増殖が考えられており、NF2(細胞増殖抑制)、TP53(DNA修復・細胞周期制御)、RELA(細胞生存シグナル)などの遺伝子変異が腫瘍形成に関与しています。
参考)上衣腫 概要 - 小児慢性特定疾病情報センター

上衣細胞の幹細胞的性質に着目した再生医療への応用も研究されています。脊髄中心管の上衣細胞は生理的条件下でも増殖し自己複製しており、脊髄損傷時には増殖が亢進してアストロサイトおよびオリゴデンドロサイトを産生します。名古屋大学の研究では、脊髄の中心部にある上衣細胞が損傷することにより多分化能のある幹細胞の性質を持つことに着目し、神経転写因子Neurod4を導入することでアストロサイトになる運命のものを神経細胞(ニューロン)へ分化させることに成功しました。分化したニューロンは運動ニューロンとシナプスを形成し、実際にNeurod4を導入されたマウスは運動機能が改善したことから、脊髄内在性幹細胞に対する遺伝子導入は脊髄損傷に対する有力な治療法となる可能性が示されています。
参考)アフリカツメガエルのオタマジャクシの遺伝子が脊髄損傷の治療に…

脳室内の脈絡叢上皮細胞(CPEC)も再生医療の観点から注目されています。CPECは脳脊髄液を産生する細胞であり、脊髄損傷モデルラットに対するCPEC移植やその培養上清の投与が有効であることが報告されています。脊髄損傷後に脈絡叢が形態学的に変化することが観察されており、CPECが脊髄損傷に応答して自己再生能力の一端を担っていると考えられていますが、そのメカニズムの詳細は今後の研究課題です。老化に伴って脳脊髄液産生量や上衣細胞の繊毛運動が低下すると、脳脊髄液が滞留して脳クリアランスが低下し、認知症をはじめ脳機能低下のリスクを上昇させるという報告もあり、フレイルや老化によって低下した繊毛運動を薬物で活性化させ、脳脊髄液の流動性やクリアランスを高めることで脳機能低下を防ぐアプローチも研究されています。
参考)KAKEN href="https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-23K06107/" target="_blank">https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-23K06107/amp;mdash; 研究課題をさがす

脳科学辞典: 上衣細胞の詳細な解説

 

 


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