伝染性単核球症は、主にEpstein-Barrウイルス(EBV)によって引き起こされる感染症です。このウイルスはヘルペスウイルス科に属し、世界中で非常に一般的にみられます。日本においては5歳までに約半数、成人では95%以上がEBVに感染しているとされています。
興味深いことに、EBV感染の発現は年齢によって大きく異なります。乳幼児期の感染では多くの場合、無症状(不顕性感染)または一過性の発熱や非特異的な上気道炎症状を呈するのみですが、思春期以降に初感染した場合、典型的な伝染性単核球症を発症する確率が高くなります。これは年齢による免疫反応の違いが関与していると考えられています。
伝染性単核球症は「キス病」とも呼ばれ、その名の通り主に唾液を介して伝播します。特に深いキス(ディープキス)などの濃厚な接触により感染リスクが高まりますが、唾液が付着した食器の共有や飲み物の回し飲みなどでも感染する可能性があります。稀なケースでは輸血により感染することもあります。
感染後の潜伏期間は4~6週間と比較的長く、この期間中も既に感染力を有しているという特徴があります。好発年齢は10代から20代の若年層であり、これはキスなどの密接な接触が増える年代と一致しています。
米国の報告によれば、年間10万人あたり約50人が発症するとされていますが、日本では届出義務がないため正確な発生数は不明です。しかし、風邪と誤診されるケースも少なくないため、実際の発症数はより多い可能性が指摘されています。
伝染性単核球症の症状は多様ですが、臨床的な特徴として「四徴候」が知られています。それは発熱、咽頭扁桃炎による咽頭痛、頸部リンパ節腫脹、そして強い倦怠感です。これらの症状は通常、同時に現れることが特徴的です。
発熱は38℃以上の高熱が1週間以上持続することが多く、解熱剤への反応も一時的であることがほとんどです。咽頭痛は非常に強く、時に嚥下困難を伴うほどで、扁桃には白色~灰白色の滲出物が付着することが典型的です。リンパ節腫脹は特に後頸部や鎖骨上窩に顕著ですが、全身性に認められることもあります。
また、特徴的な症状として極度の疲労感・倦怠感があり、これは回復期にも長く続くことがあります。疫学調査によれば、約10%の患者では疲労感が数ヶ月間持続するケースもあります。
その他の症状として、以下のものがあります。
特筆すべき点として、アンピシリンやアモキシシリンなどのペニシリン系抗菌薬を投与された場合、高率(約80~100%)に全身性の斑状丘疹型発疹が出現します。これはしばしば薬剤アレルギーと誤認されるため注意が必要です。
症状の持続期間は個人差がありますが、急性期は約2週間持続し、通常は4週間程度で主要症状が消退します。ただし、倦怠感は数ヶ月間持続することがあります。
伝染性単核球症の診断は、臨床症状と特徴的な血液検査所見を組み合わせて行います。典型的な症例では、以下の検査所見が重要となります。
白血球数は通常増加し、発症2~3週目に10,000~20,000/μLのピークに達します。中でも最も重要な検査所見は「異型リンパ球」の出現です。異型リンパ球はEBウイルス感染により活性化されたT細胞で、通常のリンパ球より大型で細胞質が豊富、核が偏在するという特徴があります。
異型リンパ球の診断的価値は高く、その割合が血液中のリンパ球の10%以上で陽性尤度比9.0、20%以上で28、40%以上で50と報告されています。つまり、異型リンパ球の割合が高いほど伝染性単核球症の可能性が高まります。
肝機能検査においても特徴的な所見が認められます。90%以上の症例で肝機能障害を認め、AST、ALTは発症から第2週頃をピークとして300~500IU/L程度に上昇することが多いです。稀に数千IU/Lと著明な上昇を示すケースもありますが、通常は自然に正常化します。
血清学的診断としては、EBVに対する抗体検査が有用です。急性期には初期マーカーとしてVCA-IgM抗体が陽性となります。VCA-IgG抗体も上昇し、回復期にはEBNA抗体が陽性化します。これらの抗体パターンにより、初感染、既感染、再活性化の鑑別が可能です。
ただし、初期の段階では抗体検査が陰性のこともあるため、臨床所見と合わせた判断が重要です。また、モノスポットテストと呼ばれる異好性抗体検査も補助診断として用いられますが、特異度は高いものの感受性はやや劣ります(60~90%)。
鑑別診断としては、急性HIV感染症、サイトメガロウイルス感染症、トキソプラズマ症、A型肝炎、急性連鎖球菌感染症などが挙げられます。特に急性HIV感染症は症状が非常に類似するため、リスク要因のある患者ではHIV検査も考慮すべきです。
伝染性単核球症に対する特異的な抗ウイルス療法は確立されておらず、基本的には対症療法と適切な安静が治療の中心となります。
まず、症状緩和のための薬物療法として、アセトアミノフェンや非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)による解熱鎮痛治療が推奨されます。特に咽頭痛が強い場合は、ガーグル剤や局所麻酔薬を含むトローチ剤が有効です。ただし、アスピリンはライ症候群のリスクがあるため、特に小児では使用を避けるべきです。
抗菌薬については、伝染性単核球症はウイルス性疾患であるため基本的に無効です。特にアモキシシリンやアンピシリンなどのペニシリン系抗菌薬は高率に発疹を誘発するため使用すべきではありません。細菌性扁桃炎の合併が疑われる場合にのみ、ペニシリン系以外の抗菌薬の使用を検討します。
アシクロビルなどの抗ヘルペスウイルス薬は、in vitroではEBVに対して活性を示すものの、臨床的な有効性を示す明確なエビデンスはありません。よって、通常の伝染性単核球症では推奨されません。
ステロイド療法については議論があります。通常の症例では使用すべきではないとされていますが、以下のような重症例や合併症を有する場合には考慮される場合があります。
ステロイドを使用する場合は、プレドニゾロン1mg/kg/日を3~5日間投与し、その後漸減するのが一般的です。
安静に関しては、急性期(特に最初の2週間)は十分な休息を取ることが重要です。特に注意すべき点として、脾臓腫大により脾破裂のリスクが高まるため、発症から少なくとも3~4週間は接触スポーツや激しい運動、重い物の持ち上げを避ける必要があります。脾臓の状態が心配な場合は、超音波検査でサイズを確認することも有用です。
水分摂取も治療の重要な要素です。特に発熱時や咽頭痛による経口摂取低下時は、脱水に注意し十分な水分補給を行うことが推奨されます。
伝染性単核球症は一般的に予後良好な疾患ですが、稀に重篤な合併症を引き起こすことがあります。合併症のリスクを理解し、適切な予防策を講じることが重要です。
最も注意すべき合併症は脾破裂です。伝染性単核球症患者の約50%で脾腫が認められ、発症後2~3週間がもっとも破裂リスクが高いとされています。脾破裂の発生率は0.1~0.5%と比較的稀ですが、発生した場合は致命的となる可能性があります。
脾破裂の症状としては、突然の左上腹部痛、左肩への放散痛(Kehr徴候)、腹部膨満感、血圧低下などが挙げられます。これらの症状が現れた場合は緊急医療機関への受診が必要です。
脾破裂