神経幹細胞の役割と発生・再生・治療への応用

神経幹細胞の基本的な特徴から胎生期・成体での役割、さらに再生医療への応用まで医療従事者向けに詳しく解説。最新の研究成果も交えながら、中枢神経系の理解を深めることができるでしょうか?

神経幹細胞の役割と機能メカニズム

神経幹細胞の基本機能
🧠
自己複製能

分化することなく自分のコピーを作る能力

🔄
多分化能

神経細胞・アストロサイト・オリゴデンドロサイトへの分化

神経新生

成体脳での継続的な神経細胞供給

神経幹細胞の基本特性と分化メカニズム

神経幹細胞(NSC:Neural Stem Cell)は、中枢神経系における重要な組織幹細胞として、自己複製能と多分化能を併せ持つ未分化な細胞です。これらの細胞は、中枢神経系を構成する主要な細胞型であるニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイトの供給源となる重要な役割を担っています。
神経幹細胞の分化制御において、bHLH型転写因子が中心的な役割を果たしています。自己複製はNotch-Hesシグナルが主要な役割を担う一方で、神経細胞の分化を制御するAscl1、アストロサイトの分化を制御するHes1、オリゴデンドロサイトの分化を制御するOlig2という3種類のbHLH型転写因子が分化を調節します。
特筆すべき点として、神経幹細胞が自己複製する状態では、これらの転写因子の発現が振動している状態である一方で、分化に向かう際には、単一の分化運命決定因子が持続的に発現する状態であることが最新の研究で明らかになっています。

神経幹細胞の存在部位と生理学的役割

成体の哺乳類脳において、神経幹細胞は主に海馬歯状回と脳室下帯に局在しています。これらの細胞は、脳神経の細胞周期に合わせて、脳の内側の脳室から外側の脳膜まで細胞核を移動させ、細胞核が脳室に存在している時に限り、細胞分裂を行い増殖します。
海馬の神経幹細胞は、学習・記憶機能の維持に不可欠な役割を果たしています。実際に、海馬の神経幹細胞を除去すると記憶障害を発症することが報告されており、神経細胞やグリア細胞を必要に応じて供給することで、記憶障害や認知機能低下などを防ぐ働きを持っています。
また、成体脳での神経幹細胞は神経損傷の修復機能も担っており、生涯にわたって神経細胞を産むことで学習・記憶、脳の損傷修復、本能行動などに貢献しています。この神経新生のプロセスは、成体の高次脳機能の維持と向上に重要な役割を果たしています。

神経幹細胞の発生期における時間依存的変化

胎生期の神経幹細胞における分化制御機構には、Common progenitor説Fate-restricted progenitor説という2つの主要な仮説が存在します。
Common progenitor説では、中枢神経系を構成する全ての細胞が共通の神経幹細胞から生み出されるとし、大脳皮質では組織を構成する神経細胞のうち、終脳背側の脳室帯を発生起源とするグルタミン酸作動性の神経細胞は、共通の神経幹細胞が非対称分裂を繰り返す過程で、経時的に発現する転写因子が切り替わることで多様性を生み出すとされています。
一方、Fate-restricted progenitor説では、発生期の早い時期から異なる細胞系譜の神経幹細胞が混在し、各々が固有の細胞型を生み出すという考え方です。最近の研究では、脳室帯に位置する神経幹細胞は、より未分化性の高い幹細胞集団と比較的分化に傾いた幹細胞集団が不均一に存在しており、これがNotchシグナルの強弱で区別されていることが見出されています。
興味深いことに、ショウジョウバエ胚中枢神経系では、neuroblast(NB)と呼ばれる神経幹細胞様の細胞がHunchback、Krüppel、Pdm、Castor、Grainyheadという5種類の転写因子のセットを順次発現し、その発現を分裂とカップルして切り替えていくことで、共通の神経幹細胞様の細胞が時間と共に性質を変化させる結果として、多様な細胞を生み出すことが可能となることが明らかになっています。

神経幹細胞の長期維持機構と成体での役割

成体脳において神経幹細胞が長期間維持される機構には、p57による細胞周期制御が決定的な役割を担っています。成体神経幹細胞の分裂頻度を低く保つ責任因子がp57であることが同定されており、神経幹細胞の分裂できる回数には上限があって、長期間保つためにはp57による細胞周期の制御が必要であることが示唆されています。
この長期維持システムにより、胎生期の神経幹細胞の一部の集団は、成体でも限られた領域において成体神経幹細胞として保持され、一生に渡って神経細胞を産生し、高次機能の発現に重要な役割を果たしています。
成体脳での神経新生は、単に新しい神経細胞を供給するだけでなく、既存の神経回路の可塑性を高める役割も果たしています。特に海馬での神経新生は、新しい記憶の形成と既存の記憶の統合において重要な機能を持ち、学習能力の維持・向上に寄与しています。

 

神経幹細胞の臨床応用と再生医療への展望

神経幹細胞を用いた再生医療は、神経細胞の損失や機能異常によって発症する様々な疾患に対して、革新的な治療法として注目されています。特に脊髄損傷、アルツハイマー病パーキンソン病などの神経変性疾患に対する治療効果が期待されています。
神経幹細胞移植の利点として、移植された細胞がニューロンとグリア細胞の両方に分化できることが挙げられます。これにより、損傷した神経組織の構造的・機能的な修復が可能となり、従来の治療法では対応困難な症例に対しても治療選択肢を提供できる可能性があります。
現在の研究では、多能性幹細胞から神経幹細胞への分化誘導技術も確立されており、患者の体細胞から作成したiPS細胞を神経幹細胞に分化させることで、免疫拒絶反応を回避した自家移植治療の実現が期待されています。
また、光を用いて神経幹細胞の分化をコントロールする技術も開発されており、移植後の細胞の運命をより精密に制御することが可能になってきています。この技術により、治療の安全性と効果を大幅に向上させることができると期待されています。
さらに、TRPM2チャネルを標的とした新しい治療アプローチも注目されています。脳虚血傷害の形成において、ミクログリア・マクロファージに発現するTRPM2を介したiNOSの過剰発現によるNOの過剰産生が、脳虚血傷害の病態進展に関与することが明らかになっており、TRPM2がミクログリア・マクロファージによる過剰な炎症応答に重要な役割を果たすことが示唆されています。
今後の展望として、脳室帯に局在する神経幹細胞の時間依存的な特性の変化や細胞系譜の多様性を司る分子機構がさらに明確化されることで、成体神経幹細胞による神経新生の分子機構や、これらが破綻することによって生じる様々な疾患との関連性が解明されることが期待されています。これらの基礎研究の進展により、より効果的で安全な神経幹細胞治療の実現が可能となるでしょう。
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