多汗症は医学的に「原発性多汗症」と「続発性多汗症」に大別されます。この分類は治療方針の決定において極めて重要です。
原発性多汗症は、明確な基礎疾患が特定できない多汗症で、全症例の約90%を占めます。交感神経の過剰反応が主な病態生理とされ、特に手掌、足底、腋窩、頭部・顔面に左右対称性の発汗を認めるのが特徴です。
続発性多汗症は、以下のような基礎疾患に起因します。
全身性多汗症と局所性多汗症の鑑別も重要です。全身性は体全体から発汗し、局所性は特定部位に限局します。局所性多汗症では、手掌多汗症の有病率が5.33%、腋窩多汗症が5.75%、足底多汗症が2.79%と報告されています。
多汗症の初期症状の正確な評価は、適切な治療介入のタイミングを決定する上で不可欠です。
初期症状の特徴。
重症度評価(HDSS:Hyperhidrosis Disease Severity Scale)。
HDSSスコア3以上が治療適応の目安とされ、保険診療でのボツリヌス毒素療法の適応基準にもなっています。
部位別の症状特徴。
原発性と続発性の鑑別は、治療戦略を根本的に左右するため、系統的なアプローチが必要です。
原発性多汗症の診断基準(Hornbergerの基準)。
局所的な過剰発汗が明らかな原因なく6ヶ月以上持続し、以下の6項目中2項目以上を満たす場合。
続発性多汗症の鑑別ポイント。
必要な検査。
多汗症の発症には遺伝的要因が深く関与しており、家族歴を有する患者は全体の約30-50%に及びます。
遺伝学的背景。
原発性多汗症は常染色体優性遺伝の傾向を示し、特に手掌多汗症において家族集積性が顕著です。近年の研究では、14q11.2-q13領域の遺伝子多型が手掌多汗症の発症に関与することが示唆されています。
神経生理学的メカニズム。
発汗の分類と生理。
エクリン汗腺とアポクリン汗腺の違い。
多汗症患者の約70%が日常生活に重大な支障を感じており、これは単なる身体症状を超えた包括的な健康問題として捉える必要があります。
心理社会的影響。
Quality of Life(QOL)への影響。
重症例では、以下のような深刻な生活支障が報告されています。
医療アクセスの現状。
驚くべきことに、多汗症患者の医療機関受診率はわずか6.2%にとどまり、さらに適切な治療を受けている患者は全体の10%未満という現状があります。これは以下の要因が考えられます。
治療による改善効果。
適切な治療により、多汗症状の改善とともに心理症状も有意に改善することが報告されています。特に、ボツリヌス毒素療法や抗コリン薬による治療では、発汗量の減少に伴い、不安・抑うつスコアの改善も認められます。
日本皮膚科学会の診療ガイドラインでは、塩化アルミニウム外用剤を第一選択とし、効果不十分例にはエクロック®ゲル、ラピフォート®ワイプ、アポハイド®ローションなどの抗コリン薬外用剤の使用が推奨されています。
日本皮膚科学会の原発性局所多汗症診療ガイドライン2023年改訂版
重症例に対するボツリヌス毒素療法は、一定の条件下で保険適応となり、4-9ヶ月の効果持続が期待できます。治療効果の評価には、客観的指標であるHDSSスケールを用いることで、治療方針の適正化が図れます。
多汗症は「見た目」の問題として軽視されがちですが、患者の人生に深刻な影響を与える疾患です。医療従事者は、症状の背景にある心理社会的要因を理解し、包括的なアプローチによる治療を提供することが求められています。