躁状態の症状と診断・治療・対応

躁状態は気分の異常高揚や多弁、睡眠欲求の減少などを特徴とし、双極性障害の重要な病相です。本記事では医療従事者向けに、躁状態の具体的症状、診断基準、鑑別診断、薬物療法、看護ケアについて詳しく解説します。躁状態への適切なアプローチを理解できていますか?

躁状態の症状と診断

躁状態の主要症状
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気分・思考の変化

異常な気分高揚、観念奔逸、思考促迫が出現し、周囲との関係に支障をきたす

行動面の特徴

多弁、多動、注意転導性亢進により集中困難となり社会機能が低下する

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診断上のポイント

症状が1週間以上持続し、社会生活に著しい支障をきたすレベルであることが重要

躁状態の中核症状と病態

 

躁状態は抑うつ状態の対極に位置する精神病理学的状態であり、高揚気分、多弁、多動、注意転導性亢進、意欲亢進、逸脱行為、思考促迫、観念奔逸、易刺激性、易怒性、不眠、睡眠欲求の減少などの諸症状を呈します。診断上、躁状態とは正常な反応では説明がつかない明らかに高揚した状態が7日以上持続している状態を指し、ちょっとしたことで激怒するなど攻撃的になりやすく、気分が非常に不安定です。周囲の人にはその変化が一目瞭然ですが、多くの場合本人には病識が欠けるあるいは乏しいことが特徴的です。
参考)精神科用語シソーラス - 躁状態

躁状態では多弁多動で周囲の人間に多大な迷惑をかけ、真夜中であるにもかかわらず仕事関係の人間や知人に電話をかける、一般道路にもかかわらず猛スピードで自動車を走らせる、多額の借金や支払い能力を超えるほどの散財をするなど周囲を巻き込む問題行動が際立ちます。様々な物事に関心が飛び移りあれにもこれにも手を付けようとしますが、注意転導性の亢進から長続きすることがなく、外来治療では対処困難な場合が多く入院が必要になります。
参考)双極性障害(躁うつ病)の症状・経過・原因・治療方法|心療内科…

気分爽快・陽気などの側面が際立つ「陽性の躁状態」と、易刺激性・易怒性が目立つ「陰性の躁状態」があり、両者が混合する場合も珍しくありません。時には急速に悪化し、社会生活・社会的生命に深刻な支障をきたしかねない制御不能な高揚状態に至ることがあり、通院では対応しきれず入院が必要となります。​

躁状態と軽躁状態の鑑別診断

躁状態と軽躁状態の鑑別は、持続期間と症状の重症度によって行われます。躁状態は症状が1週間以上持続し、仕事や人間関係に差しつかえたり入院が必要になるほど重篤であることが診断基準です。一方、軽躁状態は同じような状態が4日以上続き、他の人から見て明らかなほどだが、仕事や家庭の人間関係に支障を来さない程度である場合に診断されます。
参考)加藤忠史先生に「双極性障害」を訊く|公益社団法人 日本精神神…

軽躁状態は単に「軽度の躁状態」ととらえて済ませるのではなく、躁状態との質的差異があることに留意する必要があります。近年増加傾向にある双極Ⅱ型障害などに見られる軽躁状態では、意欲が適度に亢進し集中力も保たれることで通常よりも業務の効率が上がったり創造性が発揮されたりする場合があります。このため、周囲の人たちも良い状態であると思ってしまっていることがあり、結果的には消耗し、うつ状態に転じることが問題となります。
参考)双極性感情障害 - メンタルヘルス情報

双極Ⅰ型障害は躁状態を伴うもので、以前躁うつ病と呼ばれた病気にほぼ相当します。双極Ⅱ型障害はうつ状態と軽躁状態しかないもので、ほとんど躁うつ病に近い場合もありますが、うつ病やパーソナリティーの問題に近い場合もあり、現状では少々輪郭のはっきりしない病名とされています。​

躁状態の観念奔逸と思考促迫の精神病理

観念奔逸は躁状態における特徴的な思考障害であり、些細な連関に基づいて次から次へと様々な観念が脳裏に沸き上がる病的現象を指します。考えが次々と浮かぶ結果、多弁となり、話す内容も次々に変化し、関連性が乏しい話題に移っていきます。個々の文においては主語と述語はそろっており文としての形が保持されているのが特徴です。
参考)躁うつ病(双極性障害)

観念奔逸と統合失調症の支離滅裂を鑑別する際の重要な指標として、統合失調症の支離滅裂では個々の文自体が文法的に崩れている場合が多いのに対し、観念奔逸では文法構造は保たれていることが挙げられます。この鑑別は臨床上重要であり、医療従事者は両者の違いを正確に理解しておく必要があります。​
思考促迫は観念奔逸とともに躁状態の中核症状であり、次々とアイデアが湧く一方で何事にも集中できなくなります。話したい気持ちが次々と生じ、声も大きく、早口で、周囲が口を差しはさむのも難しいほどになります。内容も駄洒落や悪ふざけと思われるような場合が多く、治療的介入が必要です。
参考)双極性障害|病気症状ナビbyクラウドドクター

躁状態の診断基準とチェックリスト

DSM-5による躁状態の診断基準では、気分が異常に高揚した状態が最低1週間持続し、自尊心の拡大、睡眠欲の減少、多弁、観念奔逸、注意散漫、目標志向性の拡大、計画性のない買いあさりや投資などのうち3つ以上の症状が持続することが必要です。症状は物質の直接的作用ではなく、重篤な気分の障害を伴い、混合性エピソードの基準を満たさないことも条件となります。
参考)双極性障害の診断の基準は?診断を複雑にする合併症についても紹…

躁病エピソードのチェックリストとして、気分が異常に高揚している期間が少なくとも1週間続く、徹夜や睡眠時間が短くても(3時間程度)元気に過ごせる、話し始めると止まらない、人の意見や話を聞かない、次々とアイデアが溢れてくるが最後まで計画的にやり遂げることはできない、根拠のない過大な自信に満ち溢れている、必要のない買い物やギャンブルに大金をつぎ込む、初対面の人にでもすぐ声をかける、性的奔放になる、集中力がなくすぐ気が散ってしまうなどの項目が挙げられます。​
緊急サインとしては、躁状態で「借金した」「徹夜で企画書を書いた」などの社会的トラブルの危険信号、うつ状態で「消えたい」と発言するような自殺リスクの兆候に即時対応する必要があります。日常的な観察ポイントとして、睡眠パターン(躁状態では2~3時間睡眠でも平気)、金銭管理(衝動買いの有無)、服薬遵守度(自己判断で中断すると再発リスク上昇)を確認することが重要です。
参考)https://ameblo.jp/stroke-rehabilitation-ns/entry-12913386298.html

躁状態における脳器質疾患の除外診断

躁状態の診断において、身体疾患や薬物の影響による二次性の躁状態を除外することは極めて重要です。身体的な要因としては、甲状腺疾患クッシング症候群といった内分泌疾患、脳炎・神経変性疾患といった中枢神経系疾患が挙げられます。これらの場合は精神疾患としての治療というよりも、個々の身体的な要因に対する治療や対処が必要となります。
参考)躁状態 (そうじょうたい)とは

薬剤性の躁状態としては、ステロイド薬といった医薬品や違法薬物などが原因となることがあります。器質疾患であるのに精神疾患であると判断してしまう診断エラーを回避するためには、精神疾患と器質疾患を適切に鑑別できる診断戦略が必要です。除外診断の一例として、脳腫瘍であれば神経所見(Barre徴候や腕回し)の確認、パーキンソン病であればMyerson徴候、振戦、歩行の確認、てんかんであれば発作歴や意識消失発作歴の確認などが挙げられます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjpm/60/1/60_44/_pdf

双極性障害の病歴で躁症状がない場合は適応障害などの他の精神疾患を考慮し、アルコール依存症であればCAGE問題の有無、統合失調症であれば幻覚の有無、パーソナリティ障害であれば不安定な社会適応状態の有無などを確認することで鑑別診断を進めます。こうした系統的なアプローチにより、躁状態の正確な診断と適切な治療方針の決定が可能となります。​

躁状態における混合状態と急速交代型の特徴

躁状態とうつ状態は交互にくることもありますが、いっしょに来ることもあり、これを混合状態と呼びます。気分、思考、行動というようにわけてみると理解しやすく、例えば気分は高揚しているのに思考はうまく進まない、頭は回るのに行動にならない、気分は落ち込んでいるのにすぐに行動できてしまうなど、気分、思考、行動がばらばらの状態になっていることが多くあります。うつと躁とが切り替わるときにも混合状態になることが知られています。​
急速交代型双極性障害は、躁状態とうつ状態のエピソードが頻回に交代する病態であり、通常の双極性障害よりも治療抵抗性が高いとされています。気分安定薬とアリピプラゾールの併用による治療例などが報告されており、維持療法を見据えた急性期の薬物療法の選択が重要です。混合状態や急速交代型では、単純な躁状態やうつ状態と比較して治療が複雑化するため、専門的な評価と綿密な治療計画が必要となります。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/45435dfe74e7a2bc526e7858af316dc08f3a5ac0

躁状態の治療と看護対応

躁状態に対する気分安定薬の薬物療法

躁状態の薬物治療において最も重要なのは気分安定薬です。気分安定薬は抗躁薬と抗てんかん薬に分類され、抗躁薬の代表である炭酸リチウム(リーマス)は躁状態の気分の高揚や興奮、不機嫌な衝動性を抑えると同時に、うつ状態の抑うつ気分の底上げをしてうつを改善する作用があります。炭酸リチウムは自殺リスクを下げるというエビデンスも存在します。
参考)躁うつ病の治療薬「気分安定薬」とは|心療内科|ひだまりこころ…

抗てんかん薬としては、バルプロ酸ナトリウム(バレリン、デパケン、セレニカ)、カルバマゼピンテグレトール)、ラモトリギン(ラミクタール)、クロナゼパム(リボトリール、ランドセン)が使用されます。バルプロ酸ナトリウムは躁状態の治療において第一選択薬の一つとされており、リチウムと比較した研究も多く行われています。カルバマゼピンは躁状態、とくに興奮状態の沈静に有効で、非常に激しい興奮や攻撃性、衝動性を伴う躁状態に効果的ですが、うつ症状に対する薬理効果は現在のところはっきりとは示されていません。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/8298f9915d26b251d08b63194cfe8a41f1e10395

躁状態とうつ状態いずれに対しても予防効果が期待できるのが、気分安定薬のリチウムとラモトリギン、非定型抗精神病薬オランザピンクエチアピン、ルラシドンです。非定型抗精神病薬は気分安定薬と併用されることも多く、急性期の興奮状態の鎮静に有効です。第三世代抗精神病薬のアリピプラゾール、新規の気分安定薬候補であるルマテペロンやブレクスピプラゾールなど、新しい治療薬の開発も進んでいます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11389334/

躁状態における看護ケアと対応方法

躁状態の患者への看護ケアにおいて最も重要なのは、信頼関係の構築です。躁状態では病気が言わせている言動であることを理解し、暴言や攻撃的な態度を根に持たないことが大切です。感情的にならず、冷静で一貫した態度を保つことで、本人の興奮をさらに煽ることを避けることができます。
参考)躁状態を落ち着かせる方法|双極性障害の症状への対処法と家族の…

会話では短く明確な言葉で伝えることが効果的で、「今は休む時間だよ」「ゆっくりしよう」といったシンプルなメッセージを心がけます。躁状態の対応としては、「否定せず『そのアイデア、面白いですね』と一旦受け入れ、興奮が収まったら『少し休みませんか?』と提案する」という方法が推奨されます。約束はメモに残すと効果的です。​
議論や言い争いは躁状態を悪化させる可能性があるため、正論で説得しようとせず、「大変だったね」「よく頑張っているね」といった支持的な言葉をかけることが重要です。だまして病院に連れて行く、感情的になって議論する、正論で説得しようとする行為は避けるべきです。本人が信頼している目上の人や医師からの受診勧奨は効果的で、「身体の調子が心配だから一度診てもらおう」といった形で精神科受診への抵抗感を和らげることができます。​

躁状態患者の観察ポイントと緊急対応

実習で患者を観察する際は、次の変化に即時対応する必要があります。緊急サインとして、躁状態で「借金した」「徹夜で企画書を書いた」という発言は社会的トラブルの危険信号であり、うつ状態で「消えたい」と発言した場合は自殺リスクの兆候として認識します。​
日常的な観察ポイントとしては、睡眠パターン(躁状態では2~3時間睡眠でも平気)、金銭管理(衝動買いの有無)、服薬遵守度(自己判断で中断すると再発リスク上昇)を確認することが重要です。精神的現症として、意識、見当識、知的水準、思考、感情なども評価し、成育歴、既往歴、家族歴、物質使用歴などの情報も診断には重要となります。
参考)https://www.jsnp-org.jp/csrinfo/img/togo_guideline2022_1_1.pdf

急性興奮状態の場合は、患者本人や周囲の安全確保が最優先となります。ハロペリドール(単独または抗ヒスタミン薬抗コリン薬であるプロメタジンとの併用)、ベンゾジアゼピン系薬剤(ロラゼパム、ジアゼパム、ミダゾラム)、非定型抗精神病薬などが使用されますが、ミダゾラムは急速な鎮静を提供する一方で重篤な副作用のリスクがあり、特に高齢者では注意が必要です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11934566/

躁状態における統合失調症との鑑別と治療戦略

躁状態と統合失調症の鑑別は臨床上重要な課題です。双極性障害の躁状態が陽性症状に、うつ状態が陰性症状に類似することから、ときに鑑別が難しい場合があります。大きな違いとして、統合失調症では陰性症状や病識欠如がより顕著であるのに対し、躁状態では気分の高揚や易刺激性が前景に立ちます。​
統合失調感情障害は、統合失調症と躁うつ病の中間に位置する疾患概念であり、「幻聴など」と「気分エピソード」の双方があり、その程度や期間などを総合して鑑別します。DSM-5の診断基準の要点として、「躁またはうつ」と幻聴など「統合失調症の症状」が同じ時期に存在する、「躁またはうつ」がない時も2週間以上幻聴や妄想がある、病気の時期の半分以上に「躁またはうつ」のエピソードがある、物質などの原因ではないことが挙げられます。
参考)統合失調感情障害【統合失調症と躁うつ病の中間、動画説明あり】

治療は概ね統合失調症に準じますが、気分安定薬も使用します。統合失調症では主に抗精神病薬で治療し、躁うつ病では主に気分安定薬を使いますが、時に抗精神病薬を使うこともあり得ます。統合失調感情障害の治療では、両方の治療薬を適切に組み合わせることが重要であり、専門的な評価と綿密な治療計画が必要となります。​

躁状態における家族支援と長期管理戦略

躁状態の患者を支える家族への支援も治療の重要な要素です。家族自身のメンタルケアも大切で、同じ痛みを持つ人や親しい友人に愚痴を聞いてもらい、無理をし過ぎないことが長期的なサポートには不可欠です。ご家族や周りの方が疲弊してしまい、また周りの方との人間関係が悪化してしまうことも多く、社会的な信用を失うこともありますので、早急に治療に取り組む必要があります。​
双極性障害は気分が安定している「寛解期」もありますが、再発を繰り返す傾向が強く、早期の対応が重要です。服薬遵守が再発予防の鍵となるため、自己判断で薬を中断しないよう患者教育を行うことが必要です。定期的な血中濃度測定が必要な薬が多く、リチウムやバルプロ酸などでは治療域が狭いため、薬物血中濃度モニタリングが不可欠です。
参考)https://www.kei-mental-clinic.com/column/1161/

長期管理においては、生活リズムの安定化、ストレス管理、早期警告サインの認識が重要です。軽躁状態では「いろいろ良いアイデアが浮かび、バリバリと仕事ができ、残業も気にならない」という状態であるため、周りの人たちも良い状態であると思ってしまっていることがあり、結果的には消耗してうつ状態に転じるため注意が必要です。医療従事者は患者および家族に対して、病気の経過や症状の変化について十分な教育を行い、早期介入のための協力体制を構築することが求められます。​

 

 


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