双極性障害の症状と治療方法における最新知見

双極性障害は躁状態とうつ状態を繰り返す脳の病気で、適切な治療により症状のコントロールが可能です。本記事では最新の症状理解と効果的な治療アプローチを解説します。あなたの臨床現場で役立てられる知識とは?

双極性障害の症状と治療方法

双極性障害の基本知識
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病態の特徴

躁状態とうつ状態を繰り返す脳の病気で、以前は「躁うつ病」と呼ばれていました

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有病率と好発年齢

WHO推計で世界で約6000万人が罹患、好発年齢は25歳、初回発病は15〜19歳が多い

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治療の基本

薬物療法(気分安定薬・抗精神病薬)と心理社会的療法の併用が基本

双極性障害は、気分が異常に高揚する「躁状態」と、無気力になり落ち込んでしまう「うつ状態」を繰り返す脳の病気です。かつては「躁うつ病」と呼ばれていましたが、現在は気分の波に着目して「双極性障害」という名称が一般的に使用されています。この障害は、患者さん本人の生活の質を著しく低下させるだけでなく、家族や周囲の人々にも大きな影響を与えることがあります。

 

適切な診断と治療が早期に行われることで、症状をコントロールしながら通常の社会生活を送ることが可能になります。本記事では、医療従事者の皆様に向けて、双極性障害の症状と治療方法について最新の知見を含めて詳しく解説します。

 

双極性障害の特徴と診断分類

双極性障害は、主に以下の2つのタイプに分類されます。

  1. 双極I型:重度の躁状態(躁病エピソード)とうつ状態を繰り返します。躁状態は少なくとも1週間以上続き、日常生活に著しい支障をきたす程度のものです。
  2. 双極II型:軽い躁状態(軽躁状態)とうつ状態を繰り返します。軽躁状態は躁状態ほど重篤ではありませんが、やはり本人や周囲が気づくほどの気分の高揚が特徴です。

世界保健機関(WHO)の推計によると、世界で約6000万人が双極性障害に罹患していると言われています。好発年齢は25歳前後であり、初回発病は15歳から19歳の間であることが多いとされています。12歳以下での発症は稀ですが、35歳以上で発症する場合は、他の身体疾患や薬剤の影響も考慮する必要があります。

 

遺伝的要因の関与も指摘されており、一卵性双生児における一致率は50〜80%と高く、二卵性双生児(5〜30%)よりも顕著に高いことが報告されています。この事実は、双極性障害の発症に強い遺伝的背景があることを示唆しています。

 

診断において注意すべき点として、双極性障害の患者さんが最初にうつ状態だけを呈する場合があります。この場合、躁状態やそれに伴う症状が現れるまで、うつ病と誤診される可能性があります。特に軽躁状態は患者自身が「調子が良い」と認識し、症状として報告しないことも多いため、詳細な病歴聴取と家族からの情報収集が重要です。

 

双極性障害の主要症状と生活への影響

双極性障害の症状は、躁状態(または軽躁状態)とうつ状態という両極端な気分の変動が特徴です。これらの症状は数週間から数ヶ月単位で出現し、環境要因に関係なく発現することが多いとされています。

 

躁状態の主な症状:

  • 気分の高揚や多幸感
  • 普段以上に活動的になる
  • 睡眠時間の減少(睡眠欲求の減少)
  • 多弁、話の内容が次々と変わる
  • 自尊心の肥大、誇大的な考え
  • 注意散漫、集中力の低下
  • 衝動的な行動(過度の買い物、危険な投資、性的無分別など)
  • 見知らぬ人にも積極的に話しかける

うつ状態の主な症状:

  • 抑うつ気分、悲しみ
  • 興味や喜びの喪失
  • 意欲や活力の低下
  • 不眠または過眠
  • 食欲不振または過食
  • 集中力や決断力の低下
  • 無価値感や罪責感
  • 自殺念慮

これらの症状は患者の日常生活に重大な影響を与えます。特に躁状態では、過度な支出やギャンブル、リスクの高い投資、衝動的な職場退職などの行動により、社会的信用や財産、職を失うことがあります。また、うつ状態では社会的機能の著しい低下が見られ、仕事や学業、対人関係に支障をきたします。

 

双極性障害は再発を繰り返すことが多く、再発するたびに次の再発までの期間が短くなり、症状が悪化しやすいという特徴があります。そのため、早期発見・早期治療と再発予防が重要となります。

 

下記の表は、躁状態とうつ状態の主要な症状の対比を示しています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

領域 躁状態 うつ状態
気分 高揚、多幸感 抑うつ、悲哀感
活動性 亢進、多動 低下、無気力
睡眠 減少(必要性を感じない) 不眠または過眠
思考 思考奔逸、観念飛躍 思考制止、決断力低下
自己評価 過大評価、誇大感 自己卑下、無価値感

双極性障害の薬物治療と経過管理

双極性障害の治療において、薬物療法は中心的な役割を果たします。治療の主な目標は、急性期の症状改善と長期的な再発予防にあります。

 

薬物治療の主要薬剤:

  1. 気分安定薬
    • リチウム:古典的かつ効果的な気分安定薬であり、特に躁状態の予防に有効
    • バルプロ酸:抗てんかん薬として開発されたが、双極性障害にも効果を示す
    • カルバマゼピン:抗てんかん薬で、気分の安定化に寄与
    • ラモトリギン:うつ状態の再発予防に特に有効とされる
  2. 抗精神病薬
    • オランザピン:躁状態の改善と維持療法に使用
    • クエチアピン:双極性うつにも適応があり、幅広く使用される
    • リスペリドン:急性躁状態の治療に有効
    • アリピプラゾール:気分安定効果と抗うつ効果を併せ持つ
  3. 抗うつ薬
    • 単独使用は躁転のリスクがあるため、気分安定薬や抗精神病薬との併用が基本
    • SSRI(選択的セロトニン再取り込み阻害薬)やSNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)が主に使用される

薬物治療において最も重要なことは、症状の改善後も服薬を継続することです。特に双極I型では、長期間にわたる継続的な服薬が必要となります。双極II型については、症状の重症度に応じてケースバイケースで判断されますが、再発予防のために一定期間の服薬継続が推奨されることが多いです。

 

治療開始初期には、適切な薬剤の選択と用量調整が重要で、血中濃度モニタリングが必要な薬剤(リチウムなど)では、定期的な検査が不可欠です。また、複数の薬剤の併用が必要になることも多く、その場合は薬物相互作用に注意する必要があります。

 

双極性障害の経過は個人差が大きいですが、一般的には次のような特徴があります。

  • 再発のリスクが高く、生涯にわたる管理が必要なことが多い
  • 再発を繰り返すほど、次の再発までの期間が短くなる傾向がある
  • 早期の適切な治療介入により、予後が改善する可能性がある
  • 患者の病識と治療コンプライアンスが長期予後に大きく影響する

薬物治療は効果的ですが、副作用の管理も重要です。一般的な副作用として、リチウムでは振戦や腎機能障害、抗精神病薬では体重増加や代謝異常などが挙げられます。定期的な身体検査やモニタリングを行い、副作用の早期発見と対応を心がけることが重要です。

 

双極性障害の心理社会的治療アプローチ

薬物療法と並行して行われる心理社会的治療は、双極性障害の包括的治療において重要な役割を果たします。これらの治療法は、患者自身が疾患を理解し、症状管理のスキルを身につけ、社会的機能を回復するのに役立ちます。

 

主要な心理社会的治療法:

  1. 心理教育

    心理教育は、患者とその家族に双極性障害について正確な情報を提供し、病気の理解を深めることを目的としています。疾患の特徴、症状のパターン、治療法、再発のサイン、対処法などについて学びます。特に発症初期に重要で、「眠りと気分の記録表」などのツールを用いて自己モニタリングのスキルを習得することが有効です。

     

  2. 家族療法

    家族療法は、双極性障害に対する家族の理解を深め、患者と家族が協力して病気に立ち向かえるようにすることを目指します。家族の支援は再発予防に大きく寄与し、特に躁状態による家族関係の緊張を緩和するのに役立ちます。家族が患者の行動を病気の症状として理解することで、否定的感情を減らし、より効果的なサポートを提供できるようになります。

     

  3. 認知行動療法(CBT)

    認知行動療法は、特にうつ状態における否定的な思考パターンを認識し、より適応的な思考に置き換える訓練を行います。「○○ができなかった」ではなく「△△はできた」と肯定的に捉える認知の修正や、問題解決スキルの向上、気分の悪化を引き起こす状況への対処法などを学びます。

     

  4. 対人関係・社会リズム療法(IPSRT)

    この療法は、対人関係から生じるストレスの軽減と、社会生活のリズムを規則正しく整えることを目的としています。双極性障害では生活リズムの乱れが症状悪化の誘因となることが知られているため、起床、食事、活動、就寝などの時間を一定に保つことを重視します。自己記録を通じて生活リズムの乱れに気づき、修正する能力を養います。

     

心理社会的治療を効果的に行うためには、患者の状態や必要に応じた個別化が重要です。例えば、急性期の躁状態では構造化された環境を提供し、回復期には徐々に社会復帰に向けたスキルトレーニングを増やすなど、段階的なアプローチが有効です。

 

また、患者のアドヒアランス(治療継続性)を高めるための動機づけ面接法や、ストレス管理テクニック、問題解決スキルのトレーニングなど、患者の個別のニーズに合わせた追加的な心理社会的介入も考慮すべきです。

 

これらの心理社会的治療は単独で行われるわけではなく、適切な薬物療法と組み合わせることで最大の効果を発揮します。複数のメタ分析によると、薬物療法単独と比較して、薬物療法と心理社会的治療の併用は再発率の低下、機能回復の促進、入院回数の減少などの点で優れています。

 

双極性障害に対する革新的治療法rTMS

従来の治療法に反応しない難治性の双極性障害に対して、新たな治療オプションとして注目されているのが反復経頭蓋磁気刺激療法(repetitive Transcranial Magnetic Stimulation: rTMS)です。この革新的治療法は、特に薬物療法で十分な効果が得られない双極性うつ状態に対する新たな選択肢として期待されています。

 

rTMSの基本原理と効果:
rTMSは、頭部に8の字形のコイルを当て、電流を流すことで磁場を生成し、その磁場を通じて脳内に微量の電流を誘導します。この電流が脳神経細胞を刺激することで、うつ状態の改善を図る治療法です。体を傷つけることなく(非侵襲的に)脳を直接刺激できるため、従来の電気けいれん療法(ECT)と比較して身体的負担が少ないという特徴があります。

 

双極性障害のうつ状態に対するrTMS治療では、右脳の「背外側前頭前野」という部位に1ヘルツの磁気刺激を与えます。うつ状態では過活動になっているこの部位を抑制することで、脳内のバランスを整え、症状の改善を促す効果が期待されています。

 

臨床研究と現状:
2019年3月から、薬物療法に反応しない双極性うつ病患者を対象にrTMSの臨床研究(先進医療B)が開始されました。この研究は、実際の磁気刺激と偽刺激を比較し、rTMSの有効性と安全性を検証するものです。日本では、国立精神・神経医療研究センター病院、東京慈恵会医科大学附属病院、慶應義塾大学病院の3施設で実施されています。

 

研究対象となるのは、以下の条件を満たす患者です。

  • DSM-5の双極性障害(I型またはII型)の診断基準を満たす
  • 年齢が20歳以上75歳以下
  • 抑うつ症状が重度(HAMD17で18点以上)
  • 現在の抑うつ状態が3年未満
  • 適切な薬物療法(リチウム、クエチアピン、オランザピン、ラモトリギンなど)を8週間以上行っても反応しない

治療プロトコルとしては、週5日、4週間にわたってrTMSを受け、その後3週間かけて頻度を徐々に減らしていきます。1回の治療時間は約30分で、合計28週間にわたって症状の経過を観察・評価します。

 

rTMSの利点と位置づけ:
rTMSの最大の利点は、入院を必要とせず外来で治療できることです。電気けいれん療法(ECT)が全身麻酔下で行われるのに対し、rTMSは意識がある状態で行うことができ、治療後すぐに日常生活に戻れます。また、ECTでしばしば問題となる記憶障害などの認知機能への影響も少ないとされています。

 

現状では、うつ病に対するrTMSは日本でも2019年に保険適用されましたが、双極性障害に対しては研究段階にあります。今後、臨床研究の結果により有効性が確認されれば、双極性障害治療の選択肢として広く使用される可能性があります。

 

この治療法は、特に複数の薬物治療を試しても十分な効果が得られない難治性の双極性うつ患者にとって、貴重な代替療法となる可能性を秘めています。しかし、すべての患者に効果があるわけではなく、また長期的な効果持続性についてはさらなる研究が必要です。

 

双極性障害の長期管理と生活指導のポイント

双極性障害は慢性的な経過をたどることが多く、適切な長期管理と生活指導が症状のコントロールと社会機能の維持に不可欠です。ここでは、医療従事者が患者に提供すべき生活指導と長期管理のポイントを解説します。

 

生活リズムの安定化:
双極性障害の症状悪化には、生活リズムの乱れが重要な誘因となります。特に睡眠覚醒リズムの変動は、躁状態やうつ状態を引き起こす可能性があります。以下のような規則的な生活習慣の指導が重要です。

  • 毎日同じ時間に起床・就寝する
  • 日中は十分な光を浴び、夜間は暗い環境を保つ
  • 食事時間を一定に保つ
  • 運動は定期的に行うが、就寝直前の激しい運動は避ける
  • 仕事やプライベートの予定は過密にしすぎない

ストレス管理:
ストレスは双極性障害の症状悪化を招く重要な因子です。効果的なストレス管理技術の習得を支援します。

  • リラクセーション法(深呼吸、漸進的筋弛緩法など)の習得
  • マインドフルネス瞑想の実践
  • 適度な運動によるストレス解消
  • 過剰な責任や負担を避け、必要に応じて「ノー」と言えるようにする
  • 趣味や楽しみの時間を確保する

早期警告サインの認識:
再発の早期警告サインを患者自身と家族が認識できるように教育することは極めて重要です。代表的な警告サインには以下のようなものがあります。
躁状態の前兆。

  • 睡眠時間の減少
  • 多弁になる
  • 活動量の増加
  • 考えが次々と浮かぶ
  • 普段より気分が高揚する

うつ状態の前兆。

  • 睡眠パターンの変化(不眠または過眠)
  • 食欲の変化
  • 社会的引きこもり
  • 集中力の低下
  • 疲労感の持続

これらの早期警告サインを察知したら、すぐに主治医に相談するよう指導します。早期介入により、完全な病相への移行を防げる可能性があります。

 

薬物療法の継続とモニタリング:
症状が安定しても薬物療法を自己判断で中止しないよう強調する必要があります。

 

  • 服薬アドヒアランスを高めるための工夫(服薬カレンダー、アラーム設定など)
  • 服薬の重要性と中断のリスクについての説明
  • 定期的な通院と血中濃度モニタリングの重要性
  • 副作用の早期発見と対応

社会的サポートの構築:
良好な社会的サポートネットワークは再発予防と機能回復に大きく寄与します。

  • 家族に疾患について正しく理解してもらう
  • 可能であれば患者会や自助グループへの参加を勧める
  • 職場や学校での合理的配慮を得るためのサポート
  • 必要に応じて社会福祉サービスの利用を検討

職業リハビリテーションとキャリアプランニング:
双極性障害患者の多くは就労に関する困難を経験します。段階的な職業復帰や適切な職場環境の選択をサポートします。

  • 短時間勤務からの段階的復職
  • ストレスの少ない職場環境の検討
  • 交代制勤務を避ける(特に夜勤)
  • 職業カウンセリングの活用

双極性障害は完治が難しい慢性疾患ですが、適切な薬物療法と心理社会的介入、そして上記のような生活管理を組み合わせることで、多くの患者は症状をコントロールしながら充実した生活を送ることが可能です。医療従事者は、患者を「疾患と共に生きる」パートナーとして位置づけ、長期的な伴走者としての役割を担うことが重要です。