ポリオ(急性灰白髄炎・小児まひ)は、ポリオウイルスによって引き起こされる感染症です。このウイルスはエンテロウイルス属に分類され、人間のみに感染します。ポリオウイルスは主に経口感染(糞口感染)によって伝播します。感染者の便に排出されたウイルスが、手指や食物を介して口から侵入することで感染が成立します。
感染者の便には感染後3~6週間にわたってウイルスが排出され続けるため、衛生状態が悪い環境では感染リスクが高まります。また、感染初期の約1~2週間は咽頭からもウイルスが検出されるため、飛沫や接触による感染も起こりえます。
体内に侵入したポリオウイルスは、まず咽頭や小腸の粘膜で増殖します。その後、リンパ管や血液を介して全身に広がり、一部のケースでは中枢神経系、特に脊髄の前角細胞(運動ニューロン)に到達して破壊を引き起こします。これが神経症状、特に特徴的な弛緩性麻痺の原因となります。
潜伏期間は通常4~35日で、平均して7~21日とされています。この期間はウイルスの量や個人の免疫状態によって変動します。感染力(基本再生産数R0)は5~7とされており、かなり高い感染力を持っています。
日本では1980年を最後に国内での患者発生はありませんが、世界的には南西アジアやアフリカの一部地域でポリオの流行が続いており、渡航や国際交流によって再び日本国内に持ち込まれる可能性も否定できません。医療従事者として、この「過去の病気」に関する知識を更新しておくことは重要です。
ポリオの症状は多岐にわたり、無症状から重症まで幅広いスペクトラムを示します。感染者の90~95%は不顕性感染で終わり、特に症状を示さずに自然に免疫を獲得します。
症状が現れる場合の臨床経過は、以下のパターンに分類されます。
特に注意すべき臨床的特徴として、麻痺型ポリオでは「解熱前後に突然麻痺が出現する」パターンがあります。例えば、発熱した子どもが解熱し始めた夜に「背中が痛い」と訴え、翌朝突然下肢の麻痺が現れるといった経過を示すことがあります。
重症例では呼吸筋が麻痺し、呼吸困難を引き起こすことがあります。死亡率は小児で2~5%、成人ではより高く15~30%とされています。これは主に呼吸筋麻痺による呼吸不全が原因です。
また、麻痺が一度現れると、完全に回復するケースもありますが、約2/3の患者では永続的な筋力低下や麻痺が残ることになります。特に発症から12か月経過しても回復しない筋力低下は、永続的な後遺症となる可能性が高いとされています。
ポリオの診断は、臨床症状の評価と実験室での検査を組み合わせて行います。特に急性弛緩性麻痺(AFP)を呈する患者においては、ポリオを鑑別診断に含める必要があります。
主要な診断方法。
診断が確定した場合、ウイルスの型別同定が重要となります。特に野生株かワクチン由来株かの鑑別は公衆衛生上非常に重要です。
鑑別診断としては以下の疾患を考慮する必要があります。
特にギラン・バレー症候群との鑑別は重要です。ギラン・バレー症候群では通常、感覚障害を伴い、上行性(下肢から上肢へ)の対称性麻痺が特徴的ですが、ポリオでは非対称性の麻痺が多く、感覚障害は比較的少ないという違いがあります。
ポリオを疑う患者が発生した場合は、感染症法に基づき、直ちに最寄りの保健所に届け出ることが義務付けられています(第2類感染症)。医療従事者として、この届出制度を理解しておくことは極めて重要です。
ポリオに対する特異的な治療法(抗ウイルス薬など)は現在確立されていません。そのため、治療の中心は対症療法とリハビリテーションになります。
急性期の治療。
回復期の治療。
治療期間は症状の重症度によって大きく異なります。軽症例では数週間から数ヶ月で回復することもありますが、重症例では年単位の長期的なリハビリテーションが必要となります。
特に重要なのは、麻痺発症後の早期からのリハビリテーション介入です。過度の運動は筋肉の疲労を引き起こし回復を遅らせる可能性があるため、適切な強度と頻度でのリハビリテーションが重要になります。
現代においてポリオの治療で最も重要なのは、予防接種による発症予防です。日本では2012年9月以降、不活化ポリオワクチン(IPV)が使用されており、同年11月からは四種混合(DPT-IPV)ワクチンとして定期接種に導入されています。
ポリオ後症候群(Post-Polio Syndrome: PPS)は、ポリオ急性期からの回復後、長期間(通常15~40年)安定していた後に新たに生じる神経筋症状を特徴とする疾患です。この症候群は、現代の医療従事者にとって重要な課題の一つとなっています。
ポリオ後症候群の主な症状。
ポリオ後症候群の発症メカニズムは完全には解明されていませんが、急性ポリオ罹患時に生き残った運動ニューロンが過剰に負担を強いられ、長期間経過後に機能不全に陥るという「神経原性疲労説」が有力視されています。
診断基準。
治療と管理。