投与したその瞬間、コリスチンは抗菌活性をほぼ持っていません。
コリスチンは1950年に小山らによってBacillus colistinusから発見されたサイクリックポリペプチド系抗菌薬であり、「ポリミキシンE」とも呼ばれます。その構造上の最大の特徴は、強い陽性荷電と疎水性を同時に持つ点にあります。この両方の性質が、グラム陰性菌の外膜への攻撃を可能にしています。
作用の流れは3段階で整理できます。
つまり「外膜を爆破して内部に侵入する」イメージです。
この作用はグラム陰性菌にのみ有効です。グラム陽性菌は外膜にLPS構造を持たないため、コリスチンの標的となる部位が存在しません。同様に、プロテウス属・セラチア属・バークホルデリア属などは、もともとLPSのリン脂質構造が修飾されているため自然耐性を示します。緑膿菌・アシネトバクター属・大腸菌・クレブシエラ属・エンテロバクター属・シトロバクター属などへの強力な殺菌作用が期待できます。
また、コリスチンはLPSそのものへの親和性が高いため、エンドトキシン(内毒素)に結合してその毒性を中和する性質も持ちます。敗血症などでは血中に放出された内毒素の毒性を抑える付加的効果も期待されており、これは多剤耐性菌感染症の重症管理という観点からも注目されています。
日本化学療法学会「コリスチンの適正使用に関する指針(改訂版)」—作用機序の模式図と詳細な抗菌スペクトルを確認できます
臨床現場で使用される注射用コリスチン製剤(オルドレブ点滴静注用150mg)の実体は、コリスチンメタンスルホン酸ナトリウム(CMS:Colistimethate Sodium)というプロドラッグです。これは抗菌活性をほぼ持たない前駆物質です。
なぜプロドラッグの形にするのでしょうか?
コリスチンは強力な抗菌活性を持つ一方で、腎毒性や神経毒性が問題でした。CMSはコリスチンのアミノ酪酸残基にメタンスルホン酸基を付加した誘導体で、活性型コリスチンより毒性が大幅に低減されています。そのため安全な製剤化が可能となりました。
プロドラッグ変換がポイントです。
CMSは投与後、水溶液中での自発的な加水分解や体内の酵素反応によって、徐々に活性型コリスチンに変換されます。血漿中・尿中でこの変換が起こりますが、変換効率は患者によって大きく異なります。「投与量=抗菌活性量」とはならないのです。
| 項目 | CMS(投与製剤) | 活性型コリスチン |
|---|---|---|
| 抗菌活性 | ほぼなし | 強力な殺菌活性あり |
| 毒性 | 比較的低い | 腎毒性・神経毒性あり |
| 体内変換 | 加水分解で変換 | 最終活性体 |
| 排泄経路 | 主に腎臓 | 主に腎臓(変換後) |
重症感染症の初期治療では、CMSからコリスチンへの変換に時間がかかる点が問題となります。定常状態に達するまでに数時間を要するため、緊急性の高い多剤耐性菌感染症では「ローディングドーズ(初回負荷量)」の投与が検討されます。この初回負荷量を設定することで、早期に有効な血中コリスチン濃度に達することができます。
さらに、腎機能障害患者ではCMSの排泄が遅延して血中濃度が上昇しやすく、用量調整が必須となります。腎機能に応じたきめ細かい投与量設定が求められる点が、コリスチン使用の実務上の難しさです。
MSDマニュアル「ポリペプチド系抗菌薬:バシトラシン、コリスチン、ポリミキシンB」—CMSの薬理とプロドラッグ特性の解説があります
コリスチンとポリミキシンBは、同じポリペプチド系抗菌薬として非常に似通った構造を持ちます。両者の違いはたった1つのアミノ酸です。具体的には、コリスチンはD-ロイシンを含むのに対し、ポリミキシンBはD-フェニルアラニンを含みます。
作用機序は基本的に同一です。
どちらもグラム陰性菌の外膜LPSに結合し、Ca²⁺・Mg²⁺の架橋を崩壊させ、外膜→内膜の順に透過性を破壊して殺菌作用を発揮します。LPS(エンドトキシン)への親和性も両者ともに高く、エンドトキシンの中和作用も期待できる点も共通しています。コリスチンとポリミキシンBの交差耐性はほぼ100%であることも重要な事実です。
| 比較項目 | コリスチン(ポリミキシンE) | ポリミキシンB |
|---|---|---|
| 異なるアミノ酸 | D-ロイシン | D-フェニルアラニン |
| 投与形態(国内) | 注射用プロドラッグ(CMS) | 主に外用薬(眼科・耳鼻科) |
| 作用機序 | 外膜LPSへの結合・破壊 | 同上(ほぼ同一) |
| 交差耐性 | ほぼ100%(一方に耐性=両方に耐性) | |
ただし1アミノ酸の違いが、体内動態や組織移行性、副作用の発現頻度に若干の差をもたらすことも報告されています。また、日本国内ではコリスチンが多剤耐性グラム陰性桿菌感染症の注射治療薬として承認されているのに対し、ポリミキシンBは現状では主に外用製剤として使用されているという大きな実務上の違いがあります。
もう一点、知られていない特徴があります。コリスチンのような一部の抗菌ペプチドはD-アミノ酸を含有しており、これにより生体内のペプチダーゼ(タンパク質分解酵素)による分解を受けにくくなっています。一般的なタンパク質はL-アミノ酸のみで構成されるため、酵素はL-アミノ酸配列を認識して分解しますが、D-アミノ酸が含まれると認識されにくくなるのです。
「最後の切り札」と称されてきたコリスチンに対し、伝達性の耐性機構が発見されたのは2015年のことです。中国から報告されたプラスミド性コリスチン耐性遺伝子mcr-1(mobile colistin resistance-1)の発見は、感染症医療に大きな衝撃を与えました。
これが問題なのは「プラスミド上にある」という点です。
従来のコリスチン耐性は染色体上の遺伝子変異によって獲得されると考えられていました。LPSのLipid A部分のリン脂質が修飾されて陰性荷電が減少することで、陽性荷電を持つコリスチンの結合が阻害されます。この変異は菌自身が突然変異で獲得するもので、他の細菌には伝わりにくい性質でした。
しかしmcr-1はプラスミド(染色体外の自律複製可能なDNA)に存在します。プラスミドは接合という現象で異種細菌にも水平伝播します。つまり耐性が「感染」のように広がるのです。
興味深い逆説もあります。
コリスチン耐性を獲得したアシネトバクターでは、Moffattらの研究によってLPS産生が完全に消失していることが確認されています。LPSを失った細菌は外膜の安定性が低下し、バイオフィルム形成能の低下や病原性の低下が伴うことが報告されています。つまり耐性を獲得すると同時に「弱くなる」側面もあるということです。これをフィットネスコストと呼びます。
国立研究開発法人日本医療研究開発機構(AMED)「WHOが極めて重要な抗菌薬と位置付けるコリスチンに耐性」—mcr-1発見の経緯と国内監視体制について詳しく解説されています
コリスチン単剤による治療は、現在ではほとんど推奨されていません。複数のガイドラインが「コリスチンは可能な限り他剤と併用すること」を推奨しています。その背景には、濃度依存的な腎毒性、ヘテロ耐性によるサブポピュレーション問題、単剤では達成困難なPK-PD目標値の3つの課題があります。
併用が原則です。
コリスチンの外膜破壊という作用機序は、他の抗菌薬との相乗効果を生みやすい特徴を持っています。外膜を破壊することで菌体内への薬剤の侵入経路が開かれるため、本来は外膜に阻まれて届きにくい薬剤も効果を発揮しやすくなるのです。
実臨床での注意点も踏まえておく必要があります。
コリスチンの腎毒性は用量依存的に増加します。日本化学療法学会の指針では腎障害の発現頻度は約21%と報告されていますが、多くは可逆的であり投与中断で回復することが多いとされています。併用薬にもアミノグリコシド系など腎毒性を持つものがあるため、組み合わせ選択には注意が必要です。
また、コリスチンは現代的な薬物動態・薬力学(PK-PD)解析が考案される前に発売されたため、最適な投与法が長年にわたって不明確でした。殺菌効果の指標としてはAUC/MIC比またはCmax/MIC比が使われ、MICの10倍以上の血中濃度達成が一つの目安とされています。可能であれば治療薬物モニタリング(TDM)によって血中コリスチン濃度を実測しながら用量調整を行うことが推奨されます。重症感染症では感染症専門医・薬剤師と連携した投与設計が欠かせません。
日本環境感染学会「多剤耐性グラム陰性菌感染制御のためのポジションペーパー」—コリスチン併用療法の根拠と実践的な感染制御戦略が詳述されています
コリスチンは「濃度依存性」殺菌薬です。しかし「濃度を上げれば上げるほどよい」とは言えないのがこの薬剤の難しさです。殺菌効果を高めようと用量を増やすと、腎毒性リスクも比例して高まります。これはまさに「刃の両刃」とも言える構造的なジレンマです。
この矛盾を解決するために注目されているのが、ローディングドーズ(初回負荷投与)+維持量最適化という戦略です。プロドラッグCMSから活性型コリスチンへの変換に時間がかかるため、通常の投与では治療有効濃度に達するのに数時間かかります。初回に高めの負荷量を投与することで早期に有効血中濃度を達成し、その後は患者の腎機能に合わせて維持量を調整するアプローチが、現在多くの専門家によって支持されています。
有効濃度の維持が最優先です。
もう一つ、見落とされがちなのが「肺への移行性の低さ」という問題です。MSDマニュアルの記載にもある通り、コリスチンは肺組織への移行が特に低いため、人工呼吸器関連肺炎(VAP)などの呼吸器感染症への全身投与単独での治療は推奨されていません。肺への局所投与(吸入投与)が補助的に行われることもありますが、有効性については依然として根拠が限られており、使用には慎重な判断が求められます。
これは意外なポイントです。
「多剤耐性菌の肺炎に対する最後の手段」というイメージでコリスチンが選択されることがありますが、実際には全身投与のみでは肺内濃度が不十分になりやすい、という構造的な限界を持っています。
腎毒性への対応としては、以下の管理が実臨床で重要となります。
抗菌薬の中でも「最後の手段」に位置づけられるコリスチンは、その分だけ使用時のモニタリング密度が非常に高い薬剤です。作用機序の理解→プロドラッグ特性の把握→PK-PD目標値の設定→副作用モニタリング、という一連の流れを体系的に理解しておくことが、安全で効果的な使用の前提となります。
医書.jp「コリスチン耐性機序と薬剤感受性試験」(検査と技術 49巻1号)—耐性測定の方法論とPK-PD的観点からの解析が詳しく述べられています
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