胃がんは初期段階ではほとんど自覚症状がないことが特徴的です。そのため「サイレントキラー」とも呼ばれ、定期検診での発見が非常に重要となります。しかし、症状がまったくないわけではなく、微妙な変化に注意することで早期発見につながる可能性があります。
初期段階での典型的な症状:
これらの症状は胃炎や胃潰瘍などの良性疾患でも見られるため、見過ごされやすい点に注意が必要です。特に症状が2週間以上継続する場合は、精密検査を検討すべきでしょう。
胃がんが進行した場合の症状:
進行胃がんの症状は、腫瘍の位置や大きさによって異なることがあります。例えば、噴門部(食道と胃の接合部)の腫瘍は早期から嚥下困難を引き起こすことがありますが、幽門部(胃の出口付近)の腫瘍は胃内容物の排出障害により膨満感や嘔吐を引き起こすことがあります。
胃がんの症状は非特異的であることが多いため、40歳以上の方や家族歴のある方は、定期的な内視鏡検査を受けることが推奨されます。特に、上記の症状が持続する場合は、早めに消化器専門医を受診することが重要です。
胃がんの診断プロセスは、まず問診から始まります。患者の症状、病歴、家族歴などを詳細に聴取し、症状の期間や程度を評価することが重要です。しかし、確定診断には以下のような検査が必要となります。
上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)
胃がん診断の最も重要な検査方法です。内視鏡を用いて胃の内部を直接観察し、異常が見られた場合には組織生検を行います。現代の内視鏡検査には以下のような選択肢があります。
近年では拡大内視鏡やNBI(Narrow Band Imaging)などの特殊光観察を併用することで、微細な粘膜変化も検出可能となり、早期胃がんの発見率が向上しています。
画像診断法
血液検査
腫瘍マーカー(CEA、CA19-9など)は補助的診断として用いられますが、早期胃がんでは上昇しないことも多く、スクリーニング目的には適していません。貧血の有無や全身状態の評価のために行われます。
検査の流れ
典型的な診断の流れは以下の通りです。
内視鏡検査は胃がんの診断において最も感度・特異度が高い検査法であり、早期胃がんの発見には不可欠です。日本では内視鏡医の技術レベルが高く、世界的にも早期胃がんの発見率が高いことが知られています。
患者さんへの説明としては、検査前の絶食時間や検査の流れ、不安がある場合は鎮静剤の使用も検討できることなどを伝え、検査へのコンプライアンスを高めることが重要です。
胃がんの治療は、がんのステージ(進行度)、患者の全身状態、年齢などを考慮して個別化されます。現代の胃がん治療は、より低侵襲で機能温存を重視する方向に進化しています。
内視鏡的治療
早期胃がん(粘膜層または粘膜下層に限局し、リンパ節転移のリスクが低い病変)に対しては、内視鏡的治療が第一選択となります。
ESDは日本で開発された技術であり、従来は手術が必要だった病変に対しても臓器温存が可能になりました。治療後の5年生存率は95%以上と非常に良好です。
手術療法
内視鏡治療の適応とならない早期胃がんや進行胃がんに対しては手術が基本となります。
胃切除の範囲は、腫瘍の位置や進行度により以下のように決定されます。
リンパ節郭清の範囲(D1、D2など)も重要な検討事項であり、日本胃癌学会のガイドラインに基づいて決定されます。
薬物療法
進行胃がんや再発胃がんに対しては、化学療法が重要な役割を果たします。また、手術前後の補助化学療法も予後改善に貢献します。
近年では分子生物学的特性に基づく治療選択も進んでいます。
個別化医療のアプローチとして、がん組織の遺伝子変異や発現プロファイルに基づいた治療選択も研究が進んでいます。例えば、最近の研究では胃がんの分子分類(TCGA分類、ACRG分類など)に基づいた治療戦略の有効性が報告されています。
国立がん研究センター がん情報サービスの胃がん治療情報ページ - 標準治療と最新治療に関する詳細情報
胃がんの治療方針は、TNM分類に基づくステージによって大きく異なります。ここでは各ステージにおける治療アプローチと予後について解説します。
ステージ0(上皮内癌/粘膜内癌)
ステージ0は最も早期の胃がんで、リンパ節転移のリスクがほとんどないため、内視鏡治療で完治が期待できます。治療の目標は胃の機能を温存しながらがんを完全に切除することです。
ステージ1(粘膜下層浸潤またはリンパ節転移1-2個)
ステージ1の治療では、内視鏡治療の適応条件(2cm以下の分化型粘膜内癌など)を満たさない場合は手術を選択します。機能温存と根治性のバランスが重要です。
ステージ2-3(進行癌、リンパ節転移あり)
ステージ2-3では、手術による局所制御と化学療法による微小転移の制御を組み合わせた集学的治療が基本です。特に日本では術後のS-1内服が標準治療として確立しています。
ステージ4(遠隔転移あり)
ステージ4の治療目標は、生存期間の延長と症状の緩和です。患者の全身状態(PS)に合わせた治療選択が重要となります。近年では免疫チェックポイント阻害薬の登場により、一部の患者で長期生存が期待できるようになりました。
予後予測因子
治療選択にあたっては、これらの予後因子を総合的に評価し、個々の患者に最適な方針を検討することが重要です。とりわけ高齢者では、侵襲的治療のリスクとベネフィットを慎重に判断する必要があります。
胃がん治療後の適切なケアは、患者のQOL(生活の質)維持と再発予防の両面で重要です。特に手術後には特有の問題に対処する必要があります。
術後栄養管理
胃切除後は消化・吸収機能が低下するため、以下のような栄養管理が必要です。
ダンピング症候群への対応
胃切除後の約70%の患者が経験するダンピング症候群には、以下のような対策が有効です。
ピロリ菌除菌の重要性
胃がんの主要なリスク因子であるヘリコバクター・ピロリ菌の除菌は、以下の点で重要です。
除菌療法は通常、プロトンポンプ阻害薬と2種類の抗菌薬を1週間併用する三剤療法が基本ですが、耐性菌の増加に伴い四剤療法などの選択肢も検討されます。除菌後は除菌判定検査を行い、除菌失敗例には二次除菌を検討します。
定期的なフォローアップ
胃がん治療後のサーベイランススケジュールの例。
心理社会的サポート
治療後の患者は、身体的な問題だけでなく心理社会的な問題も抱えていることが多いため、以下のようなサポートが重要です。
長期的なケアにおいては、胃がん特有の問題だけでなく、生活習慣の改善(禁煙、適度な運動、バランスの良い食事)も重要です。また、二次がんのサーベイランスも忘れてはなりません。
里村クリニックの胃がん治療後のケア情報 - 術後の栄養管理とフォローアップの詳細について
胃がん治療は近年急速に進化しており、従来の手術・化学療法・放射線療法に加え、分子生物学的特性を活かした新たな治療法が登場しています。医療従事者として最新の治療動向を把握することは、患者さんに最適な選択肢を提示するために不可欠です。
免疫チェックポイント阻害薬の展開
免疫チェックポイント阻害薬は、自己の免疫システムを活性化してがん細胞を攻撃する治療法です。胃がんにおける代表的な薬剤と適応は以下の通りです。
近年では一次治療への展開も進んでおり、化学療法との併用による治療成績の向上が期待されています。特にCheckMate 649試験では、ニボルマブと化学療法の併用が標準化学療法と比較して全生存期間を有意に延長したことが示されました。
分子標的療法の進歩
胃がんの分子生物学的特性に基づいた治療選択が可能になりつつあります。
マルチオミックス解析に基づく個別化治療
胃がんのゲノム・エピゲノム・プロテオーム解析により、新たな分子分類や治療標的が同定されつつあります。
コンパニオン診断の重要性
分子標的療法の適応判定には、高精度の診断技術が不可欠です。
これらの検査は治療方針決定の鍵となるため、質の高い検体採取と検査体制の整備が求められます。
新規治療モダリティの展望
胃がん治療の将来的な選択肢として以下の技術が研究されています。
これらの革新的治療法は、従来の治療に抵抗性を示す症例に対する新たな選択肢として期待されています。特に光免疫療法は、副作用が少なく効果的な新しい治療法として注目されており、一部の医療機関では臨床研究が進んでいます。
最新の治療戦略を実践するためには、エビデンスに基づいた医療と個々の患者特性を考慮したアプローチのバランスが重要です。また、専門多職種チームによる治療方針の検討(キャンサーボード)も、最適な治療選択に不可欠な要素となっています。