胃がんの症状と治療方法について詳しく解説

胃がんの症状から最新の治療法まで医療従事者向けに詳細解説。早期発見のポイントや各ステージでの治療アプローチについて網羅的に解説しています。あなたの患者さんに最適な治療法は何でしょうか?

胃がんの症状と治療方法

胃がんの基本知識
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疫学データ

胃がんは日本人に多いがん種で、男性では2番目、女性では5番目に死亡数の多いがんです。

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主なリスク因子

ピロリ菌感染、塩分の過剰摂取、喫煙、慢性胃炎が主要なリスク因子となります。

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早期発見の意義

早期胃がんは適切な治療で5年生存率90%以上と予後良好です。定期的な内視鏡検査が重要です。

胃がんの初期症状と進行時の自覚症状の特徴

胃がんは初期段階ではほとんど自覚症状がないことが特徴的です。そのため「サイレントキラー」とも呼ばれ、定期検診での発見が非常に重要となります。しかし、症状がまったくないわけではなく、微妙な変化に注意することで早期発見につながる可能性があります。

 

初期段階での典型的な症状:

  • 胃もたれや消化不良感(食後の不快感)
  • みぞおち付近の軽い痛みや違和感
  • 食欲不振(特に肉類に対する嗜好の変化)
  • 原因不明の軽度の体重減少
  • 全身の倦怠感

これらの症状は胃炎や胃潰瘍などの良性疾患でも見られるため、見過ごされやすい点に注意が必要です。特に症状が2週間以上継続する場合は、精密検査を検討すべきでしょう。

 

胃がんが進行した場合の症状:

  • 持続的な腹痛(特に食後に悪化)
  • 顕著な食欲不振と体重減少
  • 嚥下困難(特に固形物)
  • 黒色便(消化管出血の兆候)
  • 吐血
  • 腹部膨満感の持続
  • 貧血症状(めまい、疲労感、息切れ)

進行胃がんの症状は、腫瘍の位置や大きさによって異なることがあります。例えば、噴門部(食道と胃の接合部)の腫瘍は早期から嚥下困難を引き起こすことがありますが、幽門部(胃の出口付近)の腫瘍は胃内容物の排出障害により膨満感や嘔吐を引き起こすことがあります。

 

胃がんの症状は非特異的であることが多いため、40歳以上の方や家族歴のある方は、定期的な内視鏡検査を受けることが推奨されます。特に、上記の症状が持続する場合は、早めに消化器専門医を受診することが重要です。

 

胃がんの診断方法と内視鏡検査の重要性

胃がんの診断プロセスは、まず問診から始まります。患者の症状、病歴、家族歴などを詳細に聴取し、症状の期間や程度を評価することが重要です。しかし、確定診断には以下のような検査が必要となります。

 

上部消化管内視鏡検査(胃カメラ)
胃がん診断の最も重要な検査方法です。内視鏡を用いて胃の内部を直接観察し、異常が見られた場合には組織生検を行います。現代の内視鏡検査には以下のような選択肢があります。

  • 経口内視鏡検査:口からスコープを挿入する従来の方法
  • 経鼻内視鏡検査:鼻からスコープを挿入し、咽頭反射が少ない検査法
  • 鎮静剤使用内視鏡検査:不安や苦痛を軽減するための選択肢

近年では拡大内視鏡やNBI(Narrow Band Imaging)などの特殊光観察を併用することで、微細な粘膜変化も検出可能となり、早期胃がんの発見率が向上しています。

 

画像診断法

  • CT検査:がんの進行度や転移の有無を評価
  • 超音波内視鏡:腫瘍の深達度を詳細に評価
  • MRI検査:特定の症例で有用
  • PET-CT:全身の転移検索に有用

血液検査
腫瘍マーカー(CEA、CA19-9など)は補助的診断として用いられますが、早期胃がんでは上昇しないことも多く、スクリーニング目的には適していません。貧血の有無や全身状態の評価のために行われます。

 

検査の流れ
典型的な診断の流れは以下の通りです。

  1. 問診と身体診察
  2. 上部消化管内視鏡検査と生検
  3. 病理組織診断
  4. 病期診断のための各種画像検査
  5. 治療方針の決定

内視鏡検査は胃がんの診断において最も感度・特異度が高い検査法であり、早期胃がんの発見には不可欠です。日本では内視鏡医の技術レベルが高く、世界的にも早期胃がんの発見率が高いことが知られています。

 

患者さんへの説明としては、検査前の絶食時間や検査の流れ、不安がある場合は鎮静剤の使用も検討できることなどを伝え、検査へのコンプライアンスを高めることが重要です。

 

胃がんの治療方法と個別化医療のアプローチ

胃がんの治療は、がんのステージ(進行度)、患者の全身状態、年齢などを考慮して個別化されます。現代の胃がん治療は、より低侵襲で機能温存を重視する方向に進化しています。

 

内視鏡的治療
早期胃がん(粘膜層または粘膜下層に限局し、リンパ節転移のリスクが低い病変)に対しては、内視鏡的治療が第一選択となります。

 

  • 内視鏡的粘膜切除術(EMR):2cm未満の隆起型や1cmまでの陥凹型の病変に適応
  • 内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD):大きさや形状を問わず、一括切除が可能な先進的手法

ESDは日本で開発された技術であり、従来は手術が必要だった病変に対しても臓器温存が可能になりました。治療後の5年生存率は95%以上と非常に良好です。

 

手術療法
内視鏡治療の適応とならない早期胃がんや進行胃がんに対しては手術が基本となります。

 

  • 腹腔鏡下手術:小さな創から特殊な器具を用いて行う低侵襲手術
  • 開腹手術:従来の方法で、広範囲なリンパ節郭清が必要な場合に選択

胃切除の範囲は、腫瘍の位置や進行度により以下のように決定されます。

  • 幽門側胃切除:胃の下部3分の2を切除
  • 噴門側胃切除:胃の上部を切除
  • 胃全摘:胃全体を切除

リンパ節郭清の範囲(D1、D2など)も重要な検討事項であり、日本胃癌学会のガイドラインに基づいて決定されます。

 

薬物療法
進行胃がんや再発胃がんに対しては、化学療法が重要な役割を果たします。また、手術前後の補助化学療法も予後改善に貢献します。

 

  • 術前化学療法:腫瘍縮小によるダウンステージングを目指す
  • 術後補助化学療法:微小転移の制御による再発予防
  • 進行・再発胃がんに対する化学療法:生存期間延長と症状緩和が目標

近年では分子生物学的特性に基づく治療選択も進んでいます。

  • HER2陽性胃がん:トラスツズマブなどの分子標的薬を併用
  • MSI-High胃がん:免疫チェックポイント阻害薬が有効
  • PD-L1発現胃がん:免疫チェックポイント阻害薬の併用

個別化医療のアプローチとして、がん組織の遺伝子変異や発現プロファイルに基づいた治療選択も研究が進んでいます。例えば、最近の研究では胃がんの分子分類(TCGA分類、ACRG分類など)に基づいた治療戦略の有効性が報告されています。

 

国立がん研究センター がん情報サービスの胃がん治療情報ページ - 標準治療と最新治療に関する詳細情報

胃がんのステージ別治療アプローチと予後

胃がんの治療方針は、TNM分類に基づくステージによって大きく異なります。ここでは各ステージにおける治療アプローチと予後について解説します。

 

ステージ0(上皮内癌/粘膜内癌)

  • 標準治療:内視鏡的粘膜下層剝離術(ESD)
  • 治療成績:5年生存率は95%以上
  • フォローアップ:治療後1年目は6か月ごと、その後は年1回の内視鏡検査

ステージ0は最も早期の胃がんで、リンパ節転移のリスクがほとんどないため、内視鏡治療で完治が期待できます。治療の目標は胃の機能を温存しながらがんを完全に切除することです。

 

ステージ1(粘膜下層浸潤またはリンパ節転移1-2個)

  • 治療選択肢
    • 内視鏡的治療(一部の症例)
    • 縮小手術(腹腔鏡下胃部分切除など)
    • 標準手術(D1リンパ節郭清を伴う胃切除)
  • 治療成績:5年生存率は90%前後
  • 補助療法:基本的に不要だが、高リスク症例では術後補助化学療法を検討

ステージ1の治療では、内視鏡治療の適応条件(2cm以下の分化型粘膜内癌など)を満たさない場合は手術を選択します。機能温存と根治性のバランスが重要です。

 

ステージ2-3(進行癌、リンパ節転移あり)

  • 治療選択肢
    • 根治手術(D2リンパ節郭清を伴う胃切除)
    • 術前化学療法 + 手術
    • 手術 + 術後補助化学療法
  • 治療成績
    • ステージ2:5年生存率は約70%
    • ステージ3:5年生存率は約40-50%
  • 標準レジメン
    • S-1+オキサリプラチン(SOX)療法
    • カペシタビン+オキサリプラチン(CapeOX)療法
    • S-1単独療法

    ステージ2-3では、手術による局所制御と化学療法による微小転移の制御を組み合わせた集学的治療が基本です。特に日本では術後のS-1内服が標準治療として確立しています。

     

    ステージ4(遠隔転移あり)

    • 治療選択肢
      • 一次化学療法
      • 緩和手術(出血や通過障害の改善目的)
      • 緩和ケア
    • 治療成績:中央生存期間は約1-2年
    • 標準レジメン
      • HER2陰性:フルオロピリミジン+プラチナ製剤±タキサン系
      • HER2陽性:化学療法+トラスツズマブ
      • 二次治療:ラムシルマブ±パクリタキセル、ニボルマブなど

      ステージ4の治療目標は、生存期間の延長と症状の緩和です。患者の全身状態(PS)に合わせた治療選択が重要となります。近年では免疫チェックポイント阻害薬の登場により、一部の患者で長期生存が期待できるようになりました。

       

      予後予測因子

      • 病理学的因子(深達度、リンパ節転移数、脈管侵襲など)
      • 分子生物学的因子(HER2、MSI、PD-L1発現など)
      • 患者因子(年齢、PS、併存疾患など)

      治療選択にあたっては、これらの予後因子を総合的に評価し、個々の患者に最適な方針を検討することが重要です。とりわけ高齢者では、侵襲的治療のリスクとベネフィットを慎重に判断する必要があります。

       

      胃がん治療後のケアとピロリ菌除菌の重要性

      胃がん治療後の適切なケアは、患者のQOL(生活の質)維持と再発予防の両面で重要です。特に手術後には特有の問題に対処する必要があります。

       

      術後栄養管理
      胃切除後は消化・吸収機能が低下するため、以下のような栄養管理が必要です。

      • 少量頻回食:一度に摂取する量を減らし、回数を増やす(1日5-6回)
      • 高タンパク・高カロリー食:体重減少を防ぐための栄養補給
      • ビタミンB12補充:胃全摘後は定期的な注射が必要
      • 鉄分補給:貧血予防のための補充
      • 乳製品の活用:カルシウム摂取による骨粗鬆症予防

      ダンピング症候群への対応
      胃切除後の約70%の患者が経験するダンピング症候群には、以下のような対策が有効です。

      • 食事の工夫
        • 糖質の過剰摂取を避ける
        • 食事中の水分摂取を控える
        • 食後30分は横にならない
      • 薬物療法:重症例ではオクトレオチドなどの薬剤を検討

      ピロリ菌除菌の重要性
      胃がんの主要なリスク因子であるヘリコバクター・ピロリ菌の除菌は、以下の点で重要です。

      1. 異時性多発胃がんの予防:胃がん治療後の新たながん発生リスクを約3分の1に低減
      2. 残胃炎の改善:慢性炎症の軽減による症状改善
      3. QOLの向上:消化器症状の改善

      除菌療法は通常、プロトンポンプ阻害薬と2種類の抗菌薬を1週間併用する三剤療法が基本ですが、耐性菌の増加に伴い四剤療法などの選択肢も検討されます。除菌後は除菌判定検査を行い、除菌失敗例には二次除菌を検討します。

       

      定期的なフォローアップ
      胃がん治療後のサーベイランススケジュールの例。

      • 内視鏡検査
        • 内視鏡治療後:6か月ごとに2年間、その後は年1回
        • 手術後:年1回
      • CT検査
        • ステージI:基本的に不要
        • ステージII-III:6か月ごとに2-3年間、その後は年1回(5年間)
      • 血液検査
        • 腫瘍マーカー(CEA、CA19-9など)
        • 栄養状態の評価(総タンパク、アルブミンなど)
        • 貧血のチェック

        心理社会的サポート
        治療後の患者は、身体的な問題だけでなく心理社会的な問題も抱えていることが多いため、以下のようなサポートが重要です。

        • 患者会や支援グループへの参加促進
        • 必要に応じた心理カウンセリングの提供
        • 社会復帰に向けたリハビリテーションプログラム
        • 家族を含めた包括的サポート

        長期的なケアにおいては、胃がん特有の問題だけでなく、生活習慣の改善(禁煙、適度な運動、バランスの良い食事)も重要です。また、二次がんのサーベイランスも忘れてはなりません。

         

        里村クリニックの胃がん治療後のケア情報 - 術後の栄養管理とフォローアップの詳細について

        胃がんの最新治療戦略と分子標的療法の進展

        胃がん治療は近年急速に進化しており、従来の手術・化学療法・放射線療法に加え、分子生物学的特性を活かした新たな治療法が登場しています。医療従事者として最新の治療動向を把握することは、患者さんに最適な選択肢を提示するために不可欠です。

         

        免疫チェックポイント阻害薬の展開
        免疫チェックポイント阻害薬は、自己の免疫システムを活性化してがん細胞を攻撃する治療法です。胃がんにおける代表的な薬剤と適応は以下の通りです。

        • ニボルマブ(オプジーボ®)
          • 三次治療以降の標準治療として承認
          • MSI-High症例では特に有効性が高い
          • ATTRACTION-2試験では生存期間の有意な延長を確認
        • ペムブロリズマブ(キイトルーダ®)
          • MSI-High症例に対する適応あり
          • PD-L1発現例での有効性が示唆されている

          近年では一次治療への展開も進んでおり、化学療法との併用による治療成績の向上が期待されています。特にCheckMate 649試験では、ニボルマブと化学療法の併用が標準化学療法と比較して全生存期間を有意に延長したことが示されました。

           

          分子標的療法の進歩
          胃がんの分子生物学的特性に基づいた治療選択が可能になりつつあります。

          • 抗HER2療法
            • トラスツズマブ(ハーセプチン®):HER2陽性胃がんの標準治療
            • トラスツズマブ デルクステカン(エンハーツ®):HER2陽性の治療歴のある進行胃がんに対して承認
            • ペルツズマブ(パージェタ®):一部の臨床試験で検討中
          • 血管新生阻害薬
            • ラムシルマブ(サイラムザ®):二次治療の標準薬として単剤またはパクリタキセルとの併用療法が確立
          • FGFR阻害薬
            • ベマラフェニブなど:FGFR2増幅例に対する効果が期待される新規治療

            マルチオミックス解析に基づく個別化治療
            胃がんのゲノム・エピゲノム・プロテオーム解析により、新たな分子分類や治療標的が同定されつつあります。

            • Epstein-Barr virus (EBV)陽性胃がん:PD-L1/PD-1阻害薬の高い感受性
            • Microsatellite instability-high (MSI-H)胃がん:免疫チェックポイント阻害薬の良好な反応性
            • 染色体不安定性型胃がん:特定のシグナル経路を標的とした治療開発
            • ゲノム安定型胃がん:細胞接着・細胞骨格関連遺伝子の変異に対する治療開発

            コンパニオン診断の重要性
            分子標的療法の適応判定には、高精度の診断技術が不可欠です。

            • HER2検査:免疫組織化学法(IHC)やin situ ハイブリダイゼーション(FISH/DISH)
            • MSI検査:PCRやIHCによる評価
            • PD-L1発現検査:Combined Positive Score (CPS)による評価

            これらの検査は治療方針決定の鍵となるため、質の高い検体採取と検査体制の整備が求められます。

             

            新規治療モダリティの展望
            胃がん治療の将来的な選択肢として以下の技術が研究されています。

            • CAR-T細胞療法:特定の抗原を標的とした細胞免疫療法
            • がんワクチン:腫瘍特異的免疫応答の誘導
            • オンコリティックウイルス療法:がん細胞特異的に感染・破壊するウイルスの利用
            • 光免疫療法:特定の光感受性物質とレーザー光を組み合わせた低侵襲治療

            これらの革新的治療法は、従来の治療に抵抗性を示す症例に対する新たな選択肢として期待されています。特に光免疫療法は、副作用が少なく効果的な新しい治療法として注目されており、一部の医療機関では臨床研究が進んでいます。

             

            最新の治療戦略を実践するためには、エビデンスに基づいた医療と個々の患者特性を考慮したアプローチのバランスが重要です。また、専門多職種チームによる治療方針の検討(キャンサーボード)も、最適な治療選択に不可欠な要素となっています。

             

            最新の胃がん検査・治療情報 - 分子標的療法と免疫療法の最新動向について