細胞骨格の働きを簡単に解説

細胞骨格は細胞の形を支え、物質輸送や分裂に関わる重要な構造です。アクチンフィラメント、微小管、中間径フィラメントの3種類があり、それぞれどのような役割を果たすのでしょうか?

細胞骨格の働きと簡単な仕組み

細胞骨格の主要な働き
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細胞の形態維持

細胞の形を支え、変形に対する機械的強度を提供

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細胞内輸送

オルガネラや小胞を運ぶレールとして機能

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細胞分裂の制御

染色体分離や細胞質分裂を支援

細胞骨格は、細胞質内に存在する繊維状タンパク質のネットワークであり、細胞の形態維持や運動、物質輸送など多様な機能を担います。すべての細胞、細菌や古細菌を含めて細胞骨格を持っており、真核細胞では特に複雑な構造が発達しています。
参考)細胞骨格 - Wikipedia

細胞骨格は単なる支持構造ではなく、動的に再構築される能力を持ちます。テントを例にすると、細胞膜が天幕で、細胞骨格はテントが潰れないように支える骨組みに相当しますが、実際には形態維持以外にも細胞内での物質移動の道になったり、細胞分裂時に核を分けたりする役割も果たします。
参考)細胞骨格の謎にせまる 〜遺伝子の先に見えたもの〜

細胞骨格の主な機能には、細胞の形態形成と機械的強度の付与、細胞外の結合組織や他の細胞との結合による組織の安定化、細胞遊走を可能にする収縮力の発生があります。さらに、シグナル伝達経路、エンドサイトーシス、細胞分裂時の染色体分離や細胞質分裂にも深く関与しています。
参考)https://www.thermofisher.com/jp/ja/home/life-science/cell-analysis/cell-structure/cytoskeleton.html

細胞骨格を構成する3種類のタンパク質繊維

 

真核細胞の細胞骨格は、主にアクチンフィラメント(微細線維)、微小管、中間径フィラメントという3つの異なる構成要素から成り立っています。これらは直径や構造、機能が異なり、協調して細胞の活動を支えています。
参考)細胞骨格

アクチンフィラメントは直径5~9nmの最も細い繊維で、細胞の表層域に多く分布します。アクチンと呼ばれる球状タンパク質が重合して形成され、細胞の伸展や収縮を担当します。筋肉が伸び縮みできるのは、アクチンフィラメントの働きによるものです。
参考)【高校生物】「細胞骨格の役割Ⅱ、Ⅲ」

微小管は直径25nmの管状構造で、チューブリンタンパク質から構成されます。細胞内では主に細胞小器官や小胞を運ぶレールとして機能し、細胞分裂時には紡錘体を形成して染色体の分離を導きます。微小管上を移動するキネシンやダイニンといったモータータンパク質が、オルガネラを目的地まで輸送します。
参考)Cell movement

中間径フィラメントは直径10nm前後で、アクチンフィラメントと微小管の中間の太さを持つことからこの名がつけられました。繊維状タンパク質が撚り合わさってロープのような構造を形成し、3種類の中で最も引っ張りに強く、細胞に機械的強度を付与する役割を果たします。高濃度の塩溶液や非イオン性界面活性剤で処理しても残存するほど耐久性が高く、細胞質内で網目状に広がって細胞の強度を高めています。
参考)細胞骨格解析試薬|細胞解析|【ライフサイエンス】|試薬-富士…

細胞骨格による細胞内輸送とオルガネラの配置

細胞骨格は細胞内での物質輸送において中心的な役割を果たします。細胞内には様々なオルガネラ(細胞小器官)が存在し、それらの適切な配置と移動は細胞機能に不可欠です。
参考)細胞分裂時における細胞小器官(オルガネラ)の分配機構

細胞骨格、特に微小管とアクチンフィラメントは、オルガネラや小胞が移動するためのレールとして機能します。モータータンパク質であるキネシンは微小管上を細胞の末端方向へ進み、ダイニンは中心方向へ移動することで、オルガネラを適切な位置に配送します。
参考)ビデオ: オルガネラと小胞の動き

この輸送システムは高度に制御されており、細胞分裂時には細胞骨格が再構築され、それに沿ってモータータンパク質がオルガネラ輸送を行います。例えば、神経細胞では神経伝達に必要な物質を軸索の先端まで長距離輸送する必要があり、微小管に沿った輸送が極めて重要です。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10296243/

オルガネラ間の物質輸送は「膜交通」と呼ばれ、膜でできた小胞や細管を介して行われます。出発地となるオルガネラでは物質の選別と小胞への積み込みが行われ、細胞骨格がつくる道を運ばれた輸送小胞は目的地の膜に繋ぎとめられ、最終的に膜融合によって荷が下ろされます。
参考)RESEARCH 液胞へと荷物を運び容れる植物細胞の中のしく…

細胞骨格と細胞分裂の関係

細胞分裂において細胞骨格は必須の役割を果たします。特に微小管は細胞分裂時に紡錘体を形成し、染色体を正確に2つの娘細胞に分配する中心的な構造です。​
細胞分裂の準備段階では、細胞骨格が大規模に再構築されます。微小管が中心体から放射状に伸び、染色体のキネトコア(動原体)に結合します。この紡錘体微小管が短縮することで、染色体が両極へと引っ張られ、遺伝情報が等分されます。​
アクチンフィラメントもまた、細胞質分裂(サイトキネシス)において重要な働きをします。分裂の最終段階で、細胞の赤道面にアクチンとミオシンから成る収縮環が形成され、これが締まることで細胞が物理的に2つに分かれます。​
細胞分裂時には、オルガネラも適切に分配される必要があります。細胞骨格の再構築に伴い、モータータンパク質がミトコンドリアや小胞体などのオルガネラを両極へと運び、各娘細胞が必要な細胞小器官を受け取れるようにしています。​

細胞骨格の異常と疾患との関連

細胞骨格の機能不全は様々な疾患と関連しています。特にがんや神経疾患において、細胞骨格の異常が病態の重要な要因となることが明らかになってきました。
参考)KAKEN href="https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-22K07539/" target="_blank">https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-22K07539/amp;mdash; 研究課題をさがす

がん細胞では、細胞骨格の変化が転移能力に直結します。がん細胞は増殖するだけでなく、栄養を得るために周囲の組織を破壊しながら血管に向かって移動します。研究では、がん細胞の細胞骨格を硬化させる薬剤が転移を抑制する可能性が示されており、細胞骨格の柔軟性ががん転移に重要な役割を果たすことが分かっています。
参考)細胞の骨格と動くしくみ

がん細胞の硬化と転移抑制に関する研究
神経疾患においても細胞骨格は重要です。筋萎縮性側索硬化症(ALS)では、タンパク質の異常な凝集体蓄積と細胞骨格動態の破綻が関連していることが明らかになっています。また、統合失調症や自閉症などの精神疾患では、複数の細胞骨格関連タンパク質や分子モータータンパク質の異常が報告されています。
参考)https://jxiv.jst.go.jp/index.php/jxiv/preprint/view/885

脳の神経細胞では、新たな神経回路を作る際に神経細胞が細長く伸びて他の神経細胞とつながる必要があり、この過程も細胞骨格に依存しています。神経細胞の伸長が活性化する仕組みが解明されれば、人間の学習機能を高めたり、認知症などの病気や老化を抑制したりできる可能性があります。​

細胞骨格研究の臨床応用と今後の展望

細胞骨格の研究は、基礎生物学から臨床医療まで幅広い分野で応用が期待されています。特に再生医療や創薬において、細胞骨格の理解は重要な基盤となります。
参考)https://pancan1.org/index.php?option=com_contentamp;view=articleamp;id=638%3Ainternationalnews20150205amp;catid=88amp;Itemid=618

骨格筋の再生医療では、ヒトiPS細胞から骨格筋幹細胞を誘導し、成熟した骨格筋細胞を作製する技術が開発されています。この技術で作られる骨格筋細胞は、整列したサルコメア構造や筋小胞体とT管からなる3つ組構造など、成熟骨格筋に特徴的な細胞内構造を持ち、遺伝性筋疾患の病態モデル作製や創薬スクリーニングへの応用が期待されています。
参考)遺伝子操作を加えずヒトiPS細胞から成熟骨格筋細胞を作製する…

ヒトiPS細胞から成熟骨格筋細胞を作製する技術開発
創薬分野では、細胞骨格に作用する薬剤のスクリーニング技術が進展しています。ジョンズホプキンス大学の研究チームは、がん細胞の細胞骨格を硬化させる分子を同定することで、がん細胞の転移を防ぐ新しいアプローチを開発しました。このような研究は、細胞の動きや形態変化を制御することで疾患治療につながる可能性を示しています。​
骨の再生においても細胞骨格は重要な役割を果たします。新たに発見された骨内膜幹細胞は骨の成長や再生に貢献する一方で、がん化すると骨肉腫を引き起こす可能性があり、幹細胞の制御機構の理解が骨再生療法や骨肉腫治療の開発に貢献すると期待されています。
参考)新たな骨の幹細胞「骨内膜幹細胞」を発見! 〜骨の再生に貢献す…

細胞骨格の動的挙動をより詳細に理解することで、細胞移動の制御、物質輸送の最適化、疾患メカニズムの解明が進むと考えられます。今後は超解像顕微鏡技術やオルガネラ特異的イメージング技術の発展により、生きた細胞内での細胞骨格とオルガネラの相互作用がリアルタイムで観察可能になり、新たな治療標的の発見につながることが期待されます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4458415/

 

 


図説細胞骨格