女性の不妊症において最も頻度が高いのは排卵因子で、全体の30~47%を占めています。排卵障害は月経周期の異常として現れることが多く、正常な月経周期である25~38日から逸脱した稀発月経や無月経が主要な初期症状です。
排卵因子の主な原因:
卵管因子は不妊症女性の32~42%を占める重要な原因です。卵管閉塞や卵管狭窄により、精子と卵子の出会いが阻害されます。特にクラミジア感染症は無症状で進行することが多く、気づかないうちに卵管周囲の癒着を引き起こします。
子宮因子では、子宮筋腫(特に粘膜下筋腫)や子宮内膜ポリープが受精卵の着床を阻害します。月経量の異常な増加や貧血症状が初期症状として現れることがあります。
男性不妊の約90%を占めるのが造精機能障害です。これには精子無力症、乏精子症、無精子症の3つの主要な病態があります。
造精機能障害の分類:
精索静脈瘤は男性不妊の重要な原因の一つで、心臓へ戻る血液が逆流して精巣内にコブができた状態です。温かい血液が静脈瘤に溜まることで精子機能が低下し、陰嚢内の温度上昇により精巣の発育不全を引き起こします。
逆行性射精では、精液が尿道ではなく膀胱へ戻るため、射精された精液量が極端に少なくなります。これは前立腺や骨盤内手術の後遺症として発生することがあります。
甲状腺機能低下症や糖尿病などの全身疾患も男性不妊の原因となり、精子数減少や勃起不全などの性機能障害を引き起こします。
不妊症の診断には系統的な検査アプローチが必要です。初期検査として以下の4つの評価が基本となります。
女性に対する基本検査:
男性に対する基本検査:
子宮頸管粘液検査では、排卵期における頸管粘液の牽糸性や量、色調を確認し、精子の通過性を評価します。抗精子抗体検査では、精子を外敵とみなして動きを妨げる抗体の有無を確認します。
日本生殖医学会による不妊症Q&Aでは、詳細な検査手順と診断基準が解説されています
不妊症の治療は原因に応じた段階的アプローチが重要です。排卵因子に対しては排卵誘発剤を用いた治療が第一選択となります。クロミフェンやゴナドトロピン製剤により排卵を促進し、タイミング法から開始します。
卵管因子や子宮因子、ピックアップ障害、受精障害では体外受精が適応となります。特に重度の卵管閉塞や子宮内膜症による癒着では、自然妊娠の可能性が極めて低いため、早期の体外受精移行が推奨されます。
男性因子に対する治療選択:
受精障害では顕微授精(ICSI)が必須で、卵子が活性化しない場合には電気刺激やカルシウムイオノフォアによる人工的活性化も行われます。
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不妊症患者への対応において、医療従事者が見落としがちなのが心理的要因の影響です。ストレスは視床下部-下垂体-卵巣軸に直接作用し、排卵障害を引き起こす重要な因子となります。
心理的ストレスが与える生理学的影響:
不妊治療中の夫婦は、月単位での治療結果への期待と失望を繰り返すため、慢性的な心理的負荷を抱えています。特に体外受精の反復不成功例では、抑うつ症状の発現率が一般人口の3倍以上に上昇するという報告があります。
医療従事者には、単に生物学的な不妊原因の追求だけでなく、患者の心理状態への配慮と適切な精神的サポートの提供が求められます。カウンセリングの導入や患者支援グループへの紹介は、治療成功率の向上にも寄与することが示されています。
また、不妊症診断時の患者への情報提供方法も重要です。過度に医学的詳細を説明することで患者の不安を増大させる場合もあるため、個々の患者の理解度と心理状態に応じた説明技術の習得が必要です。
不妊症治療において、医学的治療と心理的サポートの両輪が機能することで、患者のQOL向上と治療成功率の改善が期待できます。医療従事者は常に患者の全人的ケアを念頭に置いた診療姿勢を保持することが重要です。