フェノチアジン系薬剤の種類と一覧から副作用まで

フェノチアジン系抗精神病薬の歴史、種類、効果や副作用について医療従事者向けに詳しく解説します。第一世代抗精神病薬としての臨床的位置づけを理解することで、適切な処方判断ができるようになりますが、どのような特性を把握すべきでしょうか?

フェノチアジン系薬剤の種類と一覧

フェノチアジン系抗精神病薬の基本情報
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基本作用

中脳辺縁系のドーパミン受容体(D2受容体)を阻害し、幻覚・妄想を抑制します。他の抗精神病薬と比較して鎮静作用が強いことが特徴です。

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臨床的位置づけ

1950年代に登場した第一世代抗精神病薬で、現在も統合失調症や各種精神症状の治療に使用されています。

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処方の注意点

多様な受容体に作用するため、副作用プロファイルを理解した上での慎重な処方判断が求められます。

フェノチアジン系抗精神病薬の歴史と開発経緯

フェノチアジン系抗精神病薬の歴史は、精神医学の治療に革命をもたらした重要な転換点として位置づけられています。1952年に登場したクロルプロマジンは、精神科薬物療法に大きな変化をもたらした画期的な薬剤でした。この薬剤は最初フランスの病院で躁状態の治療に用いられ、目覚ましい効果を上げたことが始まりです。

 

その後、カナダでもクロルプロマジンが使用され、統合失調症の入院患者の多くが4~5週間という短期間で症状改善を示したという報告がなされました。日本においても1955年に承認され、精神科治療の選択肢を大きく広げることになりました。1960年にアメリカで実施された大規模共同研究でもその有効性が確認され、抗精神病薬としての地位が確立されました。

 

フェノチアジン系抗精神病薬は、その構造からさらに以下のように分類されます。

  1. アリファティック系(脂肪族):クロルプロマジンなど
  2. ピペリジン系:プロペリシアジンなど
  3. ピペラジン系:ペルフェナジン、フルフェナジンなど

このような構造の違いにより、薬理作用のプロファイルにも微妙な差異が生じています。特にピペリジン系はピペラジン系よりも錐体外路症状が弱く、ジメチルアミノプロピル系よりも鎮静催眠作用が弱いという特徴があります。プロペリシアジンはフランスで合成・開発されたピペリジン系のフェノチアジン誘導体で、1964年に日本で初めて発売されました。

 

フェノチアジン系薬剤の作用機序と特徴

フェノチアジン系薬剤の最も基本的な作用機序は、中脳辺縁系のドーパミン受容体(特にD2受容体)阻害にあります。この作用により幻覚・妄想といった陽性症状を抑制することができますが、同時に他の多くの受容体にも作用することが特徴です。

 

具体的には、以下の受容体に対する作用が認められています。

  • ドーパミンD2受容体阻害作用:主な治療効果の源泉
  • アドレナリンα1受容体阻害作用:起立性低血圧の原因
  • ムスカリンM1受容体阻害作用(抗コリン作用):便秘や口渇の原因
  • ヒスタミンH1受容体阻害作用:眠気や体重増加の原因

これらの多様な受容体作用は、フェノチアジン系抗精神病薬の特徴的な副作用プロファイルを形成しています。特に他の抗精神病薬と比較すると、α1受容体阻害作用、抗コリン作用、抗ヒスタミン作用は強めの部類に属します。

 

また、中脳皮質系のドーパミン活性を抑制することで認知面への影響も生じます。これは統合失調症の陰性症状(自閉・無為・感情鈍麻)と見分けがつきにくいため、臨床評価には注意が必要です。

 

フェノチアジン系薬剤の大きな特徴として、鎮静・催眠作用に優れている点が挙げられます。興味深いことに、これらの薬剤は精神活動が低下した患者を活発化させる目的で使用されることもあり、その多様な臨床効果が認められています。

 

臨床的には、抗精神病効果だけでなく、抗不安作用、鎮静作用、制吐作用なども持ち合わせており、多岐にわたる症状に対応できることが強みです。このような多面的な作用により、単なる統合失調症治療薬としてだけでなく、様々な精神症状や身体症状に対応できる薬剤として位置づけられています。

 

フェノチアジン系抗精神病薬の主な種類と商品名

日本で使用可能なフェノチアジン系抗精神病薬は複数存在し、それぞれ特徴的な商品名で流通しています。以下に主要なフェノチアジン系薬剤とその商品名を一覧で示します。

  1. クロルプロマジン
    • 商品名:コントミン、ウインタミン、クロルプロマジン塩酸塩
    • 薬価:9.7円/錠(25mg)~9.8円/g(細粒10%)
    • 剤形:錠剤、筋注
  2. レボメプロマジン
    • 商品名:ヒルナミン、レボトミン、レボメプロマジン
    • 薬価:5.9円/錠(25mg)~95.3円/g(散50%)
    • 剤形:錠剤、散剤、顆粒
  3. ペルフェナジン
    • 商品名:ピーゼットシー、トリラホン
    • 薬価:9.7円/錠(4mg)~10.1円/錠(8mg)
    • 剤形:錠剤、散剤、筋注
  4. フルフェナジン
    • 商品名:フルメジン(内服)、フルデカシン(持続性筋注)
    • 薬価:5.9円/錠(0.25mg)~1416円/瓶(注射25mg)
    • 剤形:錠剤、散剤、筋注
  5. プロクロルペラジン
    • 商品名:ノバミン
    • 薬価:10.1円/錠(5mg)~61円/管(筋注5mg)
    • 剤形:錠剤、筋注
  6. プロペリシアジン
    • 商品名:ニューレプチル
    • 薬価:6.1円/錠(5mg)~40.4円/g(細粒10%)
    • 剤形:錠剤、細粒、内服液

これらの薬剤は、同じフェノチアジン系に属していても、化学構造の違いによって薬理作用や副作用のプロファイルに差異があります。たとえば、ピペリジン系のプロペリシアジンは、ピペラジン系よりも錐体外路症状が弱いという特徴を持っています。

 

また、同じ成分でも複数の製薬会社から異なる商品名で発売されているケースがあり、医療現場では薬価や剤形、患者の状態に応じた選択が行われています。剤形の多様性も特徴的で、錠剤だけでなく散剤や顆粒、筋注など様々な投与経路に対応している点も臨床上の利点となっています。

 

フェノチアジン系薬剤の適応症と使用法

フェノチアジン系薬剤は、主に統合失調症の治療を目的として使用されますが、その適応は多岐にわたります。各薬剤の適応症を以下にまとめます。

  1. 統合失調症:すべてのフェノチアジン系薬剤に共通する主要適応症
  2. うつ病および神経症における不安・緊張
    • クロルプロマジン
    • レボメプロマジン
  3. 躁病
    • クロルプロマジン
    • レボメプロマジン
  4. 悪心・嘔吐(術前・術後含む)
    • クロルプロマジン
    • ペルフェナジン
    • プロクロルペラジン
  5. その他の適応症
    • メニエール症候群(眩暈、耳鳴):ペルフェナジン
    • 吃逆(しゃっくり):クロルプロマジン
    • 破傷風に伴う痙攣:クロルプロマジン

クロルプロマジンは、その多岐にわたる適応症から、フェノチアジン系薬剤の中でも特に幅広い臨床使用がなされています。米国ではこれらに加え、難治性しゃっくり、急性間欠性ポルフィリン症、頭痛(適応外使用)にも使用されています。

 

禁忌として、以下の状態の患者には使用を避ける必要があります。

  • 昏睡状態
  • 循環虚脱状態
  • 中枢神経抑制薬の強い影響下にある患者
  • フェノチアジン系への過敏症
  • アドレナリン(ボスミン)投与中(アナフィラキシーの救急治療を除く)

使用法については、経口投与と筋肉注射が主な投与経路となります。

  • 経口投与:錠剤、散剤、顆粒、内服液などの剤形があり、分割投与が一般的です。
  • 筋肉注射:経口摂取が困難な場合や、速やかな効果発現が必要な場合に用いられます。筋注の場合、経口摂取の約4倍の血中濃度となります。

薬物動態に関しては、クロルプロマジンを例にすると、消化管からの吸収は良好で、経口摂取の場合は1~4時間後、筋肉注射では30分~1時間後に血中濃度がピークに達します。肝臓で代謝され、胆汁を経由して尿中および糞便に排泄されます。
適切な使用のためには、個々の患者の症状や状態、併用薬、既往歴などを総合的に評価し、最適な薬剤選択と用量調整を行うことが重要です。特に高齢者や肝機能障害のある患者では、代謝能力の低下を考慮した慎重な投与が求められます。

 

フェノチアジン系抗精神病薬の副作用と対策

フェノチアジン系抗精神病薬は、多様な受容体に作用するため、幅広い副作用プロファイルを持っています。主な副作用とその発現頻度、対策について以下に詳述します。
主な副作用と発現頻度(クロルプロマジンの例)

  • 錐体外路症状:40%
    • パーキンソン症候群(手指振戦、筋強剛、流涎など)
    • ジスキネジア(口周部、四肢などの不随意運動)
    • ジストニア(眼球上転、眼瞼痙攣、舌突出、痙性斜頸など)
    • アカシジア(静坐不能)
  • 自律神経系副作用。
    • 口渇:27%
    • 鼻閉:20%
    • 頻脈・心悸亢進:14%
    • 血圧低下:13%
    • 便秘:9%
  • その他の副作用。
    • 眠気:27%
    • 発赤発疹:11%
    • 体重増加:8%
    • 局所痛:7%
    • 発熱:5%
    • 反射減弱:5%

    これらの副作用は多様な受容体作用に関連しています。

    • α1受容体阻害作用 → 起立性低血圧
    • 抗コリン作用 → 口渇、便秘、尿閉
    • 抗ヒスタミン作用 → 眠気、体重増加

    重大な副作用として、以下のものが知られています。

    • 悪性症候群(Neuroleptic Malignant Syndrome: NMS)
    • 遅発性ジスキネジア
    • 無顆粒球症
    • 心筋障害
    • 麻痺性イレウス

    特に注意すべき患者群

    1. 妊婦・授乳婦
      • 添付文書では「妊婦または妊娠している可能性のある婦人には投与しないことが望ましい」
      • 「授乳中の婦人には投与しないことが望ましい」
      • オーストラリア分類ではクロルプロマジンはDランク(胎児の奇形や不可逆的な損傷を増加させる可能性)
    2. 高齢者
      • 錐体外路症状や自律神経系副作用が出現しやすい
      • 低用量から開始し、慎重に増量
    3. 肝・腎機能障害患者
      • 代謝・排泄に影響するため副作用が増強される可能性

    副作用への対策

    1. 錐体外路症状対策
      • 抗パーキンソン薬の併用(ビペリデン、トリヘキシフェニジルなど)
      • 必要最小限の用量調整
    2. 自律神経系副作用対策
      • 口渇:こまめな水分摂取、無糖ガムの使用
      • 便秘:食物繊維の摂取、適度な運動、緩下剤の併用
      • 起立性低血圧:急な立ち上がりを避ける、十分な水分摂取
    3. 体重増加対策
      • 規則正しい食事、適度な運動、体重モニタリング
    4. 遅発性ジスキネジア対策
      • 定期的な評価と早期発見
      • 長期使用時は最小有効量での維持

    フェノチアジン系抗精神病薬の副作用管理は、治療効果の維持と患者QOLの向上のために重要な課題です。特に長期投与が必要な場合は、定期的な副作用評価と用量調整が不可欠となります。ブチロフェノン系抗精神病薬と比較すると、フェノチアジン系はα1受容体阻害作用や抗コリン作用、抗ヒスタミン作用が強い一方で、錐体外路症状はやや出現しにくいという特徴があります。

     

    フェノチアジン系薬剤の臨床的位置づけと新たな活用法

    近年の抗精神病薬は第二世代(非定型)抗精神病薬が主流となっていますが、フェノチアジン系を含む第一世代抗精神病薬も依然として重要な臨床的位置づけを保っています。ここでは、現代精神医学におけるフェノチアジン系薬剤の役割と新たな活用法について考察します。

     

    臨床的位置づけ

    1. 興奮状態のコントロール
      • 強い鎮静作用を持つフェノチアジン系薬剤は、急性期の興奮状態に対して効果的です
      • 特にクロルプロマジンやレボメプロマジンは、精神運動興奮の鎮静に優れています
    2. 治療抵抗性への対応
      • 第二世代抗精神病薬が効果不十分な場合の選択肢
      • 多様な受容体プロファイルによる異なる作用機序の利用
    3. 費用対効果
      • 薬価の面では第二世代抗精神病薬より経済的(5.9円/錠~95.3円/g)
      • 医療経済的観点からの選択肢として重要
    4. 多様な剤形
      • 内服困難な患者に対する筋注製剤の利用
      • 液剤やドライシロップなど、様々な投与経路の確保

    新たな活用法と研究動向

    1. 治療アルゴリズムにおける再評価
      • 第二世代抗精神病薬との適切な使い分け
      • 個別化医療の観点からの薬剤選択
    2. 精神科以外の領域での応用
      • 緩和ケアにおける制吐薬、鎮静薬としての使用
      • 難治性しゃっくりへの応用(クロルプロマジン)
    3. 低用量療法の検討
      • 副作用軽減を目的とした低用量での効果研究
      • 維持療法としての最小有効量の探索
    4. 併用療法のエビデンス構築
      • 他の向精神薬との相乗効果の検討
      • 副作用軽減を目的とした併用戦略
    5. 薬理遺伝学的アプローチ
      • 治療反応性や副作用発現の予測因子の探索
      • 個別化医療に向けた遺伝子多型研究

    第一世代抗精神病薬としてのフェノチアジン系薬剤は、その強い鎮静作用から、現代の精神科臨床においては主に「興奮のコントロール」に力点を置いた使用がなされています。一方で、陽性症状への効果は比較的弱いとされ、この点はブチロフェノン系抗精神病薬の方が優れているとされています。

     

    興味深いことに、フェノチアジン系の中でもプロペリシアジン(ニューレプチル)は、1964年に日本で初めて発売されたピペリジン系フェノチアジン誘導体であり、統合失調症の不安、緊張、抑うつ気分、幻覚、妄想など多様な症状に効果を示すことが知られています。このような薬剤特性の理解に基づいた適切な薬剤選択が、患者個々の症状に合わせた最適な治療につながります。

     

    抗精神病薬の安全な使用には、リスクベネフィットを見据えた慎重な処方態度が要求されています。特にフェノチアジン系薬剤は多様な受容体に作用するため、その薬理作用と副作用プロファイルを十分に理解した上での適切な薬剤選択と用量調整が不可欠です。