アセトン血性嘔吐症(周期性嘔吐症)は、数時間から数日間にわたって激しい嘔吐を繰り返す特徴的な疾患です。嘔吐の頻度や間隔には個人差があり、数日間に複数回発作が起こる場合もあれば、数か月に1回程度の場合もあります。主に2〜10歳の小児に多く見られ、思春期になると自然軽快する傾向があります。
最も顕著な症状は噴水様の激しい嘔吐であり、ピーク時には1時間に6回以上の嘔吐を呈することもあります。嘔吐物には胆汁や少量の血液が混じることがあります。特徴的な所見として、アセトン臭(熟したリンゴのような甘酸っぱい臭い)のある口臭が認められます。これは血中ケトン体の上昇により、呼気からアセトンが排出されるためです。
嘔吐以外の症状としては、以下のようなものが挙げられます。
発作時には傾眠傾向を示し、強い嘔吐を繰り返すうちにぐったりとして元気がなくなっていきます。一度症状が治まった後も、時間をあけて症状が再発することが特徴です。発作と発作の間には全く症状がなく、普通に日常生活を送ることができます。
症状の経過パターンは個人によって異なりますが、同一患者では発症のきっかけ、症状の強さ、持続時間などが比較的類似していることが多いです。多くの症例では、成長とともに症状は軽減し、約30%が思春期以降に偏頭痛へ移行するとされています。
アセトン血性嘔吐症の主な病態生理学的機序は、体内の栄養分(特に糖質)が不足した際に起こる代謝変化に関連しています。通常、体はエネルギー源としてブドウ糖を優先的に使用しますが、糖質が不足すると脂肪を分解してエネルギーを得ようとします。この脂肪分解過程でケトン体(アセトン、アセト酢酸、β-ヒドロキシ酪酸)が生成され、血中に蓄積します。
アセトン血性嘔吐症の発症には、以下のような要因が関与していると考えられています。
発症のトリガーとなる要因は多岐にわたります。
特に注目すべきは、アセトン血性嘔吐症と偏頭痛の病態生理学的類似性です。小児期の本症患者の多くは、成長とともに典型的な偏頭痛へと症状が変化することが知られており、この事実も両者の病態メカニズムの関連性を支持しています。家族歴に偏頭痛を持っていることが多いという点も興味深い特徴です。
アセトン血性嘔吐症の診断は、特徴的な臨床症状と検査所見を総合的に評価して行われます。以下に診断のポイントを示します。
診断の難しさは、嘔吐を主訴とする他の疾患との鑑別にあります。特に以下の疾患との鑑別が重要です。
アセトン血性嘔吐症の診断は除外診断的側面が強く、上記の疾患を適切に除外した上で、特徴的な臨床症状と検査所見(特に尿中ケトン体陽性)を確認することが重要です。疑わしい場合は小児神経専門医や小児消化器専門医へのコンサルテーションを検討すべきでしょう。
アセトン血性嘔吐症の治療は、発作のステージに応じて大きく3つのフェーズに分けられます:①前兆期(前駆期)の治療、②発作期の治療、③発作間欠期の予防的治療です。それぞれのステージで適切な対応を行うことが、症状のコントロールに重要です。
前兆症状(吐き気、頭痛、腹痛など)が現れた段階での早期介入は、その後の重篤な嘔吐発作を予防できる可能性があります。
発作期には対症療法が中心となります。脱水と電解質異常の補正、嘔吐の軽減が主要な治療目標です。
※通常、5%ブドウ糖含有電解質液を基本とします
頻回に発作を繰り返す症例では、以下のような予防的薬物療法が考慮されます。
治療の成功には、以下の生活指導も重要です。
子供に吐き気や倦怠感といった初期症状が見られた場合、軽度なうちから糖質を含んだ飲料やお菓子を摂取させることが推奨されます。症状が良くなってきた後は、こまめに少量ずつ水分を取り、スポーツドリンクなどで糖分を補うことで、数日のうちに症状が落ち着くことが多いです。
アセトン血性嘔吐症と偏頭痛の間には密接な関連性があることが、近年の研究で明らかになってきています。この関連性を理解することは、治療アプローチの選択において重要な意味を持ちます。
疫学的関連性
アセトン血性嘔吐症の患者の家族歴を調査すると、以下のような特徴が認められます。
これらの疫学的知見から、両疾患には共通の遺伝的背景があると考えられています。現在では、アセトン血性嘔吐症は頭痛の一種と考えられており、やがて偏頭痛に移行していくこともあるとされています。
病態生理学的共通点
アセトン血性嘔吐症と偏頭痛には、以下のような病態生理学的な共通点があります。