妊娠中期にゲンボイヤを継続すると、エルビテグラビルの血中濃度が出産後比で最大44%低下します。
エルビテグラビルはHIV-1インテグラーゼ阻害薬(INSTI)の一つで、国内ではゲンボイヤ配合錠(EVG/cobi/TAF/FTC)およびスタリビルド配合錠(EVG/cobi/TDF/FTC)として使用されています。 単剤ではなく、コビシスタット(薬物動態ブースター)・エムトリシタビン・テノホビル アラフェナミドとの4成分配合錠として処方されます。
添付文書は2023年8月に第3版へ改訂されており、警告・禁忌・用法用量・相互作用・副作用・薬物動態など全26項目で構成されます。 1日1回1錠・食後投与という簡便なレジメンが特徴ですが、添付文書を正確に把握しないと重大な見落としが生じます。つまり「1日1錠だから簡単」という思い込みは危険です。
作用機序はHIV-1インテグラーゼを阻害し、ウイルスDNAの宿主ゲノムへの組み込みを防ぐことにあります。 エルビテグラビルはヒトトポイソメラーゼI・IIは阻害しないため、この点はラルテグラビルやドルテグラビルと共通した安全面の特徴です。
添付文書の「禁忌(2項)」は見落とすと患者に重大なリスクをもたらします。これが基本です。
「2.2 次の薬剤を投与中の患者」として、以下の薬剤が明記されています:カルバマゼピン、フェノバルビタール、フェニトイン、ホスフェニトイン、リファンピシン、St. John's Wort含有食品のほか、ジヒドロエルゴタミン、エルゴタミン含有製剤、シンバスタチン、ピモジド、シルデナフィル(レバチオ)、バルデナフィル、タダラフィル(アドシルカ)、ミダゾラム、トリアゾラム、ブロナンセリン、アゼルニジピン、リバーロキサバン、ロミタピドなど多岐にわたります。
| 禁忌薬の分類 | 代表薬剤 | 禁忌の理由 |
|---|---|---|
| 抗てんかん薬 | カルバマゼピン、フェニトイン、フェノバルビタール | CYP3A・P-gp誘導によりEVG/cobicistat血中濃度が著しく低下 |
| 抗結核薬 | リファンピシン | 同上 |
| エルゴタミン製剤 | ジヒドロエルゴタミン等 | cobicistatのCYP3A阻害により末梢血管攣縮・虚血のリスク |
| スタチン系 | シンバスタチン | 血中濃度上昇により横紋筋融解症リスク |
| 睡眠薬・抗不安薬 | ミダゾラム、トリアゾラム | CYP3A阻害による鎮静延長・呼吸抑制リスク |
| PDE-5阻害薬(肺高血圧) | シルデナフィル(レバチオ)、タダラフィル(アドシルカ) | 視覚障害・低血圧・失神リスク |
てんかん合併HIV患者では特に注意が必要です。 カルバマゼピンはかつて「併用注意」だったものが改訂で「禁忌」に格上げされた経緯があるため、古い知識のまま運用している場合は即座に確認が必要です。
参考)https://www.pmda.go.jp/files/000208359.pdf
なお、3項の禁忌として「腎機能または肝機能障害があり、コルヒチンを投与中の患者」も禁忌に含まれます。 痛風合併HIV患者への処方時には必ず確認してください。痛風は中高年男性に多いため、見逃しやすい組み合わせです。
参考:PMDAの添付文書改訂情報(カルバマゼピン等の禁忌への変更について)
岐阜薬科大学 添付文書改訂のお知らせ(エルビテグラビル含有製剤の使用上の注意改訂)
腎機能管理は、ゲンボイヤ添付文書の中でも特に実臨床で重要なポイントです。
投与前の確認事項として、添付文書8.3項では「クレアチニンクリアランス(Ccr)30mL/min以上であることを確認すること」と明記されています。 投与中もCcrが30mL/min未満に低下した場合は投与中止を考慮するよう7.4項で規定されています。これが条件です。
ここで医療従事者が注意しなければならない落とし穴があります。コビシスタットには腎血漿流量への実質的な影響はないにもかかわらず、推算クレアチニンクリアランスおよび24時間内因性クレアチニンクリアランスをプラセボ比で最大約28%低下させることが確認されています。 これはコビシスタット自体が尿細管によるクレアチニン分泌を阻害することで生じる見かけ上の変化であり、実際のGFRには変化がないとされています。 つまり、血清クレアチニンの上昇のみで腎機能低下と誤判断してしまうリスクがあります。
重度腎機能障害(Ccr 15〜30mL/min未満)では、エムトリシタビンのCmaxおよびAUCが正常腎機能者と比べてそれぞれ約30%・約200%上昇するというデータがあります。 倍以上に跳ね上がる数値です。これは有害事象リスクの増大に直結するため、腎機能低下患者への投与は慎重を要します。
参考リンク:大阪HIV診療拠点病院ネットワーク掲載のゲンボイヤ添付文書解説(腎機能項目について詳しく解説されています)
大阪HIV診療拠点病院ネットワーク:ゲンボイヤ配合錠の添付文書
禁忌には含まれないものの、「10.2 併用注意」に分類される薬剤も多く、実臨床での注意が求められます。
コビシスタットはCYP3A・CYP2D6の強力な阻害薬であるため、これらの酵素で代謝される薬剤の多くは血中濃度が上昇する方向に動きます。 また、エルビテグラビル自体は多価陽イオン(Mg・Al・Ca・Fe・Zn等)と錯体(キレート)を形成するため、制酸剤や鉄剤との服用タイミングに注意が必要です。
| 薬剤 | 相互作用の内容 | 対処 |
|---|---|---|
| アトルバスタチン | 血中濃度が約2.6倍に上昇 | 最少量から投与・安全性を観察しつつ増量 |
| デキサメタゾン | EVG/cobicistat血中濃度が著しく低下 | 代替ステロイド薬を検討 |
| フルチカゾン | 内因性コルチゾール低下リスク | 長期併用の場合は他剤へ変更を考慮 |
| ジゴキシン | P-gp阻害によりジゴキシン血中濃度上昇 | 血中濃度モニタリングを実施 |
| エチニルエストラジオール | 血中濃度が約25%低下 | 経口避妊薬の効果減弱に注意 |
| 多価陽イオン含有製剤 | エルビテグラビルの吸収抑制 | 2時間以上間隔をあけて投与 |
| ワルファリン | INRが変動する可能性 | 定期的なINRモニタリングを実施 |
| リファブチン(隔日150mg) | EVG Cminが67%低下 | 原則として使用を避ける(禁忌薬のリファンピシンとの混同に注意) |
経口避妊薬との相互作用は特に見落とされやすいです。 エチニルエストラジオールの血中濃度が低下することで避妊効果が減弱する可能性があり、女性HIV患者への処方時には必ず確認が必要です。 「ピルを飲んでいるから大丈夫」という判断は危険です。
また、吸入用フルチカゾンとの長期併用では副腎皮質機能低下が起こりうる点も要注意です。 喘息・COPDの合併患者に処方されていることが多い吸入ステロイドが、思わぬ薬物相互作用を引き起こすケースがあります。
一般的な相互作用や禁忌と比べ、見逃されがちなのが妊婦における薬物動態変化です。これは意外ですね。
添付文書9.5項には「妊婦または妊娠している可能性のある女性には投与しないことが望ましい」とある一方で、「本剤投与中に妊娠が判明した場合の代替薬への変更は、変更によるリスクを考慮した上で適切な時期に実施すること」とも記載されています。 つまり一律に「すぐ中止」ではなく、変更のリスクとベネフィットを個別に判断する姿勢が求められます。
妊娠中期(14例)では出産後6〜12週と比較して、エルビテグラビルのCmax・AUC・Cminがそれぞれ8%・24%・82%低下します。 さらに妊娠後期(24例)ではCmax・AUC・Cminがそれぞれ28%・44%・86%まで低下することが確認されています。 Cmin(谷値)の86%低下というのは、ウイルス抑制に直結する深刻な低下です。
授乳については、テノホビルおよびエムトリシタビンのヒト乳汁への移行が報告されているため、授乳回避が原則です。 エルビテグラビルやコビシスタット・テノホビル アラフェナミドのヒト乳汁への移行は現時点では不明とされています。
小児への適応については以下の通りです。
コホート1(12歳以上・体重35kg以上)とコホート2(6歳以上12歳未満・体重25kg以上)のデータでは、成人と同様の薬物動態プロファイルが確認されています。 ただし、コホート2ではCmaxおよびAUCが成人より高くなる傾向があるため、副作用発現には注意が必要です。 体重25kgはどのくらいかというと、日本の標準的な発育曲線では小学校1〜2年生(6〜7歳)程度の目安です。
参考リンク:PMDAの最新添付文書(ゲンボイヤ配合錠)が閲覧できる権威性の高い情報源です
KEGG MEDICUS:ゲンボイヤ配合錠の医薬品情報(組成・効能・用法詳細)
副作用の頻度と耐性変異パターンを把握することは、治療モニタリングの精度を上げるために不可欠です。
副作用発現頻度について、未治療患者を対象とした第III相試験(292-0104試験)では、本剤投与群の44.8%(195/435例)に副作用が発現しています。 主な副作用は悪心11.0%、下痢8.7%、頭痛6.4%でした。 一方、ウイルス学的に抑制済みの患者を対象とした切り替え試験(292-0109試験)では副作用発現が21.3%と半分以下に低下しており、治療歴が副作用リスクに影響することがわかります。
重大な副作用(11.1項)には以下があります。
耐性変異については、エルビテグラビルに対するin vitro誘導耐性変異としてT66A/I、E92G/Q、S147G、Q148Rが主要変異として確認されています。 臨床試験での遺伝子型解析では、866例中10例(1.2%)にエルビテグラビル・エムトリシタビン・テノホビルいずれかの主要耐性関連変異が出現しています。 1.2%という数字は低く見えますが、ウイルス学的失敗後に出現した耐性変異は交差耐性の問題を引き起こすため、治療方針に大きく影響します。
エルビテグラビル耐性ウイルスはラルテグラビルに対して様々な程度の交差耐性を示す一方で、ドルテグラビルへの感受性は維持されるケースが多いとされています。 治療失敗後の次の一手を考える上で重要な情報です。これは使えそうです。
B型肝炎合併患者については、添付文書1.警告にも記載されているように「投与中止によりB型慢性肝炎が再燃するおそれ」があります。 特に非代償性肝硬変の場合は重症化リスクも考慮した上で、投与中断の是非を慎重に判断する必要があります。
参考リンク:ゲンボイヤ添付文書(インタビューフォーム)の詳細版
JAPIC:ゲンボイヤ配合錠インタビューフォーム(薬物動態・有効性・安全性の詳細データ)