ピモジド販売中止とその影響について

ピモジド(オーラップ)が2021年に販売中止となった背景には、心電図異常によるリスクと代替薬の登場がありました。販売中止後の治療はどう変わったのでしょうか?

ピモジド販売中止とその影響

ピモジド販売中止の概要
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2021年販売終了

オーラップ錠・細粒が経過措置期間満了により販売中止

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約50年の歴史

1960年代から開発されたジフェニルブチルピペラジン系薬剤

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代替治療への移行

アリピプラゾールやリスペリドンなど新しい薬剤が主流に

ピモジド販売中止の背景と経緯

ピモジド(商品名:オーラップ)は、2021年3月31日をもって日本国内での販売が正式に中止されました 。この販売中止は、アステラス製薬からの事前通知により実施され、約半世紀にわたる長い治療薬としての歴史に終止符が打たれることとなりました 。
参考)https://www.ygken.com/2021/03/2021331.html

 

ピモジドは1960年代にベルギーのヤンセン社で開発されたジフェニルブチルピペラジンを基本骨格とする神経遮断剤で、ブチロフェノン系のハロペリドールなどとは異なる化学構造を持つ特徴的な薬剤でした 。開発当初は、既存の神経遮断剤と比較して作用持続時間が長く、鎮静作用や自律神経系への影響が比較的軽微という利点を有していました 。
販売中止の主な理由として、近年のアリピプラゾールとリスペリドンの小児適応拡大により、安全性や扱いやすさの観点からピモジドの使用頻度が大幅に減少したことが挙げられています 。特に小児発達障害の分野において、より安全性プロファイルに優れた代替薬が利用可能となったことが、需要減少の主要因となりました 。

ピモジドの心電図異常とQT延長のメカニズム

ピモジドの最も重篤な副作用として、心電図異常、特にQT間隔延長が知られています 。QT延長症候群は、心電図上のQT時間延長とT波の形態変化を特徴とし、時にTorsades de Pointes(TdP)と呼ばれる重篤な心室性不整脈を引き起こす可能性があります 。
参考)ピモジドを飲んでいる方は障害年金を受給できる可能性があります…

 

心室筋の電気的活動において、QT時間は心室筋細胞の活動電位持続時間に相当し、この時間が延長すると心筋は電気的に不安定となり、心室期外収縮やTdPなどの重症不整脈が発生しやすくなります 。ピモジドによるQT延長の機序は、主にhERG(human Ether-à-go-go Related Gene)チャネルの阻害によるものと考えられており、再分極を担うカリウム電流(IKr)の減少により心室筋活動電位が延長します 。
参考)https://smw.ch/index.php/smw/article/view/436

 

特に注意すべき点として、ピモジド使用時にはQT部分の変化が認められた場合は直ちに投与を中止する必要があり、心電図異常(QT間隔の延長、T波の平低化や逆転、二峰性T波ないしU波の出現等)に続く突然死が報告されています 。このため、ピモジドを使用する際には定期的な心電図検査が強く推奨されていました 。
参考)心理相談室アルファフォーラム - オーラップの副作用 (ピモ…

 

ピモジド代替薬としてのアリピプラゾールとリスペリドン

ピモジドの販売中止に伴い、特に小児の自閉症スペクトラム障害やトゥレット症候群の治療において、アリピプラゾール(エビリファイ)とリスペリドン(リスパダール)が主要な代替薬として位置づけられています 。
参考)トゥレット症の薬物療法とは?効果や副作用、選択肢を詳しく解説…

 

アリピプラゾールは第3世代抗精神病薬として分類され、ドパミンD2受容体に対する部分アゴニスト作用を有するという独特の薬理作用を持ちます 。この特性により、従来の抗精神病薬で問題となっていた錐体外路症状や代謝性副作用のリスクが軽減されており、小児・思春期におけるトゥレット症のチック症状に対して日本でも保険承認されています 。
参考)第3世代抗精神病薬について 作用・特徴・比較

 

リスペリドンは第2世代抗精神病薬(SDA:セロトニンドパミン拮抗薬)に分類され、セロトニン5-HT2A受容体阻害作用とドパミンD2受容体阻害作用を併せ持つことで、陽性症状に加えて陰性症状への効果も期待できます 。リスペリドンもアリピプラゾール同様、児童・思春期期におけるトゥレット症のチック症状に対して保険承認を受けており、ピモジドの代替として広く使用されています 。
参考)抗精神病薬の種類・効果効能・副作用の解説

 

両薬剤ともに、ピモジドと比較してQT延長のリスクが相対的に低く、より安全性プロファイルに優れているという点が、代替薬として選択される重要な理由となっています 。
参考)抗精神病薬によるQTc延長症候群 - 公益財団法人 住吉偕成…

 

トゥレット症候群治療におけるピモジド中止の影響

トゥレット症候群の薬物療法において、ピモジドは長年にわたって重要な選択肢の一つとして使用されてきましたが、現在では承認薬が存在しない状況となっています 。日本においてトゥレット症に対する有効性が認められた専用の承認薬は存在せず、統合失調症治療薬の適応外使用に依存している現状があります 。
参考)チック症・トゥレット症

 

現在の治療選択肢として、主にドパミン受容体拮抗薬(抗精神病薬)が使用されており、これは脳内のドパミン神経系の機能異常がチック症状に関与していると考えられているためです 。アリピプラゾールやリスペリドンが第一選択として推奨されているほか、漢方薬、クロナゼパム(抗てんかん薬)、α2アゴニストと呼ばれるタイプの高血圧治療薬が併用されることもありますが、統合失調症治療薬と比較すると効果は限定的です 。
重篤な症状が持続し、複数の薬物療法でも効果が限定的な場合には、脳深部刺激療法(DBS)が検討されることもあり、治療選択肢の多様化が進んでいます 。また、薬物療法と並行して、ハビットリバーサル(チックと拮抗する動作を行う行動療法)などの非薬物療法も重要な治療手段として位置づけられています 。

ピモジド販売中止後の医療現場における対応と課題

ピモジドの販売中止は、医療現場において様々な実務的な変更を余儀なくされました。特に他の医薬品との相互作用情報の更新において、多くの薬剤の添付文書からピモジドに関する記載が削除される作業が行われています 。
参考)https://www.nc-medical.com/product_topics/doc/S-2895_paroxetine.pdf

 

例えば、パロキセチン製剤の使用上の注意改訂では、「オーラップ」が販売中止となったことから併用禁忌の項から販売名が削除され、MAO阻害剤との相互作用情報の整備が行われました 。同様に、多くの薬剤でピモジドとの併用に関する注意喚起が見直され、医療情報の適正化が図られています 。
参考)https://med.nipro.co.jp/servlet/servlet.FileDownload?file=00P2x00000V3gx3EAB

 

医療現場における処方システムや薬剤管理においても、ピモジド関連の情報更新が必要となり、特に長期間ピモジドを使用していた患者の代替治療への移行が重要な課題となりました 。統合失調症患者においては他の抗精神病薬への切り替えが比較的容易でしたが、小児発達障害患者においては、個々の患者の症状や副作用プロファイルを慎重に評価した上での薬剤選択が求められています 。
製薬業界全体としても、ピモジドのような長期間使用されてきた薬剤の販売中止は、薬剤の需要予測や市場評価の重要性を改めて浮き彫りにしました 。特に希少疾患や小児適応における薬剤開発では、市場規模の制約から採算性の確保が困難な場合があり、医療ニーズと商業的持続可能性のバランスが重要な課題となっています 。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/b923e421b4aea8ae0b191eac9568f2d5c5ce185f