ジゴキシンは心不全や不整脈の治療に広く用いられる強心配糖体ですが、有効血中濃度域が0.5~2.0ng/mLと狭く、治療域と中毒域が近接しているため、薬物血中濃度モニタリング(TDM)が必須の薬剤です。クラリスロマイシンなどのマクロライド系抗生物質との併用では、ジゴキシンの血中濃度が上昇し、ジギタリス中毒を引き起こす可能性が報告されています。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/b250e5260a51d12af43a68f94438cb23b99d091a
透析患者において、ジゴキシンとクラリスロマイシンの併用2日目に血清ジゴキシン濃度(SDC)が2.71ng/mLに上昇したため、ジゴキシンを中止せざるを得なかった症例報告があり、併用すべきではないとの指摘があります。この相互作用の機序は複雑で、P糖蛋白質(P-glycoprotein、P-gp)を介した排泄抑制と腸内細菌叢への影響という2つの主要なメカニズムが関与しています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jscpt1970/34/2/34_2_251S/_pdf/-char/ja
| 薬剤特性 | ジゴキシン | クラリスロマイシン |
|---|---|---|
| 薬物分類 | 強心配糖体 | マクロライド系抗生物質 |
| 治療域 | 0.5~2.0ng/mL | - |
| 排泄経路 | 腎排泄(60~80%未変化体) | - |
| 代謝酵素 | ほとんど代謝されない | 主にCYP3A |
ジゴキシンはP糖蛋白質(P-gp)の基質であり、体内ではほとんど代謝されず、未変化体として60~80%程度が尿中に排泄されます。P-gpは尿細管上皮細胞の刷子縁膜(管腔側)に発現しており、細胞内に取り込まれた薬物を管腔側に分泌する役割を担っています。このトランスポーターはジゴキシンの尿細管分泌過程に重要な役割を果たしており、P-gpの機能が阻害されるとジゴキシンの腎排泄が低下します。
参考)医療用医薬品 : メチルジゴキシン (メチルジゴキシン錠0.…
クラリスロマイシンはP-gpを阻害する作用を有しており、これによりジゴキシンの腎排泄が抑制され、血中濃度が上昇することが報告されています。実際、ジゴキシンとキニジンの薬物相互作用がP-gp発見以前から知られていましたが、その後の解析でキニジンがP-gp阻害作用を有することが判明し、腎刷子縁膜におけるP-gp輸送を介した相互作用であると理解されるようになりました。
ジゴキシンを投与された患者の約10%で、腸内細菌による薬物の実質的な変換が発生し、代謝産物であるジゴキシン還元生成物(DRP)が生成されることが知られています。このジゴキシンの不活性化は胃腸細菌によって行われており、抗生物質投与により腸内細菌叢が変化すると、ジゴキシンの代謝が抑制されます。
参考)腸内細菌叢によるジゴキシンの不活性化:抗生物質治療による逆転…
エリスロマイシンやテトラサイクリンの5日間投与により、尿および便のDRP排泄が著しく減少または排除され、抗生物質投与後に血清ジゴキシン濃度が2倍に上昇したという報告があります。クラリスロマイシンも同様のマクロライド系抗生物質であり、腸内細菌叢への影響によるジゴキシンの代謝抑制が、血中濃度上昇の一因となっています。一部の患者では、ジゴキシンが腸内細菌によって不活性化されているため、腸内植物相の変化はデジタル化の状態を著しく変える可能性があるとされています。
参考)https://med.sawai.co.jp/file/pr1_1119.pdf
透析患者におけるジゴキシンとクラリスロマイシン併用に関する症例報告(PDF)
ジギタリス中毒では、心臓、消化器系、視覚、全身にわたる多彩な症状が出現します。心臓への影響として、徐脈(心拍数が遅くなる)や頻脈(心拍数が速くなる)、心室性不整脈や心房性不整脈などが発生し、動悸や胸部不快感を引き起こします。消化器系では、吐き気・嘔吐、食欲不振、下痢、腹部膨満感、腹痛などが一般的な症状です。
参考)ジギタリス中毒 – 循環器の疾患
視覚障害も特徴的で、色覚異常(特に黄色や緑色の視覚)、物がぼやけて見える、光が輪のように見える(ハロー視)などの症状が現れます。その他の全身症状として、疲労感・倦怠感、めまい・失神、頭痛、錯乱・意識障害などが報告されています。
参考)ジギタリス中毒
ジゴキシンの治療域は従来0.8~2.0ng/mLとされてきましたが、近年では治療域内での副作用発現や、治療域を下回る濃度での有効性などの報告から再評価が求められており、新たな目標血清中濃度として0.7ng/mLを維持する投与量が推奨されています。TDMによる血中濃度管理は、ジギタリス中毒の発現を減少させる可能性があり、有用とされています。
参考)https://cardio-1.toaeiyo.co.jp/DgTDM/
循環器薬の薬物血中濃度モニタリングに関するガイドライン(PDF)
ジゴキシンとクラリスロマイシンの併用は、可能な限り避けるべきですが、やむを得ず併用する場合には、厳重な血中濃度モニタリングと用量調整が必要です。併用により本剤の作用を増強することがあり、ジギタリス中毒の症状(悪心・嘔吐、不整脈等)があらわれることがあるため、併用注意薬として添付文書に記載されています。
参考)医療用医薬品 : ジゴキシン (ジゴキシン錠0.125mg「…
TDMにおける採血時間は、連続投与においては定常状態到達後、トラフ濃度(次回投与直前)を測定することが推奨されています。長期ジゴキシン治療中の血中濃度モニタリングは、定期的に実施する必要がありますが、その間隔については個々の患者の状態に応じて判断すべきです。中毒が疑われる場合には、ピーク濃度も測定する必要があります。
参考)2015年版 循環器薬の薬物血中濃度モニタリングに関するガイ…
併用開始後は、ジゴキシンの血中濃度が上昇する可能性があるため、通常よりも頻回に血中濃度を測定し、必要に応じてジゴキシンの投与量を減量することが重要です。特に腎機能低下患者や高齢者では、ジギタリス中毒を生じやすいため、より慎重なモニタリングが求められます。P-gpを阻害する他の薬剤(カルシウム拮抗薬、キニジンなど)との併用も同様の注意が必要です。
参考)https://jsn.or.jp/journal/document/54_7/0977-0980.pdf
| 対応項目 | 具体的内容 |
|---|---|
| 併用判断 | 可能な限り併用を避ける |
| 血中濃度測定 | トラフ濃度を定常状態到達後に測定 |
| 目標濃度 | 0.5~1.0ng/mL(新基準では0.7ng/mL) |
| 用量調整 | 併用開始後は減量を考慮 |
マクロライド系抗生物質の中でも、クラリスロマイシンとエリスロマイシンは特にP-gp阻害作用が強く、ジゴキシンとの相互作用が顕著です。一方、同じマクロライド系でもアジスロマイシンは、P-gpを介した本剤の輸送を阻害するメカニズムの詳細は不明ですが、併用によりジゴキシン中毒の発現リスクが上昇したとの報告があります。
参考)https://med.toaeiyo.co.jp/products/information/precautions/pc1212-dg.pdf
感染症治療で抗生物質が必要な場合、マクロライド系以外の選択肢を検討することが望ましいです。セフェム系抗生物質であるセフジニルなどは、ジゴキシンとの相互作用が比較的少ないとされています。ただし、どの抗生物質を選択する場合でも、腸内細菌叢への影響によるジゴキシン代謝の変化は起こりうるため、血中濃度のモニタリングは継続すべきです。
参考)e-REC
クラリスロマイシンは、CYP3A阻害作用も有しており、同酵素で代謝される薬剤との併用でも相互作用を起こします。ピモジドとの併用はQT延長や心室性不整脈のリスクがあり併用禁忌とされており、エルゴタミン製剤との併用も禁忌です。医療従事者は、ジゴキシン以外にもクラリスロマイシンとの相互作用が問題となる薬剤を十分に理解し、処方時に注意を払う必要があります。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00070247.pdf
医療用医薬品:ジゴキシンの添付文書情報(KEGG MEDICUS)
クラリスロマイシン錠の添付文書(PDF)