サイトカインは主に免疫系細胞から分泌されるタンパク質で、細胞間の情報伝達を担う重要な生理活性物質です。腫瘍免疫において、サイトカインは抗腫瘍免疫応答の活性化と免疫抑制の両面で中心的な役割を果たしています。免疫細胞が体内で相互に作用する際、サイトカインを介した情報伝達により、近接する細胞だけでなく血流に乗って遠隔臓器の細胞にもシグナルを伝達できます。
参考)代謝と免疫|腫瘍免疫の基礎知識(垣見の腫瘍免疫学)|東京大学…
腫瘍免疫に関与するサイトカインは、その機能により大きく3つのカテゴリーに分類されます。第一に、がん細胞を直接殺傷するインターフェロン(IFN)や腫瘍壊死因子(TNF)などがあります。第二に、がん免疫を促進するインターロイキン2(IL-2)やIL-12などのサイトカインがマクロファージやNK細胞を活性化させます。第三に、がん免疫の抑制に関わるIL-6やIL-10、TGF-βなどが腫瘍微小環境において免疫抑制状態を誘導します。
参考)サイトカイン href="https://research.kobayashi.co.jp/glossary/cytokine.html" target="_blank">https://research.kobayashi.co.jp/glossary/cytokine.htmlamp;#8211; 小林製薬 中央研究所
サイトカインの産生と作用は、腫瘍の進展段階や腫瘍微小環境の状態によって大きく変動します。がん細胞自体がサイトカインを産生したり、周囲の免疫細胞や間質細胞からのサイトカイン分泌を誘導することで、腫瘍増殖に有利な環境を形成します。
参考)がんの微小環境と免疫病態 
インターフェロンガンマ(IFN-γ)の抗腫瘍効果
IFN-γは、NK細胞や細胞傷害性T細胞(CTL)から産生される代表的な抗腫瘍サイトカインです。IFN-γは直接的な抗腫瘍効果に加えて、マクロファージやNK細胞の活性化、抗原提示細胞の機能強化など、多面的にがん免疫の促進に関わっています。特にIFN-γは細胞増殖を負に制御することで腫瘍の発生を抑制し、またはアポトーシスを促進することにより腫瘍形成を抑制します。
参考)炎症、癌、自己免疫疾患におけるIFNガンマの役割 - Ass…
IFN-γは神経芽腫の細胞傷害性T細胞上のMHC-I発現を上方制御し、防御反応を誘発することも示されています。免疫チェックポイント阻害剤の作用機序においても、IFN-γの産生が重要な役割を果たし、がん細胞に対する免疫応答を強化します。
インターロイキンファミリーの多様な作用
IL-2は血管肉腫や腎がんに対する医薬品として承認されており、がんを攻撃するCTLやNK細胞を活性化させる作用を持ちます。IL-12はヘルパーT細胞やCTL、NK細胞を活性化し、IFN-γの産生促進に関わりますが、副作用が大きく治療法として研究途上にあります。
参考)サイトカインの多様性と治療への応用   
一方、IL-6は腫瘍免疫において免疫抑制的に作用することが知られています。がんにおいてIL-6はがんの成長や増悪化に関与し、免疫抑制に働く細胞を誘引して抗腫瘍免疫反応を抑制します。マウスモデルにおいてIL-6阻害により腫瘍増殖が抑制されることや、ヒト大腸癌では血清IL-6レベルと腫瘍径が相関していることから、IL-6は重要なメディエーターとされています。
参考)https://www.amed.go.jp/news/seika/files/000115956.pdf
しかし最近の研究では、SOCS3というサイトカイン抑制因子をT細胞で除去すると、本来腫瘍を成長させる悪玉サイトカインであるIL-6が逆に強い腫瘍殺傷能力を誘導する因子になることが発見され、サイトカインの作用が状況依存的であることが示されています。
IL-10は腫瘍微小環境に多い腫瘍関連マクロファージから産生され、免疫活性を抑制するサイトカインとして知られています。IL-18は多発性骨髄腫の微小環境において高いレベルで産生され、ミエロイド由来サプレッサー細胞の機能亢進を介して免疫を抑制する環境を形成します。
参考)がん細胞にはたらく自然免疫と獲得免疫 
腫瘍微小環境(TME)は、腫瘍細胞と周囲の非腫瘍細胞(免疫細胞、間質細胞、上皮細胞、内皮細胞など)との相互作用や、それに伴い分泌されるさまざまなサイトカインによって制御されています。TMEにおけるサイトカインネットワークは、抗腫瘍免疫と腫瘍促進免疫のバランスを決定する重要な因子です。
参考)腫瘍細胞からネットワークへ-——遺伝子変異とサイトカインネッ…
免疫抑制性のTMEには、エフェクター細胞の機能不全、免疫抑制細胞の産生や動員、可溶性の免疫抑制因子の3要因の相互作用が関わっています。がん細胞を起点とする免疫抑制では、多様な免疫抑制分子の産生や免疫抑制性細胞の誘導が抗腫瘍T細胞の誘導や腫瘍浸潤を抑制します。
参考)腫瘍免疫微小環境(TiME) 
TMEでは、がん細胞がグルコースを消費して解糖系を回転させるため、低グルコース、低栄養、低酸素状態となります。CD8陽性T細胞も同様な代謝機序でエフェクター機能を発揮するため、T細胞は疲弊したり機能障害されます。さらに制御性T細胞(Treg)は脂肪酸酸化で生存するため存続し、抗腫瘍T細胞は機能しにくい環境が形成されます。
参考)Journal of Japanese Biochemica…
STAT-3のシグナル伝達は、IL-6やIL-23など腫瘍微小環境に存在する様々なサイトカインに重要な影響を与えます。IL-23はヒト大腸癌組織に高度に発現しており、マクロファージと顆粒球の腫瘍への浸潤を増強し、IL-6、TGF-βとの共同作用によってTh17細胞の分化を促進します。Th17細胞は血管新生を促進するIL-17AとIL-17Fを高度に産生し、腫瘍形成を促進します。
参考)302 Found
サイトカイン療法は、精製および組み換え技術を用いて製造されたサイトカインを投与し、免疫細胞を活性化することで、悪性腫瘍やウイルス性肝炎の治療を行う免疫療法です。現在までにIL-2とインターフェロン(IFNα、β、γ)が承認されています。
参考)サイトカイン療法 
IL-2はT細胞やNK細胞の増殖や活性化を誘導する因子として発見され、血管肉腫や胃がんに適応が取得されています。インターフェロンは、ウイルスに対する効果だけでなく、がんに対する直接的な効果や免疫細胞を介した抗腫瘍効果が認められ、腎がん、悪性黒色腫、多発性骨髄腫、慢性骨髄性白血病などに適応が取得されています。
サイトカイン療法には、インターフェロン製剤としてIFN-α、IFN-β、IFN-γがいくつかのがんで承認されており、抗腫瘍効果が認められています。しかしサイトカインの作用が強力であることが弱点となっており、局所だけに使用することが難しく、全身にまで行きわたってしまうため副作用が起きやすいという課題があります。そのため、現在ではサイトカインそのものを薬剤として使用している例は限られています。
免疫チェックポイント阻害剤との併用療法も研究されており、免疫チェックポイント阻害剤と自然免疫応答を活性化する薬剤との組み合わせにより、治療効果の向上が期待されています。末梢血のサイトカインシグネチャーが免疫チェックポイント阻害薬の臨床効果を予測するバイオマーカーとして臨床応用されれば、個別化がん免疫治療が可能となり、治療成績の向上や不必要な治療による不利益の回避につながると期待されています。
参考)免疫チェックポイント阻害薬と自然免疫応答を活性化する薬剤との…
制御性T細胞(Treg)は、Foxp3陽性で特徴づけられるCD4陽性T細胞であり、抗腫瘍免疫応答を抑制する重要な免疫抑制細胞です。Tregは産生されるサイトカインによって特徴づけられ、抗腫瘍免疫応答にはエフェクターT細胞(Teff)が重要である一方、Tregがその作用を抑制します。
Tregは直接T細胞の機能を抑制するだけでなく、腫瘍の代謝を介してもT細胞の代謝と機能を抑制しています。免疫チェックポイント阻害剤であるCTLA-4やPD-1を標的とした治療は、T細胞の解糖系の代謝活性を回復させることで、抗腫瘍免疫応答を回復させることが知られています。
腫瘍細胞に発現するPD-L1は、腫瘍細胞のAKT/mTOR経路を活性化させ、解糖を亢進させます。そのため、PD-L1経路を阻害する抗体は、腫瘍細胞の解糖を抑制し、腫瘍内微小環境内のグルコース量を回復させることで、T細胞がグルコースを活用可能になり、IFN-γの産生が可能になります。
このように免疫と代謝が深くかかわっていることが明らかになり、代謝の制御の重要性が認識されるようになりました。がん免疫治療においては、代謝面での制御を併用することが不可欠であり、解糖、酸化的リン酸化/脂肪酸酸化などの代謝に関する分子や、その制御をつかさどるmTORやAMPKなども、メタボリックチェックポイントとして重要ながん免疫治療の標的となっています。
TGF-βはもともとがん抑制因子として考えられていましたが、最近では腫瘍環境内で制御性T細胞を誘導して、がんを攻撃するT細胞を抑制する機能が報告されています。IL-17はがんの悪性化や免疫チェックポイント阻害薬の不応答、がんの血管新生などに関わっており、腫瘍微小環境における免疫抑制に重要な役割を果たしています。

実験医学増刊 Vol.42 No.10 良い炎症・悪い炎症から捉え直すがんと免疫〜慢性感染、肥満、老化などによる慢性炎症を制御し、がんの予防と新規治療をめざす