腫瘍壊死因子とアポトーシスの関係と臨床応用

腫瘍壊死因子(TNF)がアポトーシスを誘導するメカニズムから、がん治療への応用まで、最新の研究動向を含めて詳しく解説します。医療従事者として知っておくべき基礎知識とは?

腫瘍壊死因子とアポトーシス

記事の概要
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TNF受容体シグナル経路

デスレセプターを介した複雑なシグナル伝達機構

カスパーゼカスケード

アポトーシス実行における中心的な分子メカニズム

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がん治療への応用

TNF経路を標的とした新規治療戦略の可能性

腫瘍壊死因子(TNF)は、がん細胞に対してアポトーシスと呼ばれる計画的な細胞死を引き起こすサイトカインとして1970年代に発見されました。TNFαは固形がんの出血性壊死を誘導するサイトカインとして当初同定され、その生理活性は転写因子NF-κBの活性化による炎症性メディエーター作用と、主にCaspase-8/Caspase-3経路を介したアポトーシス誘導作用の両面を持ちます。TNFαの過剰産生は過度の炎症反応を誘導し、クローン病や関節リウマチなどの疾患発症や悪化に関与している一方で、その細胞死誘導能はがん治療への応用が期待されています。
参考)TNF/NF-κB経路 (生体の科学 66巻5号)

腫瘍壊死因子受容体を介したシグナル伝達機構

TNFは2種類の膜結合受容体、TNFR1とTNFR2のいずれかに結合することで、炎症およびアポトーシス経路を刺激します。TNFR1は細胞質内にdeath domain(DD)と呼ばれる領域を持ち、TNF刺激に応じてこのDDにFADD(Fas-associated death domain)が会合すると、カスパーゼ8が引き寄せられてアポトーシスへ至る死のシグナルが起動します。さらに、DDへのTRADD(TNFR-associated death domain)の会合を介してTRAF2(TNFR-associated factor 2)、RIP(receptor-interacting protein)などのアダプター分子が結合します。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/121/3/121_3_163/_pdf

TNFR1にはcIAP1やLUBACといったユビキチンリガーゼが同時にリクルートされ、これらの酵素によってRIPK1はK63型、M1型、K11型などのユビキチン修飾を受けます。このRIPK1に付加されたユビキチン鎖を足場としてIKKβ、TAK1、IKKε、TBK1といったキナーゼがリクルートされ、Complex Iと呼ばれるTNFR1複合体が形成されます。Complex Iは細胞生存シグナルを伝達する一方で、TNFR1から解離した構成分子は細胞質内でComplex IIを形成し、ここでカスパーゼ8の活性化が進行してアポトーシスが誘導されます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11115929/

TNF刺激による細胞応答の選択は受容体の細胞内局在に依存しており、細胞膜に留まると細胞生存へ、エンドサイトーシスが起こると細胞死へと進みます。この信号の多様化には、TNFR1のパルミトイル化が分子メカニズムとして重要な役割を果たしていることが明らかになっています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6683503/

アポトーシス誘導におけるカスパーゼカスケードの役割

システインプロテアーゼファミリーであるカスパーゼは、アポトーシスの中心的な制御因子です。イニシエーターカスパーゼ(Caspase-2、-8、-9、-10など)は、アポトーシス促進シグナルと密接に関連しており、一度活性化されると下流のエフェクターカスパーゼ(Caspase-3、-6、-7など)を切断して活性化します。活性化したエフェクターカスパーゼは特徴的なアスパラギン酸残基を残して細胞のタンパク質を切断することでアポトーシスを実行します。
参考)https://www.cellsignal.jp/pathways/regulation-of-apoptosis-pathway

FasやTRAIL受容体といったデスレセプターは、TNFR1と同じくデスレセプターファミリーに属します。TRAIL受容体には5種類あり、そのうちデスドメインを持つTRAILR1(DR4)とTRAILR2(DR5)がアポトーシス誘導能を有します。これらの受容体のデスドメインには、リガンド依存的にFADDを介してcaspase 8がリクルートされ、細胞膜においてDISC(death-inducing signaling complex)を形成します。
参考)Journal of Japanese Biochemica…

腫瘍壊死因子関連アポトーシス誘導リガンド受容体(TRAIL-R2)の構造解析に関する詳細(SPring-8プレスリリース)
ミトコンドリアから放出されるシトクロムcは、Caspase-9の活性化に関連しています。損傷したミトコンドリアからは、シトクロムcに加えてSmac/Diablo、AIF、HtrA2、EndoGなどのアポトーシス促進分子が放出されます。XIAPはCaspase-3、-7、-9を阻害しますが、Smac/DiabloはXIAPと結合することで、XIAPのカスパーゼ阻害効果を抑制します。​

腫瘍壊死因子によるNF-κB経路と炎症応答

TNFシグナル伝達におけるもう一つの重要な経路は、転写因子NF-κBの活性化です。NF-κBは通常、その抑制因子であるIκBによって核内移行が阻止されていますが、TRAF2はMAPKKKとしても機能し、c-Jun NH2-terminal kinase(JNK)を活性化してc-Junのリン酸化と転写因子AP-1の活性化を引き起こします。
参考)NF-κB(核因子カッパB)とは何でしょうか?

NF-κBは炎症性サイトカインの産生を調節する重要な転写因子であり、マクロファージや樹状細胞においては、TNFα、IL-1β、IL-6、IL-12、COX-2などのサイトカインの放出を通じて炎症を促進します。T細胞では、NF-κBはサイトカイン産生を刺激し、主にIL-2を産生することでT細胞の増殖およびTh1、Th2、Th17、Tregなどのサブタイプへの分化に不可欠な役割を果たします。B細胞においては、NF-κBはB細胞の増殖、生存、分化を促進します。​
TNFによるNF-κB活性化は、抗アポトーシス因子の発現を誘導し、細胞生存を促進する側面も持ちます。実際、TNFαはNF-κB活性化を介してBcl-2タンパク質の発現を増加させることが知られています。このように、TNFシグナルは細胞死と細胞生存という正反対の作用を持ち、その選択は複雑な制御機構によって決定されます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC7326080/

カスパーゼ非依存性細胞死経路とネクロプトーシス

近年の研究により、カスパーゼ活性に依存しない細胞死経路の存在が明らかになってきました。ネクロプトーシスは制御された形態のネクローシスで、アポトーシスが阻害された場合に活性化される細胞の自己破壊プロセスです。これはアポトーシスや他のプログラムされたネクローシス性細胞死とは異なり、カスパーゼ活性に依存することなく進行します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5036404/

カスパーゼ活性に代わり、RIPK3依存性のMLKLのリン酸化が必要となります。このリン酸化により、MLKLは細胞膜に小孔複合体を形成し、DAMPs(ダメージ関連分子パターン)の分泌、細胞の膨潤、膜の破裂を引き起こします。FasやTRAIL受容体の下流でも、caspase 8が阻害された状況においては、RIPK1とRIPK3がネクロソームを形成してネクロプトーシスが引き起こされます。
参考)細胞死のメカニズム:ネクローシスとネクロプトーシス

L929細胞を用いた研究では、細胞質のホスホリパーゼA2の発現量がTNF感受性に関与しており、cPLA2がL929細胞内においてTNF刺激後に誘起する細胞死抑制性シグナルを遮断することで細胞死の実行に寄与していることが示されています。また、細胞周期をS期に同調する薬物がこれらの細胞のTNF感受性を著しく上昇させることから、ホスホリパーゼA2を介する情報伝達系が細胞周期調節系と連関して細胞をアポトーシスへと誘導している可能性が考えられます。
参考)KAKEN href="https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-10780393/" target="_blank">https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-10780393/amp;mdash; 研究課題をさがす

腫瘍壊死因子経路を標的としたがん治療戦略

アポトーシス経路の異常はがん細胞の重要な特徴であり、従来の化学療法や放射線療法に対する耐性を付与します。そのため、アポトーシスを誘導する新規治療薬の開発は、再発や転移を防ぐための重要な戦略となっています。抗アポトーシス分子の阻害剤やアポトーシス促進分子の増強剤が、特に血液悪性腫瘍や固形腫瘍に対して過去10年間で活発に開発されてきました。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9514374/

TRAIL(腫瘍壊死因子関連アポトーシス誘導リガンド)は、がん細胞に対して選択的にアポトーシスを誘導する能力を持つことから、がん治療における有望な標的として注目されています。TRAIL-R2受容体の原子レベルでの構造解析により、抗がん剤の作用メカニズムの『鍵』が明らかにされ、より効果的な療法の設計に役立つ可能性が示されています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jaesjb/58/8/58_505/_pdf/-char/ja

細胞死抑制タンパク質のユビキチン化による新たな制御機構に関する研究(東邦大学プレスリリース)
最近の研究では、MIB2によるcFLIPLのユビキチン化がcFLIPLによるアポトーシス抑制に重要であることが示され、MIB2とcFLIPLの相互作用を阻害する低分子化合物が得られれば、がん細胞に効率的にアポトーシスを誘導する上で有用なツールになる可能性が示唆されています。また、ヘモペキシン(HPX)がTNF-α経路を介したミトコンドリア依存性アポトーシスを誘導することで肝細胞がん(HCC)を抑制することが明らかにされています。
参考)細胞死抑制タンパク質のユビキチン化による新たな制御機構を解明…

がん治療においては、単一の細胞死様式ではなく、複数の細胞死様式を組み合わせたPANoptosis(パノプトーシス)という概念が注目されています。PANoptosisはアポトーシス、パイロプトーシス、ネクロプトーシスの特徴を併せ持つ細胞死で、PANoptosomeと呼ばれる多タンパク質複合体によって制御されます。この概念は、免疫学的に「冷たい」固形腫瘍を「熱い」腫瘍に変換し、T細胞ベースの免疫療法の効果を高める戦略として期待されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11257964/

📊 臨床応用における主要なTNFファミリー分子

分子名 受容体 主な作用 臨床応用
TNF-α TNFR1/TNFR2 アポトーシス誘導、炎症促進 抗TNF抗体療法(関節リウマチ等)​
TRAIL DR4/DR5 がん細胞選択的アポトーシス 抗がん剤開発のターゲット​
FasL Fas/CD95 アポトーシス誘導 免疫制御機構​

TNFスーパーファミリーシグナル伝達経路の刺激または阻害は、がんや自己免疫、感染症などのさまざまな疾患の患者に治療効果をもたらすことが期待されています。三量体リガンドと、それぞれが2つのリガンド単量体の界面で結合する3つの受容体が、シグナル伝達の基本単位を形成し、効率的なシグナル伝達のためには複数の受容体サブユニットのクラスター形成が必要であることが明らかになっています。
参考)https://www.cosmobio.co.jp/aaas_signal/archive/re-20180102.asp

💡 意外な事実:ハイパーサーミアとの相乗効果
ハイパーサーミア(温熱療法)とプラズマ活性溶液の併用により、がん細胞に対する細胞毒性が相乗的に増強されることが報告されています。A549ヒト非小細胞肺がん細胞株を用いた研究では、42℃のハイパーサーミアとプラズマ活性酢酸リンゲル液(PAA)の併用により、細胞内活性酸素種の増大、DNAの断片化、PARP-1の活性化の促進、そしてアポトーシスの誘導が示されました。このメカニズムには、TRPチャネルの一種であるTRPM2が関与していることが証明され、正常線維芽細胞では細胞毒性が認められなかったことから、選択的ながん治療法として期待されています。
参考)Synergistic Effects on Hyperth…

ハイパーサーミアとプラズマ活性溶液の相乗効果に関する詳細研究(日本ハイパーサーミア学会誌)
腫瘍壊死因子によるアポトーシス誘導は、がん治療における重要な標的であり続けています。アポトーシス経路は、p53シグナル経路や統合ストレス応答(ISR)経路などの他のシグナル機構とも相互作用しており、内因性および外因性経路の構成要素を直接標的とする薬剤に加えて、p53やISRを標的とする抗がん剤の開発も進められています。アポトーシス制御の理解は、がん治療だけでなく、自己免疫疾患や神経変性疾患など、細胞死調節機構の異常が関与する様々な疾患の治療法開発にも貢献することが期待されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11245162/