パニック発作は、強い恐怖または不快感が突然出現し、通常10分以内にピークに達する急性エピソードです。DSM-5では、13の症状のうち4つ以上が同時に現れた場合にパニック発作と診断されます。
参考)表2 パニック発作の診断基準|メンタルヘルス|厚生労働省
主要な身体症状として、動悸・心悸亢進・心拍数増加が最も頻繁に報告され、患者の多くが「心臓発作ではないか」と救急外来を受診します。発汗、身震い、息切れ感、窒息感も特徴的で、これらは自律神経系の過剰な活性化によって生じます。胸痛や胸部不快感は心血管系疾患との鑑別を困難にする要因となり、医療従事者は詳細な問診と検査所見の評価が求められます。
参考)https://www.frontiersin.org/journals/psychiatry/articles/10.3389/fpsyt.2024.1296569/pdf
消化器症状として嘔気や腹部不快感が出現し、神経学的症状としてはめまい、ふらつき、気が遠くなる感覚が報告されます。異常感覚(感覚麻痺やうずき感)、寒気や熱感といった体温調節異常も典型的な症状パターンに含まれます。
参考)パニック障害とは(症状、診断チェック、治療、予防)|児玉クリ…
パニック症状の生物行動学的アプローチに関する研究では、パニック発作の身体症状が医学的には良性であるにもかかわらず、患者が医療資源を過剰利用する背景について詳述されています。
身体症状に加えて、パニック発作では顕著な認知症状が併存します。最も重要な症状は「死の恐怖」であり、患者は「このまま死んでしまうのではないか」という切迫した恐怖感を経験します。
参考)パニック発作とパニック症 - 10. 心の健康問題 - MS…
「正気を失うことや自制を失うことへの恐怖」も特徴的で、「気が狂うのではないか」「自分をコントロールできなくなる」という強い不安が生じます。離人感(自分自身から離脱している感覚)や現実感消失(周囲が非現実的に感じられる)といった解離症状も報告されます。
参考)パニック障害の治療方法|銀座心療内科クリニック
これらの認知症状は身体症状と相互に影響し合い、症状の悪循環を形成します。患者は身体感覚を破局的に解釈し、それがさらなる不安と身体症状の増強を招く悪循環に陥ります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11109415/
医療従事者は、患者がこれらの認知症状によって極度の苦痛状態にあることを理解し、共感的な態度で接することが重要です。「これは命に関わる状態ではない」という保証だけでなく、患者の体験を受容する姿勢が治療関係構築の基盤となります。
参考)パニック障害の治療法は行動療法と認知療法が存在
DSM-5におけるパニック発作の診断には、以下の13症状のうち4つ以上が突然出現し、数分以内にピークに達することが必要です。
参考)DSM5によるパニック障害の診断基準について|クリニックブロ…
身体症状(10項目):
認知症状(3項目):
パニック発作の持続時間は通常1時間以内で、多くは20〜30分程度で自然に軽快します。しかし、患者にとっては極めて長く感じられ、耐え難い苦痛体験となります。
参考)パニック障害と精神科訪問看護 href="https://houmonkango.relifecare.jp/symptoms/08_panicdisorder/" target="_blank">https://houmonkango.relifecare.jp/symptoms/08_panicdisorder/amp;#8211; 訪問看護ステー…
厚生労働省のパニック発作診断基準では、標準的な評価方法が詳述されており、医療従事者の参考資料として有用です。
臨床評価では、発作の頻度、持続時間、誘因の有無、症状の重症度を系統的に評価します。予期しないパニック発作(明らかな誘因なく自然発生)と予期されるパニック発作(特定の状況で生じる)を区別することが重要です。
参考)パニック発作およびパニック症 - 08. 精神疾患 - MS…
パニック発作の症状は多くの身体疾患と類似しており、適切な鑑別診断が不可欠です。特に初回発作時には、生命に関わる身体疾患を除外する必要があります。
参考)【チェックリスト付き】パニック障害の症状|パニック発作・予期…
心血管系疾患との鑑別:
狭心症や心筋梗塞は胸痛、動悸、息切れといった症状でパニック発作と類似します。鑑別のポイントは、労作時に増悪するか、安静で軽快するか、心電図変化や心筋マーカーの上昇があるかです。不整脈、特に発作性上室性頻拍も動悸を主訴とするため、ホルター心電図による評価が有用です。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/b4b810f53729be0830696d9e5b285cc31d38622f
呼吸器疾患との鑑別:
気管支喘息やCOPDは息苦しさ、窒息感でパニック発作と重複します。呼吸音の異常、咳嗽や喀痰の有無、呼吸機能検査の結果が鑑別に役立ちます。過換気症候群は血液ガス分析で呼吸性アルカローシスを示すことが特徴です。
参考)パニック障害の症状とは?動悸・息切れ・めまい…具体的に解説|…
内分泌疾患との鑑別:
甲状腺機能亢進症は動悸、発汗、振戦、体重減少を呈し、パニック発作と誤認されやすい疾患です。甲状腺ホルモン(TSH、FT4、FT3)測定により診断可能です。低血糖発作も類似症状を呈しますが、空腹時や運動後に生じやすく、糖分摂取で速やかに改善する点が異なります。
神経系疾患との鑑別:
前庭神経炎は回転性めまいが特徴的で、耳鳴りや難聴を伴うことがあります。てんかん、特に側頭葉てんかんでは意識変容や自律神経症状を伴い、脳波検査が鑑別に有用です。
医学的疾患とパニック症状の鑑別に関する包括的レビューでは、6つの主要な身体症状(非心臓性胸痛、動悸、呼吸困難、めまい、腹部症状、感覚異常)について詳細な鑑別アプローチが示されています。
医療従事者は、パニック発作の診断を下す前に、これらの身体疾患を系統的に除外する必要があります。特に初発例、50歳以上、非典型的な症状パターンを示す場合は、慎重な身体評価が求められます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC6354045/
パニック発作を経験した患者の多くは、「また発作が起きるのではないか」という予期不安を発症します。この予期不安は、パニック障害への進展において中核的な役割を果たします。
参考)パニック障害
予期不安は、発作そのものへの恐怖だけでなく、発作に関連する様々な恐れを含みます。「死んでしまうのではないか」「気を失うのではないか」「人前で恥をかくのではないか」「誰も助けてくれないのではないか」といった多面的な不安が生じます。
参考)https://www.kawata-cl.jp/mentalcare/html/information.cgi?id=1462444727
広場恐怖は、過去にパニック発作が生じた場所や状況を避ける行動として現れます。典型的には、電車やバスなどの公共交通機関、人混み、映画館や劇場などの閉鎖空間、すぐに逃げ出せない状況を回避します。
参考)パニック症(パニック障害)・広場恐怖症(広場恐怖)
この回避行動は、短期的には不安を軽減しますが、長期的には行動範囲の制限と生活の質の著しい低下をもたらします。職業活動や社会生活に重大な支障をきたし、うつ病などの二次的な精神疾患を併発するリスクが高まります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC3152659/
予期不安と予測不可能性に関する精神生理学的研究では、パニック障害患者が予測不可能な刺激に対して健常者よりも強い不安反応を示すことが実証されており、予期不安のメカニズム理解に重要な知見を提供しています。
医療従事者は、初回発作時から予期不安と広場恐怖の発展を予防するための心理教育を行うことが重要です。発作は命に関わるものではないこと、適切な治療により症状は改善可能であることを伝え、早期介入を促すことが患者の予後改善につながります。
参考)パニック障害
パニック発作の薬物療法には、急性期対応と維持療法の2つのアプローチがあります。
参考)https://www.kawata-cl.jp/mentalcare/html/information.cgi?id=1467452809
抗不安薬(ベンゾジアゼピン系):
急性期のパニック発作に対しては、即効性のある抗不安薬が使用されます。ロラゼパム、アルプラゾラム、クロナゼパムなどが頓服薬として処方され、発作発現時または予期不安が強い場面で服用します。作用発現が速く(15〜30分)、患者に安心感をもたらしますが、依存性のリスクがあるため長期使用には注意が必要です。
抗うつ薬(SSRI):
選択的セロトニン再取り込み阻害薬(SSRI)は、パニック障害の第一選択薬とされています。セロトニン神経系の機能を調整することで、予期不安や広場恐怖を軽減します。効果発現までに2〜4週間を要しますが、発作頻度の減少と全般的な不安の改善が期待できます。
パルオキセチン、セルトラリン、エスシタロプラムなどが承認されており、副作用プロファイルと患者の特性に応じて選択します。開始初期には不安や焦燥感が一時的に増強することがあるため、少量から開始し漸増する必要があります。
その他の薬剤:
セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬(SNRI)も有効性が示されており、SSRIで十分な効果が得られない場合に考慮されます。三環系抗うつ薬は有効性が高いものの、副作用が多いため現在では二次選択となっています。
薬物療法の効果判定には4〜8週間を要し、十分な効果が得られた後も6〜12ヶ月間の維持療法が推奨されます。中止時には離脱症状を防ぐため、徐々に減量する必要があります。
医療従事者は、薬物療法の限界と心理療法の併用の重要性を患者に説明し、包括的な治療計画を立案することが求められます。
認知行動療法(CBT)は、パニック発作に対する有効性が多くのエビデンスで実証されており、薬物療法と並ぶ第一選択治療です。CBTは行動療法と認知療法の両要素を含みます。
行動療法的アプローチ:
曝露療法が中心となり、患者が回避している状況に段階的に直面させます。まず不安階層表を作成し、不安の低い状況から徐々に曝露を進めていきます。呼吸法や筋弛緩法などのリラクセーション技法を併用し、発作への対処能力を高めます。
内受容感覚曝露では、パニック発作時の身体感覚を意図的に誘発し(過呼吸、回転、階段昇降など)、それが危険ではないことを体験的に学習させます。この技法により、身体感覚への破局的解釈が修正されます。
認知療法的アプローチ:
パニック発作に関する誤った認知(「心臓発作で死ぬ」「気が狂う」など)を同定し、現実的な解釈に修正します。認知再構成法を用いて、自動思考を検証し、代替的な思考パターンを育成します。
心理教育も重要な要素で、パニック発作のメカニズム、良性の性質、治療可能性について正確な情報を提供します。この知識が患者の不安を軽減し、治療動機を高めます。
デジタル療法の可能性:
近年、スマートフォンアプリを用いたデジタル認知行動療法の有効性が報告されています。アプリベースの介入は、症状の軽減だけでなく、脳活動パターンの変化(前頭前野と眼窩前頭皮質の活動低下)とも関連することが機能的近赤外分光法(fNIRS)研究で示されています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11053392/
パニック障害の認知行動療法に関する解説では、具体的な治療手順と患者への適用方法が詳述されています。
医療従事者は、患者の症状の重症度、動機付け、利用可能なリソースに応じて、薬物療法とCBTの最適な組み合わせを選択する必要があります。両者の併用が最も高い治療効果を示すことが多くの研究で実証されています。
救急外来では、パニック発作が頻繁に遭遇する病態であり、適切な初期対応が重要です。患者は「死ぬのではないか」という強い恐怖の中で受診するため、身体的評価と心理的サポートを同時に提供する必要があります。
参考)[救急病棟および救急外来]精神科病棟・外来以外での精神科患者…
初期評価と身体疾患の除外:
まず生命に関わる身体疾患(心筋梗塞、肺塞栓、気胸、甲状腺クリーゼなど)を除外することが最優先です。バイタルサイン測定、心電図、血液検査(心筋マーカー、甲状腺機能など)を速やかに実施します。
身体所見が安定しており、検査で異常が認められない場合、パニック発作を疑います。しかし、患者に「異常なし」とだけ伝えることは不適切で、症状の原因と対処法について丁寧に説明する必要があります。
急性期の心理的サポート:
患者の恐怖と苦痛を受容し、共感的態度で接することが重要です。「気のせいではない」「実際に苦しい体験をされている」という認識を伝え、患者の体験を否定しないことが信頼関係構築につながります。
落ち着いた環境を提供し、呼吸法の指導(ゆっくりとした腹式呼吸)を行います。「この症状は命に関わるものではなく、時間とともに必ず軽快する」という保証を繰り返し伝えることで、患者の不安を軽減できます。
フォローアップと専門医紹介:
救急での一時的対応だけでなく、適切なフォローアップ体制を構築することが再発予防に不可欠です。精神科または心療内科への紹介を行い、継続的な治療計画を立案します。
パニック発作は再発しやすい病態であり、予期不安や広場恐怖への進展を防ぐため、早期の専門的介入が重要であることを患者に説明します。紹介時には、救急での評価結果と除外された身体疾患について詳細な情報提供を行います。
医療従事者の教育と態度:
精神科以外の医療従事者がパニック発作患者に適切に対応するためには、疾患の特性と対応スキルの習得が必要です。患者の防衛的反応や情緒的不安定さは、疾患の一部であり、個人的なものではないという理解が重要です。
救急場面での精神科患者対応に関する看護ガイドでは、実践的な対応方法と注意点が詳述されており、医療従事者の参考資料として有用です。
総合病院での精神科病棟減少に伴い、一般病棟や救急部門でパニック発作患者に遭遇する機会が増加しています。すべての医療従事者が基本的な評価と対応スキルを習得し、質の高い医療を効率的に提供する体制を構築することが求められます。