トラウマフォーカスト認知行動療法(TF-CBT)は、米国のDeblinger、Cohen、Mannarinoによって開発された子どものトラウマに焦点化した認知行動療法です 。この治療法は、認知行動療法の原理原則に基づき、アタッチメント理論、発達的神経生物学、家族療法、エンパワメント療法、人間性心理学などの要素を統合したハイブリッドな治療プログラムとして構築されています 。
参考)https://www.j-hits.org/document/child/page4.html
治療構成要素はPRACTICEの頭文字で表され、8つの重要な要素から成り立っています :
参考)http://ncssp.osaka-kyoiku.ac.jp/mental/wp-content/themes/original/commons/img/mental_care/5_2_3.pdf
このアプローチは通常12-16回のセッションで実施される短期療法でありながら、個別セッションと親子の共同セッションを組み合わせた包括的な治療構造を持っています 。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A6%E3%83%9E%E3%83%BB%E3%83%95%E3%82%A9%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%82%B9%E3%83%88%E8%AA%8D%E7%9F%A5%E8%A1%8C%E5%8B%95%E7%99%82%E6%B3%95
TF-CBTの有効性については、世界的に多数のランダム化比較試験で実証されており、欧米のいくつかの治療ガイドラインにおいて子どものトラウマ治療の第一選択として推奨されています 。特に注目すべきは、日本人の子どもとその養育者を対象とした研究でも、子どものPTSD症状とうつ症状が有意に改善されたことが報告されている点です 。
メタアナリシス研究では、TF-CBTが待機リスト群と比較して有意な効果(6研究、471参加者:SMD -0.64, 95% CI -1.06, -0.23)を示し、支持的カウンセリングと比較しても優れた効果(4研究、198参加者:SMD -0.67, 95% CI -1.12, -0.23)を示すことが明らかになっています 。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11491193/
さらに驚くべきことに、TF-CBTは子どものPTSD症状だけでなく、トラウマに関連したうつや不安症状、行動上の問題、恥や罪悪感といった感情、社会生活能力などにおける回復が認められており 、複雑性PTSDの治療にも応用され効果が示されています 。
参考)https://tf-cbtlc.com/whatistf-cbt/
TF-CBTの実施において重要な特徴は、その柔軟性と個別化にあります。治療マニュアルは「ガイド」として提供されており、処方箋ではなく、各ケースに応じてTF-CBTの構成要素を柔軟な方法と順序で提供することができます 。
参考)http://ncssp.osaka-kyoiku.ac.jp/mental/wp-content/themes/original/commons/img/mental_care/5_2_2.pdf
実施プロセスでは、まずアセスメントとケースの概念化から始まり、子どものトラウマとトラウマリマインダーについての心理教育を行います 。続いて、ペアレンティングスキルを含む養育に関する要素や、子どもと養育者それぞれへのリラクセーションスキルの指導が行われます 。
治療の核心部分では、子どもと家族に合わせた感情表出と調整のスキル、認知コーピング(認知の三角形)、そして最も重要なトラウマナラティブと処理が実施されます 。この段階では、成人の認知行動療法と比較して、より段階的に心的外傷の記憶にアプローチできるよう配慮されている点が特徴的です 。
参考)https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/2012/123081/201224054B/201224054B0003.pdf
医療現場でのTF-CBT実践において、医療従事者は治療提供者としての役割だけでなく、トラウマインフォームドケア(TIC)の概念との統合を図る必要があります 。TICは、トラウマについての理解をサービス全体に組み込み、サービス提供のあらゆる局面で癒やしを大切にしようとする対人支援の基本概念です 。
参考)https://www.hemri21.jp/contents/images/2024/09/Hem-Opi85.pdf
医療従事者が忘れてはならないのは、恐怖や苦痛を伴う医療行為もトラウマになりうるということです。精神科治療における非自発的入院や隔離拘束などの処置は、患者にとって新たなトラウマ体験となる可能性があります 。このため、医療現場では「4つのR」(Realize、Recognize、Respond、Resist re-traumatization)を意識した実践が重要になります 。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/japmhn/32/2/32_32S33.02/_html/-char/ja
特に小児医療においては、救急処置室から入院、退院に至るまでの全過程でトラウマに配慮したケアを実施することが推奨されており 、NICUにおけるトラウマに配慮したケアと個別の発達ケアの実施により、ストレスの悪影響を緩和できる可能性が示されています 。
参考)https://www.j-hits.org/_files/00135672/2023houkoku_0002.pdf
近年の研究では、従来のTF-CBTを発展させた低強度介入モデルや、デジタル技術を活用したハイブリッド治療など、医療現場のニーズに応じた新しいアプローチが開発されています。これらの革新的手法は、人材不足や時間的制約が課題となる医療現場において、より効率的で持続可能な治療提供を可能にします。
また、あまり知られていない事実として、TF-CBTは文化的修正を加えることで多様な背景を持つ患者に適用可能であることが研究で示されています 。ラティーノの子どもたちやアメリカ・インディアン、アラスカ先住民族の子どもたちを対象とした研究では、文化的要素を組み込んだTF-CBTが有効であることが実証されており、日本の医療現場でも文化的配慮を取り入れた実践が求められています。
参考)http://www.iwasaki-ap.co.jp/book/b210840.html
さらに注目すべきは、コンパッション・フォーカスト・セラピー(CFT)との統合アプローチが開発されていることです 。このアプローチは、否定的な自己イメージや感情のコントロールの難しさに焦点を当て、トラウマに起因するうつ病や不安症に対してより包括的な治療を提供します。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-24K00497/
医療従事者による日本語でのTF-CBT初期研修が2018年から受けられるようになったことで 、今後は実装段階における質の向上と標準化が重要な課題となっており、より広いトラウマへの理解と適切な対応方法の普及が求められています 。
権威性のある参考資料として、日本トラウマティックストレス学会が提供するTF-CBTの詳細な実践ガイドラインと研修情報
https://www.j-hits.org/
TF-CBTラーニングコラボラティブによる最新の研究報告と実践情報
http://tf-cbtlc.com/