MAOIを「古い薬」と思い込んで後回しにすると、現行ガイドラインで推奨される第一選択を見逃すリスクがあります。

モノアミン酸化酵素(MAO)は、ドパミン・セロトニン・ノルアドレナリンといったモノアミン神経伝達物質を酸化的に分解する酵素です。MAOにはMAO-AとMAO-Bの2種類のアイソザイムが存在し、それぞれ基質特異性が異なります。MAO-Aはセロトニンとノルアドレナリンを主に代謝し、MAO-Bはドパミンとフェニルエチルアミンを主に代謝します。
この違いが、臨床適応の分かれ目です。
以下に、国内で承認されているMAOI(またはMAO阻害作用を持つ薬剤)を整理します。
| 薬剤名(一般名) | 選択性 | 可逆性 | 主な適応 | 商品名 |
|---|---|---|---|---|
| セレギリン | MAO-B選択的 | 不可逆 | パーキンソン病 | エフピー® |
| ラサギリン | MAO-B選択的 | 不可逆 | パーキンソン病 | アジレクト® |
| サフィナミド | MAO-B選択的 | 可逆 | パーキンソン病(レボドパ補助) | エクフィナ® |
| モクロベミド | MAO-A選択的 | 可逆(RIMA) | うつ病(国内未承認・海外使用) | Aurorix®など |
| フェネルジン | 非選択的 | 不可逆 | うつ病(国内未承認) | Nardil® |
| トラニルシプロミン | 非選択的 | 不可逆 | うつ病(国内未承認) | Parnate® |
国内で実臨床で処方可能なMAOIは、パーキンソン病領域のMAO-B阻害薬が中心です。うつ病領域の非選択的MAOIは国内では承認されていません。つまり日本の現場では、MAOIはほぼパーキンソン病薬として運用されているのが実態です。
MAO-B選択的阻害薬が3剤ある点を押さえておけばOKです。
各薬剤の用量については、添付文書および日本神経学会「パーキンソン病診療ガイドライン2023」を参照してください。
日本神経学会 パーキンソン病診療ガイドライン2023(MAO-B阻害薬の推奨度記載あり)
3剤はいずれもMAO-B選択的阻害薬ですが、薬理学的プロファイルに明確な差があります。使い分けを誤ると、患者の生活の質(QOL)に直接影響します。
セレギリン(エフピー®)は最初に登場したMAO-B阻害薬で、代謝産物にアンフェタミン・メタンフェタミンが含まれます。これが不眠や興奮といった副作用の一因です。1日用量は上限10mgで、高齢者では5mg/日から開始するのが標準的な運用です。
ラサギリン(アジレクト®)はアンフェタミン様代謝物を生成しない点でセレギリンより改善されています。1日1回1mgの単純な投与で使いやすく、早期・後期どちらのパーキンソン病にも適応があります。これは使えそうです。
サフィナミド(エクフィナ®)は可逆的MAO-B阻害という点でユニークです。不可逆的阻害薬と異なり、酵素の新規合成を待たずに阻害が解除されます。加えて、グルタミン酸遊離抑制(ナトリウムチャネル・カルシウムチャネル阻害)という二重作用機序を持ち、ジスキネジア軽減効果が期待されています。
可逆か不可逆かで、切り替え時のウォッシュアウト期間も変わります。
| 比較項目 | セレギリン | ラサギリン | サフィナミド |
|---|---|---|---|
| 可逆性 | 不可逆 | 不可逆 | 可逆 |
| アンフェタミン代謝物 | あり | なし | なし |
| 1日投与回数 | 2回 | 1回 | 1回 |
| レボドパ併用 | 可 | 可(単剤も可) | 必須 |
| 追加作用機序 | なし | なし | グルタミン酸遊離抑制 |
単剤療法が可能かどうかも、処方選択の判断材料になります。
MAOIの最大の臨床リスクは薬物・食物相互作用です。これは原則として覚えておく必要があります。
セロトニン症候群は、MAOIとセロトニン作動性薬剤を併用したときに起こる生命に関わる緊急症です。症状の三徴は「精神状態の変化・神経筋異常・自律神経不安定」で、悪性症候群との鑑別が必要になります。特にトリプタン系薬(スマトリプタンなど)・SSRI・SNRI・オピオイド(トラマドール・ペチジン)との併用は禁忌です。
禁忌の組み合わせだけは必ず確認してください。
チラミン反応(チーズ反応)は、非選択的・不可逆的MAOI使用時に起こります。腸管のMAO-Aがチラミンを分解できなくなるため、チーズ・熟成肉・赤ワイン・発酵食品を摂取すると血圧が急上昇します。最悪の場合、収縮期血圧が200mmHgを超える高血圧クリーゼを引き起こします。ただしMAO-B選択的阻害薬(セレギリン・ラサギリン・サフィナミド)は通常用量では腸管MAO-Aを抑制しないため、チラミン制限は基本的に不要です。
選択的MAOI使用中の食事制限が不要なことは、患者指導でも重要なポイントです。
市販の風邪薬に含まれるデキストロメトルファンは盲点です。
医薬品医療機器総合機構(PMDA):薬物相互作用に関する安全性情報(添付文書改訂情報を含む)
MAOI同士、あるいはMAOIとセロトニン作動薬を切り替えるときのウォッシュアウト期間は、現場で最も見落とされやすいポイントの一つです。
不可逆的MAOIを中止した後、酵素活性が回復するには新規合成が必要で、一般的に2週間(14日間)の休薬が必要とされています。SSRIからMAOIへの切り替えでも、同様に最低2週間の休薬が必要です。ただしフルオキセチン(国内ではプロザック®、一部適応で使用)は半減期が非常に長く(活性代謝物ノルフルオキセチンの半減期:約7〜9日)、最低5週間の休薬が必要という例外があります。5週間は原則です。
可逆的MAOI(サフィナミド)は酵素阻害が解除されるため、理論上は休薬期間が短くて済みますが、添付文書の指示を必ず優先してください。
電子カルテの処方画面では自動で相互作用チェックが走りますが、休薬期間中の「一時中断」状態はアラートが出ないシステムも多いです。結論は、日付を手動で確認するしかありません。
入院・外来を問わず、切り替え予定日をカレンダーに明記する運用が安全です。
MAOIといえば抗パーキンソン病薬・抗うつ薬というイメージが強いですが、実は抗菌薬のリネゾリド(ザイボックス®)もMAO阻害作用を持ちます。これは意外ですね。
リネゾリドはMRSA・VREに対する最後の砦的な抗菌薬ですが、そのオキサゾリジノン骨格がMAOを可逆的に阻害します。このため、入院中にSSRIを内服している患者にリネゾリドを投与すると、セロトニン症候群が発症するリスクがあります。臨床試験データでは、リネゾリドとセロトニン作動薬を併用した患者の約2〜3%にセロトニン関連有害事象が報告されています。
感染症科と精神科・神経科が連携していない病院では、このリスクが見過ごされやすいです。
対応策として、リネゾリド投与前には必ず内服薬の全量確認が必要です。SSRIを内服中の患者ではダプトマイシンやグリコペプチド系など代替薬の使用を検討し、どうしても必要な場合は集中モニタリング下で使用します。
薬剤師によるポリファーマシー確認が、このリスクを防ぐ最も現実的なフローです。
日本感染症学会:抗菌薬使用の手引き・ガイドライン(リネゾリド使用上の注意を含む)
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