トラマドールは中枢神経系に作用する合成オピオイド鎮痛薬であり、μ-オピオイド受容体への作用とセロトニン・ノルアドレナリンの再取り込み阻害という二重の作用機序を持っています。このユニークな作用機序により、従来の純粋なオピオイド鎮痛薬と比較して依存性が低く、呼吸抑制などの重篤な副作用が生じにくいという特徴があります。
国内では、トラマドールは主に以下の疾患に対して使用が承認されています。
トラマドールは、非オピオイド鎮痛剤(NSAIDsなど)で十分な効果が得られない場合に使用されることが多く、WHO疼痛治療ラダーでは第2段階に位置づけられています。非オピオイド鎮痛薬から強オピオイド鎮痛薬への橋渡しとしての役割も担っており、慢性疼痛管理において重要な選択肢となっています。
トラマドールの鎮痛効果は複数の臨床試験で実証されています。国内の研究データによると、慢性疼痛患者に対するトラマドール投与により、痛みの程度を示す視覚アナログスケール(VAS)値が有意に改善することが明らかになっています。
具体的には、ある調査研究では、投与前の平均VAS値が70.7mmであったのに対し、投与3カ月以降はおおむね40mm以下に推移し、3年時点では平均33.6mmまで改善したことが報告されています。別の国内第III相長期投与試験では、VAS値が投与前の64.6mmから28週後には34.9mmに低下し、その後52週までほぼ一定の値で推移したというデータもあります。
年齢別の効果を見ると、65歳以上の高齢者においては比較的顕著なVASの低下傾向が観察されており、高齢者における有効性が示唆されています。ただし、症例数が限られているため、より多数例による客観的検討が必要とされています。
【投与量の調整方法】
効果的な疼痛管理のためには、定期的に疼痛の評価を行い、必要に応じて投与量を調整することが重要です。また、トラマドールの効果を最大化するためには、他の非薬物療法(理学療法、心理療法など)との併用も検討すべきでしょう。
トラマドールの使用に伴う副作用は比較的高頻度で発現することが知られており、臨床試験のデータによると、副作用発現頻度は70.8%〜90.8%と報告されています。医療従事者としては、これらの副作用とその発現頻度を正確に把握し、患者に適切な説明を行うことが重要です。
【主な副作用と発現頻度】
臨床試験データに基づく主な副作用とその発現頻度は以下の通りです。
重要な点として、これらの副作用は投与開始後3カ月までの発現率が最も高いことが報告されています。ある研究では、投与開始後1カ月の副作用発現率が32%であり、その後は減少傾向を示しました。これは副作用の多くが投与初期に発現し、その後は耐性が形成される可能性を示唆しています。
【重大な副作用】
通常の副作用に加え、まれながら注意すべき重大な副作用として以下が報告されています。
【副作用への対策】
副作用の管理のために以下の対策が推奨されます。
臨床現場では、副作用の発現を早期に発見し、適切に対応することが治療継続のポイントとなります。特に投与初期の患者教育と密なフォローアップが重要です。
トラマドールの長期使用に関するデータは、慢性疼痛管理において非常に重要な情報です。日本で実施された後方視的研究では、トラマドールを3年以上継続投与した50例について調査が行われました。この研究から得られた長期使用における安全性と有効性に関する知見を見ていきましょう。
【長期使用の安全性データ】
長期投与患者(3年以上)における調査では、重大な副作用の発現は認められませんでした。副作用の発現率は投与初期(3カ月以内)に最も高く、その後は低下する傾向が確認されています。これは井上らの報告や小川らの研究とも一致する傾向でした。
長期使用では、投与1年を過ぎても悪心・嘔吐の副作用が継続して見られる場合がありましたが、これらはすべて同一症例であり、悪心が軽度継続していたものです。その他、発疹や搔痒、口渇、腹痛なども報告されていますが、トラマドールとの因果関係は必ずしも明確ではありません。
【長期使用における効果の持続性】
長期使用患者において、鎮痛効果は維持されていることが報告されています。具体的には、開始時のVAS値(平均70.7mm)が投与後3年時点で平均33.6mmまで改善し、その効果が持続していました。また、国内第III相長期投与試験では、VAS値が投与前の64.6mmから28週後には34.9mmに低下し、その後52週までほぼ一定の値で推移したことが確認されています。
これらのデータは、トラマドールが長期的な慢性疼痛管理において有効性を維持できることを示唆しています。
【長期使用における注意点】
長期使用においては以下の点に注意が必要です。
長期使用では、「必要な期間だけ、必要な量だけ」の原則を守り、定期的に治療の継続の必要性を評価することが重要です。特に、痛みの原因が改善した場合には、漸減中止を検討すべきでしょう。
トラマドールの作用機序のうち、特にセロトニンとノルアドレナリンの再取り込み阻害作用は、鎮痛以外の治療効果をもたらす可能性があります。現在、適応外使用ながら注目されている応用として、早漏治療への効果があります。
【早漏治療におけるトラマドールの効果】
2013年に発表された「Safety and efficacy of tramadol hydrochloride on treatment of premature ejaculation」という研究では、生涯早漏を患う300名の男性を対象に、トラマドールの効果が評価されました。この研究では以下の結果が得られています。
このメカニズムについては、トラマドールのセロトニン再取り込み阻害作用が関与していると考えられています。セロトニンは射精の調節に重要な役割を果たしており、その濃度を高めることで射精を遅延させる効果があります。
【トラマドールの抗うつ作用の可能性】
トラマドールのセロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害作用は、SNRI(セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬)と類似したメカニズムを持っています。このことから、トラマドールには抗うつ作用がある可能性も示唆されています。
慢性疼痛患者ではうつ症状を合併することが多く、トラマドールによる治療は疼痛緩和だけでなく、気分の改善にも寄与する可能性があります。ただし、この効果については現時点では十分なエビデンスがないため、さらなる研究が必要です。
【適応外使用における注意点】
早漏治療や抗うつ効果を期待したトラマドールの使用については、以下の点に注意が必要です。
医療従事者は、適応外使用に伴うリスクと責任について十分に認識し、患者の安全を最優先に考える必要があります。早漏治療など適応外使用の場合は、特に慎重な判断と患者へのインフォームドコンセントが求められます。