メトヘモグロビン血症では、パルスオキシメーターで測定したSpO2と動脈血ガス分析で測定した酸素飽和度(SaO2)の間に著明な乖離が生じることが最も特徴的な所見です。通常、メトヘモグロビン血症の患者では、SpO2が低値(85~95%程度)を示すのに対し、動脈血酸素分圧(PaO2)は正常値を示し、SaO2も正常範囲内を維持するという現象が認められます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/naika/106/7/106_1468/_pdf
この乖離現象の原因は、パルスオキシメーターの測定原理にあります。パルスオキシメーターは660nmの赤色光と940nmの近赤外光という2波長の光の吸光度比から酸素飽和度を算出しますが、メトヘモグロビンはこれら両方の波長で同程度の吸光度を示すため、測定値が不正確になります。
参考)パルスオキシメータの原理
メトヘモグロビン濃度が上昇すると、SpO2値は強制的に85%に近づく傾向があります。これは、赤色光と近赤外光の吸光度比(R/IR ratio)が1.0に近づくためで、この値がSpO2=85%に相当するからです。メトヘモグロビン濃度が30%以上存在すると、パルスオキシメーターの測定エラーが顕著となり、実際の機能的酸素飽和度との乖離が拡大します。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jsicm/23/2/23_183/_pdf
メトヘモグロビンは、ヘモグロビン中の2価鉄イオン(Fe²⁺)が酸化されて3価鉄イオン(Fe³⁺)に変化した異常ヘモグロビンです。正常なヒトでも微量(0.04〜2%)のメトヘモグロビンが存在しますが、NADH-シトクロムb5還元酵素の働きにより常に低い濃度に保たれています。
参考)http://square.umin.ac.jp/transfusion-kuh/disease/miscellaneous/MetHb/index.html
メトヘモグロビン血症の原因は、先天性と後天性に大別されます。先天性は主にNADH-シトクロム還元酵素欠損症によるもので、後天性はアミン類、ニトロ化合物、亜硝酸エステル類、サルファ剤、ジアフェニルスルホンなどの薬剤によるものです。局所麻酔薬(ベンゾカイン、リドカイン)や抗菌薬も原因となることが知られています。
参考)https://www.jaam.jp/dictionary/dictionary/word/0413.html
メトヘモグロビン濃度が15%程度までは無症状ですが、15〜20%以上になるとチアノーゼが出現し、40%以上では頭痛、めまい、呼吸困難、意識障害などの症状が現れます。70%以上では生命に危険が及ぶ可能性があります。
メトヘモグロビン血症の診断において、SpO2測定は重要なスクリーニングツールとしての役割を果たします。特に「飽和ギャップ」(saturation gap)と呼ばれる、SpO2とSaO2の乖離が5%を超える場合には、異常な形態のヘモグロビンの存在を疑う必要があります。
参考)メトヘモグロビン血症 - NYSORA
診断の手順として、まず臨床的にチアノーゼや原因不明の低酸素血症を認める患者に対してパルスオキシメーター測定を行い、続いて動脈血ガス分析でPaO2とSaO2を測定します。SpO2が低値を示すにもかかわらずPaO2が正常または高値で、SaO2も正常範囲内である場合、メトヘモグロビン血症を強く疑います。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC11095280/
確定診断には、CO-オキシメトリーによるメトヘモグロビン分画の直接測定が必要です。近年では、Masimo Rainbow SET®パルスオキシメーターのように、メトヘモグロビン濃度(SpMet)を非侵襲的に測定できる機器も開発されており、迅速な診断が可能になっています。
参考)Masimo - メトヘモグロビン濃度(SpMet)
メトヘモグロビン血症の治療は、原因薬物の中止と症状の重症度に応じたメチレンブルーの投与が基本となります。メチレンブルーは通常、メチルチオニニウム塩化物水和物として1回1〜2mg/kgを5分以上かけて静脈内投与し、1時間以内に症状の改善が期待されます。
参考)中毒性メトヘモグロビン血症に対するメチレンブルーの安全性およ…
ただし、G6PD(グルコース-6-リン酸脱水素酵素)欠損症患者やNADPH還元酵素欠損症患者では、メチレンブルーが溶血を引き起こす可能性があるため禁忌となります。また、塩素酸塩による中毒やシアン化合物中毒の解毒剤として亜硝酸化合物を投与した場合も、メチレンブルー使用は避ける必要があります。
参考)https://pins.japic.or.jp/pdf/newPINS/00065140.pdf
治療効果の判定において、SpO2測定は有用な指標となります。メチレンブルー投与後、メトヘモグロビン濃度の低下に伴ってSpO2値も改善し、SpO2とSaO2の乖離も縮小します。治療抵抗性の症例では、原因薬物の体外除去を目的とした血液透析が考慮される場合もあります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4121767/
メトヘモグロビン血症の診療において、従来あまり注目されていない重要な課題として、パルスオキシメーターの機種による測定精度の差があります。一般的なパルスオキシメーターの測定精度は70〜99%の範囲で±2〜3%とされていますが、メトヘモグロビン血症では測定原理上の限界により、この精度がさらに低下する可能性があります。
参考)https://home.jeita.or.jp/upload_file/20220826154057_eKzZM0RUGY.pdf
特に低脈波状態(PI値1.0以下)では、ノイズ成分の影響を受けやすく、測定値の信頼性が著しく低下します。高齢者や循環不全患者では、基礎疾患による末梢循環不全に加えて、メトヘモグロビン血症による酸素運搬能低下が重複するため、より慎重なモニタリングが必要となります。
参考)パルスオキシメータの性能確認
また、救急外来や集中治療室における実務的な対応として、SpO2が85%前後で固定される「サチュレーション・クランプ現象」を認識することが重要です。通常の酸素投与に反応しない難治性低酸素血症を認めた場合、特に薬剤使用歴がある患者では、早期にメトヘモグロビン血症を疑い、血液の色調変化(チョコレート色血液)の確認と、CO-オキシメトリーによる分析を行うことが推奨されます。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC10405146/
近年の診療では、電子カルテシステムと連携したアラート機能により、SpO2とSaO2の乖離を自動検出し、メトヘモグロビン血症の早期発見を支援するシステムの導入も進んでいます。このような システム的アプローチにより、診断の遅れを防ぎ、適切な治療介入のタイミングを逃さないことが可能となっています。
参考)https://www.chubu62-aichi.com/program/ippan_endai/0111.pdf