線毛と絨毛の違い:構造と機能の観点から

線毛と絨毛は名前が似ていますが、全く異なる構造です。気管の異物排除を担う線毛と、小腸の栄養吸収を助ける絨毛の違いをご存じですか?

線毛と絨毛の違い

線毛と絨毛の基本的違い
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線毛は運動性細胞突起

気管や気管支の上皮細胞表面に生える微小管構造で、リズミカルに動いて異物を排除します

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絨毛は組織レベルの突起

小腸粘膜の指状突起で、多数の細胞で構成され、約1mm程度のサイズで栄養吸収面積を拡大します

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機能と存在部位が全く異なる

線毛は呼吸器の防御機能、絨毛は消化管の吸収機能を担い、それぞれ異なる生理的役割を持ちます

線毛の構造と微小管配列

 

線毛(または繊毛)は、細胞の表面に生える直径数nmで長さが数100nm程度の細い毛状構造です。医学分野では「線毛」、生物学分野では「繊毛」の漢字が使われますが、同じ構造を指します。線毛の内部構造は、9+2配列と呼ばれる特徴的な微小管構造を持っています。これは中心に2本の微小管があり、その周囲に9対の微小管が配置された構造で、この配列がアクソネームと呼ばれる核心構造を形成しています。
参考)繊毛と微絨毛の違いとは?分かりやすく解説!

微小管を構成するチューブリンタンパク質とダイニンタンパク質がATPのエネルギーを使って滑り運動を行うことで、線毛は波打つような運動を起こします。呼吸器系では気管や気管支の柱状上皮細胞に線毛が存在し、1秒間に15~17回程度の速さで波打つように動いています。この線毛運動により、粘液に捕らえられたウイルスや細菌などの異物が咳や痰とともに体外へ排除されます。
参考)カラダの乾燥と線毛運動の関係|大塚製薬

線毛には運動性線毛と非運動性線毛の2種類があり、運動性線毛は粘液と一緒に異物を除去する役割を果たします。一方、非運動性の一次線毛は9+0構造を持ち、細胞外からの情報を細胞内に伝えるアンテナとして働きます。線毛機能が生まれつき弱い場合、線毛機能不全症候群(カルタゲナー症候群を含む)として知られる疾患が発症します。
参考)細胞に欠かせない1本の”毛” 一次繊毛の役割とその退縮・伸長…

絨毛の構造と表面積拡大機能

絨毛(腸絨毛)は、小腸内壁の輪状ひだ(ケルクリング皺襞)に存在する約1mm程度の指状突起です。俗に柔毛柔突起とも呼ばれ、中学校の教科書では「柔毛」が採用されています。絨毛は単一細胞の突起ではなく、数多くの細胞が作り出す組織レベルの構造であり、これが線毛との根本的な違いです。
参考)腸絨毛 - Wikipedia

小腸は長さ約6mで体内で最も長い臓器ですが、絨毛によって表面積はさらに劇的に増加します。絨毛を全て広げると、平均的な体型の成人男性でテニスコート1面分とほぼ同じ面積、約200平方メートルになります。この巨大な表面積により、栄養素を効率的に吸収することが可能になります。
参考)小腸

絨毛の表面にはさらに微絨毛という小さな突起が無数に存在し、これにより吸収面積はさらに拡大されます。微絨毛は長さ0.5~1.0μm、厚さ0.1μm程度の非運動性の細胞突起で、その内部骨格はアクチン線維(マイクロフィラメント)で構成されています。微絨毛を覆う糖衣層(グリコカリックス)は、吸収する物質と微絨毛の結合を促進する役割があります。
参考)線毛 - 1年生の解剖学辞典Wiki

線毛と絨毛の機能的差異

線毛と絨毛の最も重要な違いは、その機能と運動性にあります。線毛は運動性を持ち、リズミカルな拍動によって粘液や異物を移動させますが、絨毛は運動性を持たず、静的な構造として栄養吸収の場を提供します。​
線毛の主な機能は、呼吸器における粘液線毛クリアランスです。気道に入り込んだ病原体や異物は粘液に捕捉され、線毛運動によって咽頭方向へ運ばれて排除されます。このシステムは呼吸器の重要な防御機構として機能しており、線毛の弱点の一つが乾燥です。湿度が低い環境では線毛運動能力が低下し、気道内の粘液が減少・粘度上昇することで感染リスクが高まります。
参考)Primary Ciliary Dyskinesia

一方、絨毛の主な機能は栄養素の吸収促進です。絨毛内部には毛細血管とリンパ管が通っており、絨毛表面の吸収上皮細胞を通過した水、ミネラル、糖、アミノ酸、ビタミンなどが血管に入り、全身に運ばれます。絨毛表面の微絨毛は消化酵素の存在場所でもあり、炭水化物の消化も促進しています。
参考)TEM_小腸 of 超微形態科学分野

📋 線毛と絨毛の比較表

項目 線毛 絨毛
サイズ 長さ5~10μm、幅0.2μm​ 長さ約1mm​
構造レベル 単一細胞の突起​ 多数の細胞による組織突起​
内部骨格 微小管(9+2配列)​ 毛細血管とリンパ管を含む結合組織​
運動性 あり(1秒間に15~17回拍動)​ なし​
主な存在部位 気管、気管支の上皮細胞​ 小腸の粘膜(輪状ひだ)​
主な機能 異物・粘液の排除​ 栄養素の吸収​
エネルギー源 ATP(ダイニンの活動)​ 不要(静的構造)

線毛と微絨毛の混同に注意

医療現場でしばしば混同されるのが、線毛と微絨毛の区別です。線毛と微絨毛はどちらも細胞表面の突起ですが、構造・機能・サイズが全く異なります。​
構造的違いとして、線毛は微小管で構成され9+2の超微細構造を持つのに対し、微絨毛はアクチン線維で構成され9+2構造を持ちません。線毛は基底顆粒(基底小体)から発生しますが、微絨毛は基底顆粒から発生しません。また、線毛は遠位に向かって細くなる形状ですが、微絨毛は極めて細く短い均一な形状を示します。​
機能的違いとして、線毛は運動に関与して異物排除を行うのに対し、微絨毛は非運動性で吸収面積の拡大に特化しています。線毛は呼吸器や子宮管の円柱上皮細胞に存在し、微絨毛は主に小腸や腎臓の尿細管の柱状上皮細胞に存在します。
参考)【各論・男性生殖器系】シルデナフィルの副作用 - 富山大学 …

💡 医学用語では真核生物の繊毛を「線毛」と呼ぶため、細菌の線毛(pilus/fimbria)と区別する必要があります。細菌の線毛はタンパク質が重合した繊維状構造で、性線毛やIV型線毛など多数の種類があり、細菌の接着や運動に関与しますが、真核生物の線毛とは本質的に異なる構造です。
参考)線毛 - Wikipedia

線毛運動障害と臨床的意義

線毛の機能障害は、原発性線毛運動不全症(Primary Ciliary Dyskinesia: PCD)として知られる先天性疾患を引き起こします。この疾患では、線毛の超微細構造異常により線毛運動が障害され、粘液線毛クリアランスが機能しなくなります。
参考)線毛機能不全症候群(カルタゲナー症候群を含む。)(指定難病3…

PCDの主な原因は、線毛アクソネムの構造異常です。正常な線毛では隣接する双微細管がダイニン腕によって連結されており、ダイニン腕でATPが加水分解されるときに双微細管が相互にスライドして線毛が動きます。しかし、PCDではダイニン腕の欠損や中心微小管の異常などが生じ、線毛運動が著しく低下または消失します。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/shonijibi/38/3/38_245/_pdf

臨床症状として、慢性鼻副鼻腔炎、気管支炎、気管支拡張症、気管支肺炎などが繰り返し発症します。気道から粘液が適切に排出されないため、慢性的な粘液貯留と感染・炎症が持続します。また、一部の症例では全内臓逆位症を伴うカルタゲナー症候群として知られ、これは胎生期のノード線毛の運動異常により臓器の左右配置決定が障害されることが原因です。
参考)耳寄りな心臓の話(第27話)『心臓はどうして左に』 |はあと…

🔍 線毛運動の評価方法:線毛機能不全症の診断には、鼻粘膜や気管支粘膜の生検により線毛の超微細構造を電子顕微鏡で観察します。光学顕微鏡下での線毛運動の観察や、線毛打周波数の測定も診断に有用です。​

絨毛萎縮と吸収障害の関係

絨毛の構造異常や機能障害は、栄養吸収不良症候群を引き起こします。小腸絨毛は正常でも約5~7日間で細胞が入れ替わり、絨毛の先端部から剥脱します。この際、アポトーシス(プログラム細胞死)という特徴的な形態変化が観察されます。​
絨毛萎縮の原因としては、セリアック病(グルテン過敏性腸症)、クローン病、薬剤性腸炎などがあります。絨毛が萎縮すると吸収面積が減少し、脂肪便、体重減少、栄養欠乏症などが生じます。また、プロトンポンプ阻害薬の長期使用が小腸の炎症を増加させ、絨毛構造に影響を与える可能性も報告されています。
参考)プロトンポンプ阻害薬は小腸の炎症を増強する

絨毛の発達は、特に胎児期から出生後の早期に重要です。ニワトリ胚を用いた研究では、孵化前後の時期に微絨毛の組み立てと成熟が急速に進行し、絨毛の成熟完了前に消化吸収面積が劇的に拡大することが明らかになっています。微絨毛の組み立てには、エズリンやミオシン1a(Myo1a)などの膜架橋タンパク質が重要な役割を果たします。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8408528/

📚 参考情報:小腸の絨毛構造と栄養吸収メカニズムの詳細については、中外製薬の患者向け情報サイトで分かりやすく解説されています。

 

中外製薬 - 小腸のしくみ

 

 


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