アテローム(粉瘤)は皮膚科診療において非常に一般的に遭遇する良性腫瘍です。皮膚の内側に袋状の構造物ができ、本来であれば皮膚表面から剥離排出される角質や皮脂が蓄積された状態を指します。表皮嚢腫とも呼ばれ、正確な医学的分類においては嚢腫(のうしゅ)に分類されます。この袋状構造は表皮組織が真皮内に陥入することで形成され、内部に角質や皮脂などの老廃物が徐々に蓄積されていきます。
アテロームは医療現場では粉瘤という名称でも広く知られていますが、循環器領域では動脈内膜に形成される粥状プラーク(動脈硬化病変)を指す用語としても使用されるため、文脈によって意味が異なることに注意が必要です。本稿では主に皮膚科領域におけるアテローム(粉瘤)について解説します。
アテロームは、皮膚の内側に形成された袋状構造物(嚢胞)内に角質や皮脂が蓄積した良性腫瘍です。臨床的特徴として、数ミリから数センチメートルの半球状のしこりとして触知され、多くの場合、中央部に黒点状の小さな開口部が観察されます。この開口部は毛包開口部が拡大したもので、ここから内容物が排出されることがあります。
臨床所見としては以下の特徴が挙げられます。
アテロームの内容物は、角化細胞から剥離した角質成分と皮脂腺から分泌される脂質成分の混合物で、クリーム状またはチーズ状の性状を呈します。この内容物が空気に触れると特徴的な不快臭を放ちます。この臭気は患者のQOL(生活の質)に大きく影響することがあり、治療を希望する主要な理由となることも少なくありません。
組織学的には、嚢胞壁は重層扁平上皮で構成され、内腔には角質物質が充満しています。アテロームの壁は表皮と同様の構造を持ち、顆粒層を含むことが特徴とされています。
アテロームの形成機序については、いくつかの学説があります。最も有力な説は毛包閉塞説で、毛包開口部が閉塞することで皮脂や角質が排出できなくなり、嚢胞を形成するというものです。また、一部のアテロームはヒトパピローマウイルス感染や外傷に関連して発生することも報告されていますが、多くの症例では明確な原因は特定されていません。
体質的要因も重要で、家族性に複数のアテロームが発生する症例も報告されています。Gardner症候群のような特定の遺伝性疾患では、多発性のアテロームが症状の一部として現れることがあります。
アテロームの好発部位としては、以下の部位が挙げられます。
これらの部位は皮脂腺が豊富に分布している領域であり、閉塞しやすい解剖学的特徴を持っています。特に頭皮は皮脂分泌が活発で毛包密度が高いため、アテロームが最も高頻度に発生する部位とされています。
好発年齢は思春期以降で、皮脂分泌が盛んになる時期と一致しています。男女比については、やや男性に多いとされていますが、これは男性の方が皮脂分泌量が多いことと関連していると考えられています。
アテロームは無症状で経過することも多いですが、炎症を起こすと患者のQOLを著しく低下させる原因となります。従来、アテロームの炎症は主に細菌感染によるものと考えられていましたが、最近の研究では別のメカニズムも明らかになっています。
アテロームの炎症メカニズムには主に以下の2つが関与しています。
アメリカからの報告によれば、アテロームの炎症の多くは従来考えられていた細菌感染ではなく、嚢胞壁の破綻による内容物漏出が原因とされています。この場合、抗生物質による治療効果は限定的であり、速やかな外科的介入が必要となります。
アテローム炎症の合併症としては、以下のようなものがあります。
特に頭頸部のアテロームが炎症を起こした場合、重要臓器に近接していることから、適切な治療介入が遅れると重篤な転帰をたどる可能性があります。したがって、炎症徴候を認めた時点での迅速な診断と治療が重要です。
アテロームの根治的治療法は外科的切除のみです。内服薬や外用薬による保存的治療では嚢胞壁を除去できないため、完治は望めません。アテロームの外科的治療には主に以下の2つの方法があります。
非炎症時のアテロームであれば、日帰り手術で5~20分程度で処置が完了します。しかし炎症を起こしている場合は、処置が複雑になることがあります。炎症時の対応
最近の手術手技の進歩として、水圧剥離法(hydrodissection)が導入されています。生理食塩水や局所麻酔薬を注入することで、皮膚と嚢胞壁の間を剥離しやすくする方法です。この技術により、より低侵襲で完全な摘出が可能になっています。
術後ケアとしては以下の点が重要です。
アテローム摘出手術は比較的安全な処置ですが、出血、感染、神経損傷、瘢痕形成などの合併症が起こりうることを患者に説明しておくことが必要です。特に顔面など目立つ部位の手術では、瘢痕に対する患者の不安が大きいことが多いため、術前のインフォームドコンセントが重要となります。
医学用語における「アテローム」には二つの異なる意味があることは冒頭で触れましたが、皮膚科領域のアテローム(粉瘤)と循環器領域のアテローム(粥腫)には、実は共通する病態生理学的側面があることが最新研究で明らかになってきています。
循環器領域におけるアテロームとは、動脈内膜に脂質やコレステロールが沈着して形成されるプラークを指します。これは動脈硬化の主要な病変であり、心筋梗塞や脳卒中などの重大な循環器疾患の原因となります。一方、皮膚科領域のアテローム(粉瘤)は皮膚に形成される嚢腫です。
これら二つの「アテローム」の共通点として、以下のような要素が挙げられます。
最近の研究では、皮膚アテロームに多発傾向のある患者では、動脈硬化性疾患のリスクが高まる可能性が示唆されています。これは皮膚アテロームと動脈硬化が共通の代謝異常や遺伝的素因を持つ可能性を示唆しています。
特に注目すべき研究成果として、皮膚アテロームの内容物に含まれる脂質プロファイルと血清脂質との相関関係が報告されています。高コレステロール血症患者のアテローム内容物は、健常人のものと比較してコレステロールエステル含有量が有意に高いという結果が得られています。
また、分子生物学的解析により、皮膚アテローム壁と動脈硬化プラークの双方で、類似した炎症性サイトカインプロファイルが検出されることも明らかになっています。例えば、IL-1β、TNF-α、IL-6などの炎症性サイトカインや、マクロファージ浸潤が両者に共通して認められます。
循環器学会誌に掲載された最新研究によれば、多発性皮膚アテロームを持つ患者では、頸動脈内膜中膜複合体厚(IMT)が対照群と比較して有意に増加しているというデータもあります。
これらの知見は、皮膚アテロームが単なる良性腫瘍ではなく、全身の代謝状態を反映するバイオマーカーとなる可能性を示唆しています。皮膚科医は皮膚アテローム多発患者に遭遇した際には、潜在的な循環器リスクについても注意を払い、必要に応じて循環器科への紹介も考慮すべきかもしれません。
現時点ではこの関連性についての研究はまだ発展途上であり、より大規模なコホート研究による検証が必要です。しかし、皮膚と血管という異なる臓器で類似した病態が生じているという事実は、医学的に非常に興味深い視点を提供しています。
以上が皮膚科領域におけるアテロームと循環器領域におけるアテロームの関連性についての最新知見です。今後の研究進展により、両者の関連性がさらに解明されることが期待されます。
アテロームは一見単純な皮膚腫瘍に見えますが、その病態生理、診断、治療には多くの臨床的知見と技術が必要とされます。本稿で解説した内容が日常診療の参考になれば幸いです。今後も新たな知見や技術の進歩に注目していく必要があります。