ニューモシスチス肺炎は、Pneumocystis jirovecii(ニューモシスチス・イロベチー)という真菌が原因で起こる日和見感染症です。この菌は長い間原虫と考えられていましたが、遺伝子学的解析により子嚢菌門に属する真菌であることが証明されています。
参考)https://www.acc.jihs.go.jp/medics/treatment/handbook/part2/no27.html
P. jiroveciiは宿主特異性を示し、人工培地での培養ができない特殊な微生物です。健康な人では無症状で保菌していることが多いものの、免疫機能が低下した患者において肺胞内で増殖し、重篤な肺炎を引き起こします。
参考)https://www.jscm.org/journal/full/02603/026030195.pdf
感染のリスク因子として以下が挙げられます:
参考)https://primary-care.sysmex.co.jp/speed-search/disease/index.cgi?c=disease-2amp;pk=9
ニューモシスチス肺炎の診断には、臨床症状、画像所見、微生物学的検査を組み合わせた総合的評価が必要です。初期症状として発熱、乾性咳嗽、労作時呼吸困難が典型的で、症状の進行は比較的急速です。
参考)https://kobe-kishida-clinic.com/respiratory-system/respiratory-disease/pcp/
画像診断では以下の所見が特徴的です:
参考)https://maruoka.or.jp/infection/infection-disease/pneumocystosis/
血液検査では炎症マーカー(CRP、ESR)の上昇に加え、β-Dグルカンの上昇が診断の補助となります。β-Dグルカンは真菌の細胞壁成分であり、ニューモシスチス肺炎でも陽性となることが多いです。
確定診断には微生物学的検査が必須で、喀痰検査で起因菌の検出を試みますが、検出率は限定的です。より確実な診断のために気管支鏡検査による気管支肺胞洗浄(BAL)が推奨され、感度は95%以上とされています。
参考)http://www.theidaten.jp/wp_new/20100505j-19-2/
ニューモシスチス肺炎の治療において、第一選択薬はスルファメトキサゾール・トリメトプリム合剤(ST合剤)です。この薬剤は他の真菌症治療薬とは異なり、原虫症の治療に用いられる薬剤に感受性を示すという特徴があります。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%8B%E3%83%A5%E3%83%BC%E3%83%A2%E3%82%B7%E3%82%B9%E3%83%81%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%AD%E3%83%99%E3%83%81%E3%82%A4
治療期間は通常3週間程度を要し、重症例では点滴投与が選択されます。ST合剤による副作用として、投与開始後1週間頃から発熱や皮疹などが出現することがあり、症状が強い場合は代替薬への変更が必要です。
参考)https://clinicalsup.jp/jpoc/handout/0198/0198.html
代替治療薬として以下が使用されます:
参考)https://ubie.app/byoki_qa/clinical-questions/ua5j_-jhnu
2012年に承認されたアトバコンは、ST合剤が使用できない患者に対する重要な選択肢となっています。また、重症例では呼吸不全を軽減する目的で、抗菌薬治療にステロイドを併用することがあります。
参考)https://www.habatakifukushi.jp/old/square/hiv/hivcat1/post_61.html
最近の研究では、非HIV患者におけるニューモシスチス肺炎に対する全身性ステロイドの追加効果について検討されており、28日死亡率の有意な改善は得られなかったものの、90日死亡率や侵襲的機械換気の使用を低下させる可能性が示唆されています。
参考)https://www.carenet.com/news/general/carenet/61134
ニューモシスチス肺炎患者に対する感染管理は、他の免疫不全患者への二次感染防止の観点から重要です。治療開始後1週間までは伝播力が強いとされ、この期間中は厳格な感染対策が必要となります。
参考)https://www2.huhp.hokudai.ac.jp/~ict-w/kansen/8.07_pneumocystice_pneumonia.pdf
病室管理における具体的な対策は以下の通りです:
参考)https://www2.huhp.hokudai.ac.jp/~ict-w/manual(ver.7)page/manual(ver.7)/11.02)nyu-moshisuchisuhaien211001.pdf
患者の行動制限として、治療開始後1週間は不可欠な目的以外の室外への外出を制限し、外出時はサージカルマスクの着用を義務付けます。検査や治療で他部署へ移動する際は、事前に連絡を取り、他の患者との接触を避けるよう配慮が必要です。
参考)https://www2.huhp.hokudai.ac.jp/~ict-w/manual(ver.7)page/manual(ver.7)/11.02)nyu-moshisuchisuhaien20250708.pdf
医療従事者は治療開始後1週間まで病室入室前にサージカルマスクを着用し、気管支鏡検査などの飛沫が発生する処置では感染防護策を徹底します。
ニューモシスチス肺炎の予防において、ハイリスク患者への予防投与が最も重要な戦略となります。ST合剤による予防投与は、HIV感染者でCD4陽性リンパ球数が200/μL未満の場合や、ステロイド大量治療を受ける膠原病患者に推奨されています。
参考)https://www.kitasato-u.ac.jp/ktms/kaishi/pdf/KI44-2/KI44-2p097-102.pdf
予防投与の対象患者の具体的な条件:
将来の治療法開発として、β-1,3-グルカン合成阻害薬であるアクレアシン類の研究が進められています。これらの薬剤は副作用が少なく、宿主には存在しない多糖を標的とするため、新しい治療選択肢として期待されています。
参考)https://kaken.nii.ac.jp/ja/grant/KAKENHI-PROJECT-04557022/
また、細胞壁構成多糖に関する研究により、β-1,3-グルカン以外にマンナンの存在も示唆されており、これらの知見は今後の薬剤開発に重要な示唆を与えています。医療従事者は最新の治療ガイドラインと感染対策の更新情報を常に把握し、適切な診療を提供することが求められます。
MSDマニュアルによるニューモシスチス肺炎の総合的治療指針