敗血症の原因は多岐にわたる感染症です。最も頻度が高いのは細菌感染で、グラム陽性球菌では黄色ブドウ球菌、レンサ球菌、肺炎球菌が代表的な原因菌となります。一方、グラム陰性桿菌では大腸菌が最も多く関与しています。
主要な感染源と頻度:
興味深いことに、症例の約3分の1では感染源が特定できないという報告があります。これは敗血症の診断において、感染源の同定が必ずしも容易ではないことを示しています。
感染症から敗血症への進展メカニズムでは、病原体の毒素によってサイトカインと呼ばれる炎症性物質が過剰に放出されます。このサイトカインストームが血管拡張や血液凝固異常を引き起こし、結果として臓器への血流不足と多臓器不全を招きます。
健康な人では血液中で細菌が増殖することはありませんが、身体の抵抗力が低下した状態では防御反応のコントロールができなくなり、局所感染から血流感染へと進展しやすくなります。
敗血症の初期症状は一見すると風邪のような症状から始まることが多く、見逃しやすいのが特徴です。医療従事者として注意すべき初期症状を以下に示します。
初期症状(発症早期):
特に注目すべきは体温の二相性です。一般的な感染症では発熱が見られますが、敗血症では重篤化により体温が低下することがあり、これは予後不良のサインとされています。
進行期症状:
症状の進行は急速で、数時間から数日で重篤な状態に陥ることがあります。意識障害が出現した場合は、すでに脳への血流不足が生じており、緊急の集中治療が必要となります。
重症化すると腎不全、肝不全といった多臓器不全や敗血性ショックを引き起こし、播種性血管内凝固症候群(DIC)を合併する可能性もあります。皮下出血が認められる場合は、DICの併発を強く疑う必要があります。
敗血症は「いつ、誰にでも、どんな感染症からも発生」する可能性がありますが、特定のリスク要因を持つ患者では発症リスクが高くなります。
高リスク患者群:
これらの患者では免疫機能が低下しており、通常であれば軽微な感染症でも重篤化するリスクが高くなります。
医療現場での予防策:
感染予防の基本対策として、手指衛生の徹底が最も重要です。アルコール系手指消毒薬の使用や適切な手洗いにより、医療関連感染のリスクを大幅に減少できます。
カテーテル関連感染症の予防では、挿入時の無菌操作の徹底、定期的な交換、不要なカテーテルの早期抜去が有効です。特に中心静脈カテーテルや尿道カテーテルは感染源となりやすいため、適応を慎重に検討する必要があります。
術後感染予防では、適切な予防的抗菌薬投与、創部ケア、早期離床による肺炎予防が重要です。また、院内感染対策として標準予防策と感染経路別予防策の徹底も不可欠です。
敗血症の診断には、2016年に改訂されたSepsis-3定義が用いられており、従来のSIRS基準から大きく変更されています。
qSOFAスコア(簡易診断指標):
感染症が疑われる患者でqSOFAの2項目以上を満たす場合、敗血症の可能性が高いと判断されます。
確定診断のための検査:
血液検査では白血球数の異常(12,000/mm³以上または4,000/mm³以下)、CRP上昇、プロカルシトニン上昇、乳酸値上昇(2mmol/L以上)が重要な指標となります。
培養検査では血液培養が最も重要で、原因菌の特定と薬剤感受性試験により適切な抗菌薬選択が可能になります。ただし、既に抗菌薬投与が開始されている場合は培養陽性率が低下するため、治療開始前の検体採取が理想的です。
画像検査では胸部X線やCT検査により感染源の同定を行います。特に肺炎や腹腔内感染症の診断には画像診断が有用です。
SOFAスコア(Sequential Organ Failure Assessment)による臓器機能評価では、呼吸器、循環器、肝臓、腎臓、神経系、凝固系の6つの臓器機能を数値化し、2点以上の上昇で敗血症と診断されます。
敗血症治療において「ゴールデンアワー」という概念があります。これは敗血症診断から1時間以内の治療開始が予後に大きく影響するという考え方で、医療現場では特に重要視されています。
1時間バンドル(Hour-1 Bundle):
この1時間バンドルの遵守により、院内死亡率を有意に改善できることが報告されています。特に抗菌薬投与の遅れは1時間ごとに死亡率が約7.6%上昇するという研究結果もあり、迅速な対応が求められます。
集中治療管理のポイント:
敗血症患者では多臓器にわたる管理が必要となります。循環管理では適切な輸液療法に加え、必要に応じてノルアドレナリンなどの血管作動薬を使用します。平均動脈圧65mmHg以上の維持が目標となります。
呼吸管理では酸素化の改善と換気補助が重要です。急性呼吸窮迫症候群(ARDS)を合併した場合は肺保護戦略に基づいた人工呼吸管理が必要となります。
腎機能管理では適切な輸液バランスの維持と、必要に応じた腎代替療法の導入を検討します。また、血糖管理、栄養管理、血栓予防なども包括的に行う必要があります。
医療従事者向けの実践的アドバイス:
病棟や外来での敗血症疑い患者を見逃さないためには、感染症症状に加えてバイタルサインの変化に敏感になることが重要です。特に高齢者では典型的な発熱を示さない場合もあり、軽微な意識レベルの変化や食欲不振なども注意深く観察する必要があります。
また、免疫抑制状態の患者では症状が非定型的に現れることが多く、日常的なモニタリングの重要性が高まります。定期的なバイタルサイン測定、血液検査での炎症反応の評価、患者の主観的症状の変化への注意深い観察が早期発見につながります。
敗血症は医療現場における緊急疾患として、全医療従事者が正確な知識を持つべき疾患です。原因となる感染症の多様性と初期症状の非特異性を理解し、高リスク患者での早期発見・早期治療により、患者予後の改善に貢献することができます。
日本敗血症連盟による敗血症診療ガイドライン
https://www.jsicm.org/news/upload/sepsis_guideline2020.pdf
厚生労働省による院内感染対策の手引き
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000164083.html