骨粗鬆症の怖い点は、症状がほとんどないことです。多くの患者さんは骨折が発生するまで自覚症状を感じないため、「沈黙の疾患」とも呼ばれています。骨密度が低下しても痛みはなく、気づかないうちに骨がもろくなっていきます。
骨粗鬆症による骨折は、軽微な外力や日常生活の動作でも発生する「脆弱性骨折」が特徴です。主な骨折部位
特に注意が必要なのは、一度骨折すると次の骨折リスクが約2倍に高まる「骨折の連鎖」です。この連鎖を断ち切るためにも、早期診断と適切な治療が重要となります。
骨粗鬆症のリスク因子としては、高齢、女性(特に閉経後)、低体重、喫煙、過度の飲酒、カルシウム・ビタミンD不足、運動不足、ステロイド長期使用などが挙げられます。これらのリスク因子を持つ方は、骨密度検査を受けることをお勧めします。
骨粗鬆症の治療薬の中で最も多く使われるのが、骨吸収(古い骨を壊す過程)を抑制する薬剤です。骨吸収のスピードを緩やかにすることで、骨形成が追いつき、結果として骨密度が増加します。
1. ビスフォスフォネート製剤
骨粗鬆症治療の第一選択薬として広く使用されている薬剤です。骨に強く結合し、破骨細胞の働きを抑制します。椎体骨折だけでなく大腿骨近位部骨折も予防できることが証明されています。
内服薬と注射薬があり、服用頻度も多様です。
服用方法に特徴があり、内服薬は「朝起きてすぐにコップ1杯の水で飲み、その後30分〜1時間は水以外を飲食せず、横にならない」という特殊な服用法が必要です。これは薬剤の吸収率を高め、食道への刺激を防ぐためです。
副作用としては胃腸障害(15〜20%)が多く、まれに顎骨壊死(がっこつえし)が報告されています。そのため、歯科治療を受ける際には服用中であることを歯科医に伝えることが重要です。
2. SERM(選択的エストロゲン受容体モジュレーター)
女性ホルモン(エストロゲン)の代用薬として、骨に対しては女性ホルモンと同様の効果を発揮しますが、乳がんや子宮がんのリスクを高めないという利点があります。主に閉経後の比較的軽症の骨粗鬆症患者に使用されます。
椎体骨折を減少させる効果が証明されていますが、大腿骨近位部骨折への効果は限定的です。静脈血栓症のリスクに注意が必要です。
3. 抗RANKL抗体(デノスマブ)
破骨細胞の形成や活性化に関わるRANKLというタンパク質の働きを抑制する薬剤です。6ヶ月に1回の皮下注射で、高い骨吸収抑制効果を示します。
長期使用の安全性も確認されており、腎機能低下患者にも使用可能という利点があります。ただし、低カルシウム血症のリスクがあるため、必ずカルシウムとビタミンD製剤を併用する必要があります。
4. カルシトニン製剤
骨吸収を抑制するだけでなく、強い鎮痛作用も持つため、骨折直後の疼痛管理にも有効です。週1〜2回の筋肉注射で使用します。即効性があり、骨粗鬆症に伴う痛みの緩和に特に効果を発揮します。
骨粗鬆症治療のもう一つの重要なアプローチは、骨形成(新しい骨を作る過程)を促進することです。これらの薬剤は、骨芽細胞の活性化や増殖を促し、積極的に骨量を増加させます。
1. 副甲状腺ホルモン製剤(テリパラチド)
骨芽細胞を直接活性化させて、新しい骨の形成を促進する薬剤です。従来の骨吸収抑制薬とは異なり、積極的に骨の量を増やす作用があります。
特に骨密度が著しく低下している重症例や、既に骨折を経験している患者さんに効果的です。投与方法には次の3タイプがあります。
骨密度を急速に増加させ、椎体骨折を約70%減少させる強力な効果があります。ただし、使用期間は最大2年間までと限られているため、その後は別の治療薬への移行が必要です。
副作用として、悪心、嘔吐、頭痛、めまい、一過性の血中カルシウム値上昇などが報告されています。
2. 抗スクレロスチン抗体(ロモソズマブ)
骨形成を抑制するスクレロスチンというタンパク質の働きを阻害することで、「骨形成促進」と「骨吸収抑制」の両方の作用を持つ革新的な薬剤です。いわば「二刀流」の効果を発揮します。
月1回の皮下注射を12ヶ月間(1年間)続けることで、短期間で骨密度を著しく増加させます。従来の治療薬に比べて、より迅速かつ大幅な骨密度増加が期待できます。
特に骨折リスクが高い患者さんに対して使用され、椎体骨折のリスクを約70%、非椎体骨折のリスクを約20%減少させることが報告されています。
ただし、心血管イベント(心筋梗塞や脳卒中など)のリスクが若干上昇する可能性があるため、心血管疾患のある患者さんへの使用には注意が必要です。
3. 活性型ビタミンD3製剤
間接的に骨形成を促進する薬剤で、主にカルシウムやリンの腸管からの吸収を促進します。骨代謝全体のバランスを整える効果があり、長年骨粗鬆症治療に用いられています。
単独での骨密度増加効果は限定的ですが、他の骨粗鬆症治療薬との併用で効果を発揮します。特に高齢者や日光曝露が少ない方に有効です。
骨粗鬆症治療薬の選択は、患者さんの状態や生活環境、既往歴などを考慮して、医師が総合的に判断します。ここでは、薬剤選択の基準と副作用対策について解説します。
治療薬選択の主な基準
治療薬のランキング(骨密度上昇効果の観点から)
主な副作用と対策
治療継続のポイント
骨粗鬆症治療の最大の課題は治療の継続です。研究によると、治療開始後1年で約50%の患者さんが処方通りの服薬ができていないという報告があります。しかし、骨折予防効果を発揮するためには継続的な治療が不可欠です。
服薬が難しい場合は、次のような対応も検討できます。
骨粗鬆症の治療は薬物療法だけでなく、運動療法と食事療法を組み合わせた総合的なアプローチが重要です。これらの非薬物療法は、薬の効果を高めるだけでなく、筋力強化や転倒予防にも役立ちます。
効果的な運動療法
骨は適切な負荷がかかることで強くなる特性があります。しかし、骨粗鬆症患者さんがジャンプやジョギングなどの強い負荷をかける運動を行うと、骨折リスクが高まる恐れがあります。安全に行える効果的な運動として、以下が推奨されています。
運動を行う際は、無理をせず、痛みが出たら中止することが重要です。また、転倒予防のため、安全な環境で行いましょう。
骨を強くする食事療法
骨粗鬆症の食事療法は、「カルシウムを多く摂る」というイメージがありますが、実際にはバランスの良い食事が基本です。特に以下の栄養素に注目しましょう。
避けるべき食習慣
食事だけでカルシウムなどの必要量を摂取するのが難しい場合は、医師と相談の上でサプリメントの活用も検討しましょう。ただし、サプリメントの過剰摂取は高カルシウム血症などのリスクがあるため、適切な量を守ることが大切です。
整形外科医からのメッセージ
骨粗鬆症の治療目的である骨折予防効果を明確に発揮できるまでの治療期間は1年以上必要です。また、閉経後骨粗鬆症の主な原因であるエストロゲンの減少は生涯続くため、骨粗鬆症の治療も長期にわたり必要となることが少なくありません。
特に脆弱性骨折を経験された方は、骨折の連鎖を予防するためにも骨粗鬆症治療をしっかり継続しましょう。治療は根気強く継続することが重要です。薬物療法に加えて、適切な運動と食事を取り入れることで、骨折リスクを効果的に低減し、QOL(生活の質)を維持・向上させることが可能です。症状がなくても定期的な検診を受け、早期発見・早期治療を心がけましょう。
日本骨粗鬆症学会の治療ガイドラインによる最新の治療推奨は以下をご参照ください。
日本骨粗鬆症学会 診療ガイドライン