HIV感染の急性期は、感染成立後2~4週間で発症する重要な時期です。この時期にはHIV血症が急速にピークに達し、ウイルス量が著明に増加します。
急性期の主な症状には以下があります。
これらの症状はインフルエンザや伝染性単核球症様の症状として現れ、症状の程度は全く無自覚から無菌性髄膜炎に至るほど重篤なものまで様々です。症状は数日から10週間程度続き、多くの場合自然に軽快します。
診断において重要なのは、アクティブな性行為感染症(梅毒、淋病、コンジローマ、クラミジアなど)を上記急性感染症状と同時に認めた場合、積極的にHIV感染を疑うことです。急性期に診断できれば、その後の治療及び経過に圧倒的に有利となります。
急性HIV感染症と診断された場合、速やかな抗HIV療法(ART)の開始が強く推奨されています。極めてウイルス量が高い急性期に治療することで、他人へのウイルス伝播リスクが大幅に低下するためです。
急性期症状が治まった後、HIV感染者は長期間の無症候期に入ります。この期間は数年から10年ほど続き、個人差が大きく、1~2年以内にエイズを発症する場合もあれば、長期間発症しない場合もあります。
無症候期の特徴。
感染後の免疫応答により、ピークに達していたウイルス量は6~8ヶ月後にある一定のレベルまで減少し、定常状態(セットポイント)となります。しかし、この期間中も免疫力は少しずつ低下していき、CD4陽性細胞の破壊が進行します。
無症候期によく見られる症状。
この時期に性行為感染症、肝炎、繰り返す帯状疱疹、ヘルペス、結核、口腔カンジダ、赤痢アメーバなどがきっかけとなってHIV感染が判明することも少なくありません。
治療を行わない場合、HIV感染症は最終的にエイズ(後天性免疫不全症候群)に進行します。エイズは非常に重篤な日和見感染症やがんが発生することと定義され、これらは通常、血液1マイクロリットル当たりのCD4陽性細胞数が200個未満の人にのみ発生します。
主な日和見感染症。
肺の感染症 🫁
中枢神経系感染症 🧠
消化器系感染症 🍽️
エイズ関連悪性腫瘍には、カポジ肉腫、脳原発悪性リンパ腫、非ホジキンリンパ腫などがあります。これらの疾患は23種類のAIDS指標疾患として定められており、いずれかを発症した状態がエイズと診断されます。
興味深いことに、結核の発症によりHIV感染やエイズが判明するケースも多く見られます。結核は比較的早期のHIV感染症でも発症しやすい疾患として知られています。
現在のHIV感染症治療の中核は抗HIV療法(ART:Antiretroviral therapy)です。ARTは血中のウイルス量を検出感度未満まで抑制し、一度低下したCD4数を回復させることも可能になりました。
抗HIV薬の5つの分類。
1. 核酸系逆転写酵素阻害剤(NRTI) 💊
2. 非核酸系逆転写酵素阻害剤(NNRTI) 🧬
3. プロテアーゼ阻害剤(PI) ⚙️
4. インテグラーゼ阻害剤(INSTI) 🔗
5. 侵入阻害薬 🚪
標準的な初回治療レジメンには以下の組み合わせが推奨されます。
最近では2~3種類の成分が1錠に含まれた合剤が多数開発されており、1日1回1錠での治療も可能となっています。また、ある一定の条件を満たす患者では、2種類での治療でも3種類の薬と同等の効果が期待できます。
HIV感染症治療において最も革新的な進歩の一つが、持効性注射製剤の開発です。Cabenuva(カボテグラビル+リルピビリン注射剤)は、1~2ヶ月に1回の筋肉注射による治療を可能にしました。
持効性注射療法の特徴。
適応条件 ✅
治療効果 📊
患者メリット 🎯
現在のARTにより、HIV感染症の予後は劇的に改善しています。デンマークのコホート調査では、HIV感染者(C型肝炎重複感染を除外)の一般住民集団との余命の差が約10年となっており、北米とヨーロッパの国際共同研究では、ARTによってHIV感染者の平均余命が約13年間延長していることが示されています。
治療開始後は定期的な血液検査によってウイルス量や免疫状態(CD4陽性Tリンパ球数)をモニタリングし、薬剤の副作用や耐性ウイルスの出現にも注意を払う必要があります。また、患者の生活習慣の改善や心理的サポートも重要な治療の一部となります。
重要なのは、抗HIV薬はHIVを体内から完全に排除できる薬ではないため、開始したら一生継続していく必要があることです。しかし適切な治療により、HIV感染者は非感染者と同等の寿命が期待でき、性行為による他者への感染や母子感染の予防も可能になっています。
HIV感染症の診断と治療に関する最新情報は国立感染症研究所で確認できます。