チオリダジンは、1962年2月に日本で承認されたフェノチアジン系の第一世代抗精神病薬でした。当初は統合失調症、神経症における不安・緊張・抑うつおよび興奮、さらにうつ病や老年精神病における不安・焦燥・興奮・多動などの症状に対して使用されていました。
参考)https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%AA%E3%83%AA%E3%83%80%E3%82%B8%E3%83%B3
しかし、2005年6月にアメリカや欧州で販売中止され、日本でも同年12月に販売が中止となりました。この販売中止は世界的な動きで、カナダでは2005年9月30日までに販売を中止するよう要請が出されていました。
参考)https://www.mhlw.go.jp/shingi/2006/03/dl/s0324-3i.pdf
販売中止の時系列:
チオリダジンの販売中止の最大の理由は、重篤な心毒性、特にQT延長症候群とそれに続く不整脈による突然死のリスクでした。
参考)https://www.mhlw.go.jp/www1/houdou/1209/h0927-1_a_15.html
主な心毒性リスク:
1998年の医薬品安全性情報では、20代女性の症例が報告されており、チオリダジン175mg を113日間投与中に心停止、QT延長症候群、心室細動が発現し、QTcは0.67秒と著明に延長していました。この症例では低カリウム血症も併発しており、チオリダジンの心毒性リスクの深刻さを示しています。
チオリダジンの販売中止には、危険な薬物相互作用も大きく関わっていました。特に以下の薬剤との併用は禁忌とされていました:
参考)https://www.pmda.go.jp/safety/info-services/drugs/calling-attention/revision-of-precautions/0048.html
併用禁忌薬剤:
これらの薬剤とチオリダジンを併用すると、チオリダジンの血中濃度が上昇し、不整脈やQT延長のリスクが著しく高まることが判明していました。特にCYP2D6による代謝阻害により、チオリダジンの毒性が増強されることが問題となりました。
また、低カリウム血症や低マグネシウム血症のある患者では、QT延長が起こりやすくなるため、慎重投与が必要とされていました。
チオリダジンの販売中止により、医療現場では代替薬への切り替えが急務となりました。厚生労働省からは「チオリダジンを使用している患者は他の代替抗精神病薬に切り替えること」との指示が出されました。
推奨される代替薬カテゴリ:
🔹 非定型抗精神病薬(第二世代):
🔹 定型抗精神病薬(慎重選択):
代替薬選択の際は、症状の再燃とコリン作動性リバウンドを防止するため、段階的な切り替えが重要とされました。また、各代替薬も心電図モニタリングが推奨される場合があり、特に高用量使用時や心疾患のリスクファクターがある患者では注意深い観察が必要です。
現在の抗精神病薬等価換算表では、チオリダジンは「メレリル(販売中止)」として記載されており、CP換算値は100とされています。これは代替薬への切り替え時の用量調整の参考として用いられています。
参考)https://js-pp.or.jp/cp/
チオリダジンの販売中止は、予想外の分野にも影響を与えました。最も注目すべきは、抗微生物作用の喪失です。
意外な抗菌特性:
チオリダジンは、細菌の排出ポンプを阻害することで抗微生物活性を示していました。特に、β-ラクタマーゼの分泌を阻害し、β-ラクタム系抗生物質の効果を回復させる作用が確認されていました。この特性により、肉芽腫性アメーバ性脳炎の治療において、従来の抗アメーバ薬との併用による治療成功例も報告されていました。
小児医療への深刻な影響 👶:
児童青年精神医学会からは、「発達障害の行動上の問題に適用が認められていたチオリダジンが発売中止になった」ことにより、この分野の向精神薬が極めて少なくなったとの懸念が表明されました。
参考)https://child-adolesc.jp/proposal/2007-05-30/
医薬品情報の整理への影響 📚:
多くの医薬品の添付文書から、チオリダジンとの相互作用に関する記載が削除される改訂が行われました。これにより、過去の薬物相互作用データベースの整理と更新が必要となりました。
参考)https://www.amel-di.com/medical/di/download/news?nid=24662
現在では、チオリダジンの代替として、より安全性プロファイルの優れた非定型抗精神病薬が主流となっており、心毒性リスクの大幅な軽減が実現されています。しかし、その独特な抗微生物作用については、新たな研究アプローチが模索されている状況です。