ぶどう膜炎は、眼球内の血管に富んだ組織である「ぶどう膜」に生じる炎症性疾患の総称です。ぶどう膜は虹彩、毛様体、脈絡膜の3つの構造から構成され、これらは一つの連続した膜として機能しています。
解剖学的構造と機能
ぶどう膜は豊富な血管網と色素細胞を含んでいるため、炎症が生じると眼球内に炎症細胞や血管透過性亢進による浸出液が侵入し、様々な症状を引き起こします。この解剖学的特徴により、ぶどう膜炎は「内眼炎」とも呼ばれ、外眼部炎症とは異なる病態を示します。
炎症の部位により前部ぶどう膜炎(虹彩炎、虹彩毛様体炎)、中間部ぶどう膜炎、後部ぶどう膜炎、汎ぶどう膜炎に分類され、それぞれ異なる症状パターンを呈します。
日本国内での有病率は10万人あたり52.4人とされており、決して稀な疾患ではありません。しかし、診断の遅れは重篤な合併症につながる可能性があるため、医療従事者による早期認識が重要です。
ぶどう膜炎の原因は大きく感染性と非感染性に分類され、それぞれ異なる病原体や病態が関与しています。適切な治療法選択のためには、この分類に基づいた鑑別診断が不可欠です。
非感染性ぶどう膜炎の主要原因
日本における非感染性ぶどう膜炎では、以下の3疾患が特に重要です。
これら3疾患はぶどう膜炎の発症原因の約40%を占めており、全身検査による確定診断が重要となります。
感染性ぶどう膜炎の病原体
感染性ぶどう膜炎では、以下の病原体が主要な原因となります。
特にトキソプラズマ症は、猫の糞や生肉を介した感染が知られており、生活歴の聴取が診断の手がかりとなります。
興味深いことに、ぶどう膜炎患者の約3人に1人は原因疾患が特定できない「特発性ぶどう膜炎」とされており、継続的な経過観察と再評価が重要です。
ぶどう膜炎の初期症状は炎症部位により特徴的なパターンを示すため、症状の把握は診断の重要な手がかりとなります。
前部ぶどう膜炎の初期症状
前部ぶどう膜炎では最も激しい症状が現れることが特徴的です。
これらの症状は急性発症することが多く、結膜炎との鑑別が重要です。前部ぶどう膜炎では目やにの分泌が少ないことが鑑別点の一つとなります。
中間部・後部ぶどう膜炎の初期症状
中間部および後部ぶどう膜炎では、前部ぶどう膜炎とは異なる症状パターンを示します。
これらの症状は痛みを伴わないことが多く、患者が症状を軽視しがちなため、診断の遅れにつながりやすい特徴があります。
両眼性と片眼性の鑑別意義
症状の発現パターンは診断的価値があります。
特に片眼性で非典型的な経過をたどる場合は、網膜芽細胞腫や白血病などの悪性腫瘍が隠れている可能性があり、約9%の網膜芽細胞腫症例が当初ぶどう膜炎と誤診されています。
年齢による症状の特徴
小児のぶどう膜炎では、前部ぶどう膜炎でも軽度の刺激感や視力低下程度の症状しか現れないことがあり、成人とは異なる症状パターンを示すため、特に注意深い観察が必要です。
ぶどう膜炎の診断には眼科的検査と全身検査の両方が重要であり、原因疾患の特定により治療方針が大きく変わります。
基本的眼科検査
特殊検査
全身検査の意義
ぶどう膜炎の3人に1人は全身疾患に関連するため、包括的な全身評価が不可欠です。
感染性と非感染性の鑑別ポイント
適切な治療選択のため、感染性と非感染性の鑑別は極めて重要です。
感染性ぶどう膜炎の特徴
非感染性ぶどう膜炎の特徴
この鑑別を誤ると、感染性ぶどう膜炎にステロイド治療を行った場合に病状が急激に悪化する危険性があります。
診断的治療の概念
原因が特定困難な場合には、診断的治療として特定の薬剤に対する反応を評価することがあります。例えば、抗ウイルス薬への反応によりヘルペス性ぶどう膜炎を疑う、といったアプローチです。
ぶどう膜炎の治療目標は炎症の制御により視力障害につながる合併症を予防することです。治療法は原因、炎症部位、重症度により個別化する必要があります。
ステロイド治療の基本戦略
ステロイドはぶどう膜炎治療の中核を担います。
投与経路の選択基準
補助的薬物療法
感染性ぶどう膜炎の特殊治療
原因病原体に応じた特異的治療が重要です。
合併症管理と予防
ぶどう膜炎は多くの合併症を引き起こす可能性があります。
これらの合併症は永久的な視力障害をもたらす可能性があるため、定期的な検査による早期発見と適切な治療が不可欠です。
長期フォローアップの重要性
ぶどう膜炎は良くなったり悪くなったりを繰り返す慢性疾患の特徴を持ちます。そのため、以下の点に注意した長期管理が必要です。
予後改善のための包括的アプローチ
良好な視機能の維持には、眼科医だけでなく内科医、リウマチ医などとの連携による包括的な治療アプローチが重要です。特に全身性疾患に伴うぶどう膜炎では、原疾患の治療が眼症状の改善に直結することが多く、多科連携による総合的な管理が予後を大きく左右します。
日本眼科学会のぶどう膜炎診療ガイドラインに基づいた標準的治療の実践
https://www.nichigan.or.jp/public/disease/name.html?pdid=21