グリコシド結合の加水分解における条件と反応機構

グリコシド結合の加水分解はどのような条件で進行し、酵素や酸によってどのように制御されるのでしょうか?

グリコシド結合の加水分解条件

記事のポイント
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酸加水分解の条件

pH、温度、時間の3要素が分解速度を制御します

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酵素反応の特異性

グリコシダーゼが結合型に応じて選択的に加水分解を触媒します

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反応機構の違い

アノマー保持型と反転型の2つの機構が存在します

グリコシド結合の酸性条件下での加水分解

グリコシド結合はアセタール構造を持つため、酸性条件下で容易に加水分解されます。この反応はプロトン(H⁺)がグリコシド結合の酸素原子の不対電子対に結合することで進行します。酸加水分解の速度は、pH、反応温度、加熱時間の3つの要因に強く依存します。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/kakyoshi/70/1/70_24/_pdf

一般的に多糖類の多くはpHの低い条件で加熱すると酸加水分解が生じます。特にpH4以下の条件では、グリコシド結合の分解が顕著になります。希酸水溶液中でセルロースを処理すると、反応初期に急激な重合度の低下が観察されますが、約200〜300程度で安定化します。これは結晶領域と非晶領域の構造的な違いによるものです。
参考)多糖類の分解~力価低下の要因~

濃硫酸(72%)、濃塩酸(41%)、濃リン酸(85%)などの高濃度酸では、セルロースは溶解しながら分解されます。ただし、生成した単糖は脱水反応により過分解を受け、ヒドロキシメチルフルフラール、レブリン酸、ギ酸などへと変質します。この過分解を抑制するため、濃硫酸で室温処理後に希釈してから加熱還流する方法が採用されています。​
酸加水分解の速度は糖の結合様式によっても異なります。α1-4結合を持つマルトースの加水分解速度は、β1-4結合のセロビオースよりも速いことが知られています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/massspec/52/2/52_2_72/_pdf

グリコシド結合の中性・アルカリ性条件での挙動

グリコシド結合は中性pH条件下での加熱に対して一般的に安定であると考えられていますが、実際には異性化反応や脱離反応など様々な反応を起こしうることが明らかになっています。特に3-O-置換アルドースを含むオリゴ糖では、中性pH条件下でも熱的不安定性が認められました。
参考)https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010947817.pdf

アルカリ性条件下では、β脱離と呼ばれる特徴的な分解反応が進行します。この反応はウロン酸を構成糖とする多糖類で特に生じやすく、ペクチン(特に高メトキシルペクチン)やアルギン酸エステルが該当します。pHが高いほど、また加熱温度や時間が増すほど、β脱離は進行しやすくなります。​
グリコシド結合を有するアミド化合物の場合、pH8.0以上の水熱処理条件ではアミド結合の加水分解が優先的に進行し、グリコシド結合の分解が抑制されることが報告されています。反応温度が110℃以上でアミド結合の加水分解が良好に進行し、300℃以下では原料の炭化が抑制されます。
参考)https://www.obihiro.ac.jp/wp/wp-content/uploads/2024/09/JPA-2022089623-000000.pdf

塩基性溶液中では、グリコシド結合の開裂機構として過酸化物ラジカルによるC1位の水素引き抜きが提案されています。この機構では、C1位にカルボニル基が生じることでグリコシド結合が開裂されます。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/jtappij1955/27/8/27_8_371/_pdf

グリコシダーゼによる酵素的加水分解の反応条件

グリコシダーゼ(グリコシド加水分解酵素)は、グリコシド結合を特異的に加水分解する酵素の総称です。これらの酵素は、C-O結合開裂反応の速度を10¹⁷倍に増加させることができ、自然界で最も豊富で効率的な酵素の一つです。
参考)グリコシダーゼ - Wikipedia

酵素反応の至適条件は酵素種によって大きく異なります。通常のグリコシダーゼは中性付近のpHで最適活性を示しますが、酸性条件で作用する酵素や耐アルカリ性を持つ酵素も存在します。温度条件に関しては、超好熱性細菌由来の耐熱性セルラーゼが70℃以上で高活性を示し、90〜100℃でも活性を維持することが報告されています。このような耐熱性酵素は至適温度が100℃以上に達します。
参考)グリコシダーゼ (耐熱性)|【ライフサイエンス】製品情報|試…

プロテオグリカンの糖鎖を加水分解する酵素の場合、36〜38℃、pH3.0〜6.5の条件で非還元末端側から2糖ずつ遊離するように作用します。転移反応を伴う場合は、2〜50℃、pH5.0〜8.5の条件が好適とされ、低温条件(16℃以下)では糖鎖の伸長効率が向上します。
参考)https://www.innovation.hirosaki-u.ac.jp/wp-content/uploads/2021/03/18.2-5470612.pdf

グリコシダーゼは結合様式に対して高い特異性を持ちます。例えば、α-1,4結合を加水分解するα-アミラーゼは重合体の中央部で作用しますが、アミログルコシダーゼは末端の結合のみを切断します。また、β-1,2結合を加水分解する酵素、β-1,4結合を切断するセルラーゼなど、それぞれ異なるヒドロラーゼが必要です。
参考)ビデオ: 加水分解

糖質加水分解酵素の基質特異性に関する詳細情報

グリコシド結合加水分解の反応機構と触媒残基

グリコシド結合の加水分解反応機構は、大きく「アノマー保持型」と「アノマー反転型」の2種類に分類されます。
参考)http://icho.csj.jp/51/pre/IChO51_TheoreticalProblem_19_JpnF.pdf

アノマー反転型機構では、触媒部位に存在する解離状態が異なる2個の酸性アミノ酸残基(アスパラギン酸やグルタミン酸)が反応を触媒します。一般酸触媒がグリコシド結合にプロトンを転移して脱離基の遊離を促し、同時に一般塩基触媒が水分子を活性化して求核攻撃を促進します。この機構では基質と生成物でアノマー配置が反転します。
参考)https://agriknowledge.affrc.go.jp/RN/2010891115.pdf

アノマー保持型機構は2段階で進行します。第1段階では求核触媒残基が糖のアノマー位に求核攻撃を行い、共有結合型の糖-酵素中間体を形成します。この際、一般酸/塩基触媒がプロトンを供与して脱離基の遊離を促進します。第2段階では、同じ触媒残基が今度は一般塩基として作用し、水分子を活性化して中間体を加水分解します。2回の反転により、最終的に基質と同じアノマー配置の生成物が得られます。
参考)糖質加水分解酵素ファミリー内の機能の保存性と多様性

グリコシドハイドロラーゼファミリー116では、従来の側方からのプロトン化とは異なる「垂直プロトン化」機構が発見されました。この場合、触媒酸/塩基(His302)と求核触媒の距離が約8Åと、通常の4.5〜6.5Åより大きく、ヒスチジンがピラノース環の平面の上方からプロトン化を行います。
参考)https://pubs.acs.org/doi/10.1021/acscatal.3c00620

一般酸/塩基触媒残基の側鎖カルボキシル基のpKaは、酵素反応において重要な役割を果たします。遊離型グルタミン酸のpKaはpH4程度ですが、中性付近で作用するキシラナーゼでは一般酸/塩基触媒残基のpKaがかなり高められており、これが酵素の作用pH範囲を規定しています。
参考)https://www.jbsoc.or.jp/seika/wp-content/uploads/2013/05/81-12-11.pdf

グリコシダーゼの分子機構研究の詳細

グリコシド結合加水分解の医療・産業応用における制御

グリコシド結合の加水分解制御は、医療分野での糖鎖関連疾患の理解や治療薬開発に重要です。糖質加水分解酵素を利用した糖鎖組換え反応により、生理活性糖鎖の創製が可能になります。α-ガラクトシダーゼなどの酵素活性を制御することで、医療応用を目指した研究が進められています。
参考)https://wakayama-u.repo.nii.ac.jp/record/2003325/files/AN00257977.72.107.pdf

人工触媒による選択的加水分解も開発されています。分子インプリンティング法により調製された合成グリコシダーゼは、水溶性で天然酵素に匹敵する寸法を持ち、特定のグリコシド結合を選択的に加水分解できます。ポリアクリレートゲル触媒を用いた研究では、238種のゲルから最適な触媒を選別し、メリビオースの1→6 α-グリコシド結合を選択的に加水分解することに成功しています。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC8189344/

産業応用では、反応条件の最適化が重要です。応答曲面法を用いた寒天やタンパク質の酵素的加水分解条件の最適化により、効率的な分解プロセスが確立されています。食品産業では、多糖類の力価低下を防ぐため、pH、加熱温度、加熱時間の適切な管理が求められます。
参考)https://www.semanticscholar.org/paper/63ca6c0597139a71481d8553ab9c231b64f46736

澱粉加工、醸造、製紙、製薬などの産業では、α-アミラーゼなどのグリコシダーゼがα-1,4グリコシド結合を加水分解する反応が広く利用されています。デンプンからマルトースへの分解では、酵素アミラーゼによる制御された加水分解が行われます。
参考)【多糖類】デンプン(アミロース・アミロペクチン)/セルロース…

最近の研究では、β-1,2-グルコシド結合をα-1,6-グルコシド結合につなぎ変える史上初のアノマー反転型糖転移反応を触媒する酵素が発見されました。このような新規酵素の発見は、糖鎖工学における新たな可能性を開きます。
参考)https://prtimes.jp/main/html/rd/p/000000029.000102047.html

最新の糖質加水分解酵素研究成果