非結核性抗酸菌症の症状と治療薬の最新知識

非結核性抗酸菌症は結核菌以外の抗酸菌による慢性的な肺感染症です。この記事では、症状の特徴や診断方法、標準治療から最新の治療薬までを医療従事者向けに解説します。適切な治療方針の選択にどのように役立てますか?

非結核性抗酸菌症の症状と治療薬

非結核性抗酸菌症の基本情報
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原因菌

土壌や水などの環境中に存在するMAC菌が最多(約90%)

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好発対象

中高年女性に多く、年齢とともに男性も増加

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治療期間

菌陰性化後も含め通常2年以上の長期治療が必要

非結核性抗酸菌症とは:原因菌と感染経路

非結核性抗酸菌症(NTM症)は、結核菌と似た細菌学的特性を持つものの、結核菌以外の抗酸菌によって引き起こされる慢性的な肺感染症です。特筆すべき点として、結核と異なり人から人への感染はしないという特徴があります。

 

原因となる非結核性抗酸菌は150種類以上存在していますが、日本における症例の約90%を占めるのがマイコバクテリウム・アビウム複合体(MAC)です。MACはさらにM. aviumとM. intracellulareに分類されます。その他にも、M. kansasii(約4%)やM. abscessus(約3%)などが原因菌として知られています。M. abscessusは特に治療抵抗性があり、さらにM. abscessus subsp. massilienzeとM. abscessus subsp. abscessusに細分化されます。

 

非結核性抗酸菌の感染経路としては、主に環境中の菌を吸入することで感染が成立します。具体的には以下のような環境が感染源となる可能性があります。

  • 水道水やシャワーヘッド
  • 温泉やプール施設
  • 土壌(ガーデニングなどの活動を通じて)
  • 空調設備(エアコンのフィルターなど)

近年の研究では、シャワーヘッドにバイオフィルムとして定着した非結核性抗酸菌が感染源となるケースが注目されています。米国のコロラド大学の研究チームによる調査では、一般家庭のシャワーヘッドから採取したサンプルの30%以上からMACが検出されたという報告もあります。

 

結核. 2019;94(10):501-513 非結核性抗酸菌症の疫学と最近の動向
非結核性抗酸菌症は全世界的に増加傾向にあり、日本においても患者数が増加しています。特に、閉経後の女性に多いことが特徴で、「レディ・ウィンドミル症候群」と呼ばれることもあります。これは細身の体型で、前かがみの姿勢が特徴的であることから名付けられました。しかし、男性でも加齢とともに発症率は上昇します。

 

非結核性抗酸菌症の主な症状と進行パターン

非結核性抗酸菌症の症状は一般的に緩徐に進行するため、初期段階では無症状であることも少なくありません。症状が現れる場合でも、特異的なものはなく、他の呼吸器疾患と似た症状を呈することが多いため、診断が遅れることがあります。

 

【主な症状】

  • 慢性的な咳:最も一般的な症状で、3週間以上持続する乾いた咳や、粘稠性の痰を伴う咳が特徴です。
  • 血痰:病変が進行すると血痰が出現することがあります。
  • 倦怠感:全身の疲労感や体力低下を感じることがあります。
  • 体重減少:慢性的な炎症により、徐々に体重が減少することがあります。
  • 発熱:高熱が出ることは少なく、微熱程度のことが多いです。
  • 呼吸困難:病気が進行すると、息切れや呼吸困難を感じるようになります。

非結核性抗酸菌症の進行パターンには、主に以下の2つのタイプがあります。

  1. 結節気管支拡張型(小結節・気管支拡張型)。
    • 中高年女性に多いパターン
    • 両側肺、特に右中葉や舌区(左上葉の一部)を中心に小結節影や気管支拡張像を呈する
    • ゆっくりと進行することが多い
  2. 線維空洞型。
    • 男性の喫煙者や既存の肺疾患を持つ患者に多いパターン
    • 上葉に空洞性病変を形成
    • 結核に類似した画像所見を示す
    • 比較的進行が早い

非結核性抗酸菌症の進行速度は個人差が大きく、数年間病状が変化しない例から、急速に悪化する例まで様々です。特に免疫抑制状態にある患者(HIV感染者、臓器移植後の患者、生物学的製剤使用中の患者など)では、病気の進行が早くなる傾向があります。

 

興味深いことに、非結核性抗酸菌症の患者の中には、胃食道逆流症(GERD)や副鼻腔炎などの合併症を持つ方が多いことが報告されています。これらの疾患が非結核性抗酸菌症の発症や進行にどのように関与しているかについては、現在も研究が進行中です。

 

非結核性抗酸菌症の診断基準と検査方法

非結核性抗酸菌症の確定診断には、臨床的特徴、画像所見、細菌学的検査の3つの要素が重要です。日本結核・非結核性抗酸菌症学会の診断基準では、以下の条件を満たす場合に診断が確定します。

 

【診断のための検査】

  1. 喀痰検査。
    • 抗酸菌塗抹検査:菌の有無を迅速に確認できますが、結核菌と非結核性抗酸菌の区別はできません。
    • 抗酸菌培養検査:菌種の同定が可能ですが、結果が出るまで2〜8週間かかります。
    • PCR検査:MAC、M. kansasii、M. aviumなどの特定の菌種を迅速に検出できます。
    • 同一の菌種が2回以上検出されることが診断に必要です。
  2. 画像検査。
    • 胸部X線検査:初期スクリーニングとして有用ですが、詳細な評価には限界があります。
    • 胸部CT検査:小さな結節や気管支拡張などの特徴的な所見を詳細に評価できます。
    • 典型的な所見としては、小結節影、気管支拡張、粒状影、tree-in-bud pattern(小葉中心性の分岐状陰影)があります。
  3. 気管支鏡検査。
    • 喀痰採取が困難な場合や、他疾患との鑑別が必要な場合に実施します。
    • 気管支洗浄液や組織生検を採取し、細菌学的・病理学的検査を行います。
  4. 血液検査。
    • MAC症の場合、抗GPL-core IgA抗体検査が補助診断として有用です。
    • 感度約80%、特異度約90%と報告されていますが、単独での診断確定には不十分です。

【診断基準】
米国胸部疾患学会/米国感染症学会(ATS/IDSA)の診断基準では、以下の条件を満たす場合に肺非結核性抗酸菌症と診断します。

  • 臨床的基準:呼吸器症状があり、他の原因が除外されている
  • 放射線学的基準:胸部X線またはCTで多発性結節影、気管支拡張などの所見がある
  • 細菌学的基準:以下のいずれかを満たす
  • 少なくとも2回の別々の喀痰検体で培養陽性
  • 1回の気管支洗浄液で培養陽性
  • 肺生検組織で抗酸菌の組織学的特徴があり、培養陽性または組織PCR陽性

非結核性抗酸菌症の診断において重要なのは、単に菌が検出されただけでは「定着」か「感染症」かの区別ができないという点です。特に高齢者では、気道に菌が定着しているだけのケースも少なくありません。そのため、臨床症状と画像所見を総合的に評価することが不可欠です。

 

日本結核・非結核性抗酸菌症学会 肺非結核性抗酸菌症診療のガイドライン

非結核性抗酸菌症の標準治療薬と使用法

非結核性抗酸菌症の治療は原因菌種によって異なりますが、最も一般的なMAC症の標準治療について詳しく解説します。

 

【MAC症の標準治療】
MAC症の治療には複数の抗菌薬を長期間併用することが基本となります。標準治療レジメンは以下の3剤併用療法です。

  • クラリスロマイシン(またはアジスロマイシン):マクロライド系抗菌薬で、治療の中心的役割を果たします。
  • エタンブトール:抗結核薬として使用される薬剤で、菌の細胞壁合成を阻害します。
  • リファンピシン:リファマイシン系抗菌薬で、細菌のRNA合成を阻害します。

重症例や空洞病変を有する症例では、初期にアミカシン(アミノグリコシド系抗菌薬)の追加が考慮されることもあります。

 

【投与量と治療期間】
標準的な投与量は以下の通りです。

薬剤名 標準投与量 主な副作用
クラリスロマイシン 600-800mg/日、分2 消化器症状、QT延長、肝機能障害
アジスロマイシン 250mg/日、分1 消化器症状、QT延長、肝機能障害
エタンブトール 15-25mg/kg/日、分1 視神経障害(視力低下、色覚異常)
リファンピシン 450-600mg/日、分1 肝機能障害、薬物相互作用、体液オレンジ色化
アミカシン 15mg/kg、週3回(初期2-3ヶ月) 腎障害、聴覚障害

治療期間は、喀痰培養が陰性化してから最低12ヶ月間の継続が推奨されています。全体の治療期間は通常18〜24ヶ月以上に及びます。

 

【治療開始の判断】
非結核性抗酸菌症は必ずしも全ての患者で治療を開始する必要はありません。治療開始の判断は以下の要素を考慮して行います。

  • 症状の有無と程度
  • 画像所見(特に空洞病変の有無、病変の広がり)
  • 喀痰検査での菌量
  • 基礎疾患や全身状態
  • 年齢
  • 治療による副作用のリスク

以下のような場合には、積極的な治療開始が考慮されます。

  • 画像所見で空洞病変がみられる場合
  • 複数の肺葉に病変が広がっている場合
  • 痰から多数の菌が検出される場合
  • 症状が進行している場合
  • 基礎疾患がない、または軽度の場合

【治療における課題】
非結核性抗酸菌症の治療には以下のような課題があります。

  • 長期治療による副作用のリスク
  • 薬剤耐性の出現
  • 治療完了後の再発リスク(5年間で約30-50%)
  • 複数の薬剤による相互作用
  • 高齢者における忍容性の問題

これらの課題に対応するため、治療開始前に十分な説明と同意取得が重要です。また、治療中は定期的な副作用モニタリングとして、視力検査、聴力検査、血液検査(肝機能、腎機能)を実施する必要があります。

 

非結核性抗酸菌症の治療成功率は菌種によって異なりますが、MAC症では適切な治療を行った場合の菌陰性化率は約60-80%とされています。一方、M. abscessusによる感染症では治療成功率は30-50%程度と低く、治療に難渋することが多いです。

 

非結核性抗酸菌症の新規治療薬と革新的アプローチ

非結核性抗酸菌症の治療は長期にわたり、従来の治療法では十分な効果が得られないケースも少なくありません。近年、新たな治療薬や治療アプローチが開発され、治療選択肢が広がりつつあります。

 

【アミカシンリポソーム吸入療法(Amikacin Liposome Inhalation Suspension: ALIS)】
難治性MAC肺感染症に対する画期的な治療法として、アミカシンリポソーム吸入療法が注目されています。アミカシンをリポソームに封入することで、肺への薬剤送達を最適化し、全身への副作用を軽減しながら局所での高濃度達成を可能にした製剤です。

 

  • 商品名:アリケイス®吸入液590mg
  • 投与方法:専用ネブライザーを用いて1日1回吸入
  • 適応:多剤併用療法で効果不十分なMAC肺感染症
  • 有効性:従来治療に追加することで、菌陰性化率が約3倍に向上したとの報告あり
  • 主な副作用:咳嗽、呼吸困難、喉頭刺激感、嗄声など

この治療法は2023年に日本でも承認され、既存の多剤併用療法で効果不十分な患者に新たな選択肢をもたらしています。ただし、高額な薬剤費や吸入手技の煩雑さなどの課題もあります。

 

【ベダキリン】
結核治療薬として開発されたベダキリン(商品名:サチュロ®)は、細菌のATP合成酵素を阻害する新しい機序の抗菌薬です。近年、一部の非結核性抗酸菌にも有効性が示されており、特にM. abscessusなどの難治性菌種に対する治療選択肢として期待されています。

 

  • 投与方法:経口投与
  • 特徴:既存の抗菌薬とは異なる作用機序を持つ
  • 研究状況:臨床試験が進行中で、実臨床での使用経験は限定的

【クロファジミン】
もともとハンセン病治療薬として使用されていたクロファジミンも、非結核性抗酸菌症、特にMAC症に対する効果が報告されています。マクロライド耐性菌に対しても活性を示すことから、難治例への使用が期待されています。

 

  • 投与方法:経口投与(通常100mg/日)
  • 特徴:抗菌作用と抗炎症作用を併せ持つ
  • 主な副作用:皮膚の赤褐色化、QT延長、消化器症状

【テジゾリド】
オキサゾリジノン系抗菌薬の一つであるテジゾリドは、一部の非結核性抗酸菌に対して試験管内で活性を示すことが報告されています。特にM. abscessusに対する有効性が期待されています。

 

  • 投与方法:経口または静注
  • 特徴:1日1回投与で良好な組織移行性を示す
  • 研究状況:臨床データは限られており、今後の研究が待たれる

【その他の革新的アプローチ】

  • バイオフィルム破壊薬:非結核性抗酸菌のバイオフィルム形成が治療抵抗性の一因と考えられており、これを標的とした治療が研究されています。
  • 菌体内pH調節薬:マクロファージ内のpHを調節することで、細胞内菌の排除を促進する薬剤の開発が進められています。
  • 免疫調節療法:インターフェロンγなどのサイトカイン療法や、免疫調節薬による宿主免疫応答の最適化が試みられています。
  • 吸入抗菌薬:リポソームアミカシン以外にも、様々な抗菌薬の吸入製剤が開発中です。

非結核性抗酸菌症の治療は日々進化しており、従来の経口多剤併用療法に加え、新規薬剤や革新的な投与方法による個別化治療の可能性が広がっています。ただし、これらの新規治療法はまだエビデンスが限られており、専門医による慎重な判断のもとで使用されるべきです。

 

日本呼吸器学会 - 非結核性抗酸菌症(NTM症)について
非結核性抗酸菌症の治療においては、薬物療法だけでなく、栄養状態の改善や呼吸リハビリテーションなど総合的なアプローチが重要です。また、治療完了後も定期的な経過観察を継続し、再発の早期発見に努めることが推奨されます。