テトラヒドロカンナビノール(THC)急性中毒は、大麻やその合成物質による急性暴露により発症する医学的緊急事態です。特に近年注目されているのは、合成カンナビノイドによる中毒であり、これらの物質はTHCよりもはるかに強力で、カンナビノイド受容体CB1とCB2の完全アゴニストとして作用します。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC5392241/
急性中毒の主要症状として、以下の神経精神症状が報告されています。
病態生理学的メカニズムとして、THCとその合成誘導体は内因性カンナビノイドシステムを過剰に活性化し、ドーパミンとセロトニンの放出に影響を与えます。この神経伝達物質の異常な変動が、観察される神経精神症状の原因となっています。
参考)https://www.jstage.jst.go.jp/article/fpj/117/1/117_1_35/_article/-char/ja/
THC急性中毒では、神経症状と並行して重要な循環器・呼吸器症状が出現します。これらの症状は投与量と時間経過により二相性の変化を示すことが特徴的です。
参考)https://www.emalliance.org/education/case/kaisetsu45
循環器症状の特徴:
呼吸器症状と重篤な合併症:
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC9875316/
参考)https://mhlw-grants.niph.go.jp/system/files/report_pdf/%E5%B1%B1%E6%9C%AC202324037B-9.pdf
合成カンナビノイドによる急性中毒では、従来のTHCと比較して呼吸器症状がより重篤化する傾向があります。これは合成物質の受容体結合力がTHCの数百倍に達することが原因とされています。
参考)http://cannabis.kenkyuukai.jp/images/sys/information/20220111172320-8353287CBA4101C79F9CFDE30AD8B7442B3C6B23E2379BE3DDDB6784853E3746.pdf
臨床的には、初期の交感神経優位状態から副交感神経優位状態への移行を注意深く観察する必要があります。特に散瞳から縮瞳への変化、頻脈から徐脈への変化は、中毒の進行と重篤化を示唆する重要な指標となります。
THC急性中毒の診断は主に臨床症状に基づいて行われ、特異的な検査法には限界があります。診断プロセスにおいては、詳細な病歴聴取と系統的な身体所見の評価が不可欠です。
参考)https://www.imic.or.jp/library/mmwr/18171/
診断の要点:
検査の限界と課題:
従来のルーチン尿スクリーニング検査では、合成カンナビノイドは検出されません。このため、臨床診断に重点を置いた対応が求められます。重度の激越や意識障害を呈する患者では、以下の検査が推奨されます:
特殊検査の意義:
液体クロマトグラフィー・質量分析法(LC-MS/MS)による血清・尿中薬物濃度測定は、確定診断に有用ですが、緊急時の実用性は限られています。臨床現場では症状ベースの診断と治療開始が現実的なアプローチとなります。
横紋筋融解症の合併を示唆する高体温、持続性頻脈、血清クレアチニン上昇がある場合は、積極的な入院管理が必要です。
THC急性中毒の治療は主に支持療法が中心となり、特異的な解毒剤は存在しません。治療方針は症状の重症度と合併症の有無により決定されます。
第一選択治療:
症状別対症療法:
激越・興奮に対しては、ベンゾジアゼピン系薬剤が第一選択です。抗精神病薬の使用は痙攣閾値を下げる可能性があるため、一般的には推奨されません。
重篤な合併症への対応:
入院適応:
以下の症状を呈する患者は入院管理が必要です。
治療効果の判定には、症状の改善とバイタルサインの安定化を指標とします。多くの症例では24-48時間以内に症状の改善が期待されますが、合成カンナビノイドの場合はより長期間の観察が必要な場合があります。
近年、テトラヒドロカンナビノール急性中毒、特に合成カンナビノイドによる中毒の報告が急激に増加しています。この背景には、インターネットを通じた違法薬物の入手容易性と、規制をかいくぐる新規化学物質の継続的な開発があります。
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4584925/
疫学的特徴:
参考)https://pmc.ncbi.nlm.nih.gov/articles/PMC4972329/
2015年のアメリカでの調査では、合成カンナビノイド関連の毒物管理センターへの通報が1月の349件から4月の1,501件へと330%増加しました。この急激な増加は、新規合成物質の市場投入と密接に関連しています。
中毒の重症度と転帰:
報告された3,570例の分析では。
予防対策の重要性:
医療従事者による予防教育として、以下の点が重要です。
MSDマニュアル合成カンナビノイド中毒の詳細情報
合成カンナビノイドは従来の大麻製品と異なり、極めて高い毒性を示すため、医療従事者は最新の知識を継続的に更新し、適切な診断・治療技術を習得する必要があります。特に救急医療現場では、迅速な症状認識と適切な初期対応が患者の予後を大きく左右することを認識すべきです。