小児急性脳症(インフルエンザ脳症)の症状と治療方法について

小児の急性脳症は早期発見・早期介入が重要な疾患です。特にインフルエンザ脳症は発症から進行が早く、致命的になることも。医療現場ではどのような症状に注意し、どう治療すべきなのでしょうか?

小児急性脳症(インフルエンザ脳症)の症状と治療方法

小児急性脳症の基本知識
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疾患の定義

感染症に伴い急性発症する中枢神経機能不全で、24時間以上持続する意識障害が特徴

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疫学データ

国内年間約500-800人の発症、5%が死亡、36%に神経学的後遺症

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早期介入の重要性

進行が早く、診断の遅れが予後不良に直結するため迅速な対応が必須

小児急性脳症の初期症状と診断指標

小児急性脳症は、インフルエンザや突発性発疹症(ヒトヘルペスウイルス6,7型)、胃腸炎(ロタウイルス)などの感染症に伴って発症する中枢神経系の重篤な機能障害です。この疾患の早期発見には、特徴的な初期症状を理解することが極めて重要です。

 

急性脳症の初発症状は主に以下の3つのパターンに分類されます。

  1. 意識障害: JCS(Japan Coma Scale)20以上の意識障害が急性に発症し、24時間以上持続することが診断基準の一つとなっています。これは状況理解や人物認知の障害、会話不成立、言語表出障害などとして現れます。
  2. けいれん: 一般的な熱性けいれんとは異なり、以下の特徴があります。
    • 15分以上持続する
    • けいれんの間欠期に意識がはっきりしない
    • 治療に抵抗性を示すことが多い
  3. 異常行動・言動: 認知機能の急激な変化として現れます。具体的には。
    • 両親がわからない、実在しない人物が見える
    • 物体の誤認(自分の手を噛むなど)
    • 幻視・幻覚的訴え
    • 意味不明な言葉、ろれつ不良
    • 突然の情緒不安定(泣く、怒る、歌うなど)

発症時期については、先行する感染症の熱発後、数時間から1日以内に神経症状が出現することが約80%のケースで見られます。特に注意すべきは、発熱初期から急激に神経症状が進行する場合で、これは緊急対応が必要なサインです。

 

インフルエンザ脳症の病型分類と年齢別特徴

インフルエンザ脳症を含む小児急性脳症は、病態に基づいて複数の症候群に分類されます。各症候群は臨床像や画像所見、予後が異なるため、適切な治療方針の決定に重要です。

 

主要な脳症症候群とその特徴:

症候群名 略称 頻度 好発年齢 予後
けいれん重積型(二相性)急性脳症 AESD 34% 1.6歳 治癒34%・後遺症61%・死亡2%
可逆性脳梁膨大部病変を有する軽症脳炎脳症 MERS 18% 5.6歳 治癒94%・後遺症5%・死亡0%
急性壊死性脳症 ANE 3% 2.5歳 治癒23%・後遺症45%・死亡26%
分類不能 - 37% - -

 

年齢別の特徴としては、0〜3歳の乳幼児に最も発症頻度が高いことが国内調査で明らかになっています。特に典型的なのは。

  • AESD: 1歳前後で突発性発疹症に伴って発症し、後遺症を残しやすい
  • ANE: 乳幼児期にインフルエンザに伴って発症し、死亡率が高い
  • MERS: 幼稚園児から学童にインフルエンザや胃腸炎に伴って発症し予後良好

発症要因としては、病原体別では多い順にインフルエンザウイルス(16%)、HHV-6,7(16%)、ロタウイルス(4%)、RSウイルスとなっています。これらの情報は診断時の参考となるだけでなく、予後予測にも有用です。

 

急性脳症の診断には、臨床症状に加えてCT・MRIでの脳浮腫の確認や他疾患の鑑別が必要です。各症候群でMRI所見が特徴的であり、例えばMERSでは脳梁膨大部に可逆性の病変が見られ、AESDでは発症数日後に皮質下白質に拡散強調画像で高信号を呈します。

 

小児急性脳症の治療戦略と最新のエビデンス

小児急性脳症の治療は、残念ながら根本的な治療法がまだ確立されていない状況です。しかし、支持療法と特異的治療、そして場合によっては特殊治療を組み合わせることで、予後の改善が期待できます。

 

基本的な治療アプローチ:

  1. 支持療法
    • 呼吸・循環管理: けいれん持続時や意識レベル低下時は人工呼吸管理が必要
    • 体温管理: 発熱コントロールと体温管理療法(目標体温36°C)
    • 痙攣コントロール: 抗けいれん薬の持続投与
  2. 特異的治療
    • 抗ウイルス薬投与: オセルタミビル等のノイラミニダーゼ阻害薬
    • ガンマグロブリン大量療法: 免疫応答の調整目的
    • ステロイドパルス療法: サイトカインストームの抑制目的
  3. 特殊治療(効果が不十分な場合)
    • 脳低温・平温療法: 特にAESDでの有効性が報告されている
    • 血漿交換療法: 重症例での有効性が報告されている

最新のエビデンスとして、2023年の小児急性脳症診療ガイドラインでは、AESDに対する早期の体温管理療法(脳平温療法:目標体温36°C)がAESD発症リスクや後遺症リスクを低下させる可能性があることが報告されています。

 

ただし、急性脳症の治療法に関して質の高いエビデンスは乏しく、ほとんどが後方視的コホート研究に基づいています。特にAESDは高頻度(約40%)で神経予後不良(70%に後遺症)であるため、治療法の確立は重要な臨床課題となっています。

 

小児急性脳症診療ガイドライン2023(日本小児神経学会):最新の治療指針と体温管理療法に関するエビデンス

インフルエンザ脳症の合併症管理と長期予後

インフルエンザ脳症を含む急性脳症の管理において、合併症への対応は予後を左右する重要な要素です。特に注意すべき合併症と対応を理解しておく必要があります。

 

主要な合併症と管理方法:

  1. 多臓器不全
    • 急性脳症はサイトカインストームによる全身性の炎症反応を伴うことがあり、複数臓器の機能障害を引き起こす可能性があります。
    • 臓器別の機能評価と対応が必要です。
  2. DIC(播種性血管内凝固症候群)
    • 血液凝固・線溶系の異常が生じる場合があります。
    • 凝固因子の補充や抗凝固療法が検討されます。
  3. 細菌性肺炎
    • 二次感染として発生しやすく、抗菌薬による適切な対応が必要です。
  4. 呼吸不全
    • 中枢性の呼吸障害と末梢性の呼吸障害の両方に注意が必要です。
    • 人工呼吸管理の適切な実施が求められます。

予後に関しては、急性脳症全体の予後は治癒56%、神経学的後遺症36%、死亡5%とされていますが、症候群によって大きく異なります。

 

長期予後に関連する因子として以下が挙げられます。

  • 脳症の型: ANEは死亡率が26%と高く、AESDは後遺症率が61%と高い
  • 発症年齢: 乳幼児では予後不良例が多い傾向
  • 治療開始時期: 症状発現から治療開始までの時間が短いほど予後良好
  • 初期対応: 適切な呼吸・循環管理、けいれん抑制が重要

長期経過観察においては、以下の点に注意が必要です。

  • 神経発達の評価: 特に乳幼児では定期的な発達評価
  • てんかんの発症: 脳症後てんかんの管理
  • 認知機能障害: 学習面での支援の必要性
  • 行動・情緒面の変化: 注意欠陥多動性障害(ADHD)などの発症リスク

急性脳症後の社会復帰支援も重要な課題であり、リハビリテーションや教育現場との連携が求められます。医療機関は急性期治療のみならず、患者と家族の長期的なQOL維持向上に向けた支援体制の構築も視野に入れる必要があります。

 

小児急性脳症のリスク評価と予防戦略

小児急性脳症、特にインフルエンザ脳症の発症リスクを低減するための予防戦略は、医療従事者が保護者に提供すべき重要な情報です。現状では確実に発症を予防できる方法は確立されていませんが、リスク要因の理解と適切な対応が重要です。

 

リスク要因の評価:

  1. 年齢要因
    • 0〜3歳の乳幼児が最もリスクが高い
    • 特に1歳前後はAESDのリスクが高い
  2. 感染症関連要因
    • インフルエンザウイルス感染(特にA型)
    • HHV-6,7感染(突発性発疹症)
    • ロタウイルス感染
  3. 個体要因
    • 遺伝的素因(サイトカイン産生関連遺伝子多型など)
    • 既往歴(熱性けいれんの既往など)
    • 基礎疾患の存在

予防戦略:

  1. ワクチン接種
    • インフルエンザワクチンは重症化予防に有効との報告があり、接種が推奨されます
    • 1歳~6歳未満の幼児では発病阻止効果は約20~30%ですが、重症化予防効果はより高いとされています
  2. 早期医療介入
    • 発熱時の適切な解熱処置
    • 感染症早期のかかりつけ医受診
    • 異常言動・行動やけいれんの早期認識と対応
  3. 家庭での観察ポイント指導
    • 発熱後の意識状態の変化(呼びかけへの反応、視線の合いにくさなど)
    • けいれん発作の特徴(持続時間、間欠期の意識状態)
    • 異常言動・行動(人物誤認、幻視、異常な興奮や恐怖など)
  4. 解熱剤使用の指導

医療従事者が特に注意すべき点として、インフルエンザの流行期における小児の発熱性疾患への警戒が挙げられます。インフルエンザ診断後も神経症状出現のリスクについて保護者への適切な説明と観察ポイントの指導が重要です。

 

研究によれば、タミフルやイナビルなどの抗ウイルス薬の投与がインフルエンザ脳症の発症を直接予防する効果は証明されていません。これは抗ウイルス薬が効果を発揮する前に、脳症が短時間で急激に発症するためと考えられています。しかし、ウイルス量の早期減少による間接的な予防効果は否定できないため、早期の抗ウイルス薬投与は依然として推奨されます。

 

国立感染症研究所:インフルエンザ脳症の疫学と予防に関する情報

小児急性脳症診療における多職種連携と家族支援

小児急性脳症の診療においては、急性期から回復期、さらに長期フォローアップに至るまで、多職種による包括的なアプローチが不可欠です。特に後遺症を有する患者では、医療・福祉・教育の連携が患児と家族のQOL向上に直結します。

 

急性期の多職種連携:

  1. 診療チーム構成
    • 小児神経専門医:診断と治療方針の決定
    • 集中治療医:全身管理と合併症対応
    • 看護師:継続的な観察と細やかなケア
    • 臨床検査技師:迅速な検査結果の提供
    • 放射線技師:適切な画像撮影と処理
  2. 情報共有体制
    • 定期的な多職種カンファレンス
    • 電子カルテを活用したリアルタイム情報共有
    • 24時間体制での症状変化への対応

回復期からの支援体制:

  1. リハビリテーションチーム
    • 理学療法士:運動機能回復支援
    • 作業療法士:日常生活動作訓練
    • 言語聴覚士:コミュニケーション能力回復
    • 臨床心理士:認知機能評価と介入
  2. 社会復帰支援
    • 医療ソーシャルワーカー:福祉制度活用支援
    • 教育関係者:学校復帰の調整
    • 保健師:地域での生活支援

家族支援の重要性:
小児急性脳症は突然の発症と急速な経過、そして予後の不確実性から家族に大きな心理的打撃を与えます。以下の支援が重要です。

  1. 情報提供と共有意思決定
    • 疾患や治療に関する適切な情報提供
    • 治療方針決定への家族の参加
    • 予後に関する現実的な説明と希望の提供
  2. 心理的サポート
    • 家族の心理状態に配慮したコミュニケーション
    • 必要に応じた心理専門職の介入
    • 家族同士の交流の場の提供
  3. 長期的な支援計画
    • 後遺症に応じた在宅ケア指導
    • 発達支援・教育支援のコーディネート
    • レスパイトケアの調整

患児の回復を促進するためには、家族の精神的・身体的健康も重要な要素です。医療者は家族の負担やストレスにも配慮し、必要なサポートを提供する体制を整えることが求められます。

 

特に、後遺症を有する患児の場合、診断時から将来を見据えた長期的な支援計画の立案と、定期的な見直しが必要です。医療機関は地域のリソースと連携し、シームレスな支援体制を構築することが、患児と家族のQOL向上につながります。

 

国立成育医療研究センター:小児神経疾患の多職種連携ケアに関する情報