PDE5阻害薬を使えばリオシグアトは不要だと思っているなら、患者の治療機会を損失しています。
リオシグアト(商品名:アデムパス)は、バイエルが創製した可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)刺激薬というクラスに属する経口薬です。2013年10月に米国FDAで初承認され、日本では2014年に肺動脈性肺高血圧症(PAH)治療薬として承認を取得、2015年には効能追加によりPAHへの適応も拡大されました。世界初のsGC刺激薬という位置づけが核心です。
肺高血圧症治療薬はこれまで、プロスタグランジンI₂(PGI₂)経路・一酸化窒素(NO)経路・エンドセリン経路という3つの経路を標的に開発されてきました。リオシグアトはそのうちNO経路に作用しますが、同経路のPDE5阻害薬(シルデナフィル、タダラフィルなど)とは根本的に異なるアプローチを取ります。つまり「cGMPの産生を増やす」薬です。
この"産生を増やす"という特性が、NOが十分に産生されない病態でもより確実に効果を発揮できる理由につながっています。医療従事者にとって、このコンセプトを正確に把握しておくことが適切な患者選択・処方設計の基盤になります。
リオシグアトの作用機序は、大きく2つに分けて理解することが重要です。
まず1つ目は、「NO非依存的な直接sGC刺激作用」です。リオシグアトはsGCのヘム鉄結合部位に直接結合することで、NOが存在しない状況でもsGCを活性化させます。この点が特に重要です。肺高血圧症の進行とともに血管内皮細胞でのNO産生量は低下していきます。NOに依存するPDE5阻害薬では、NOが枯渇した病態ではその効果が制限されますが、リオシグアトはNO非依存的に作用できるため、理論的に病態の進行段階にかかわらず一定の効果が期待できます。
2つ目は、「内因性NOに対するsGCの感受性増強作用」です。微量のNOが存在する状況でも、リオシグアトはsGCのNOへの感受性を高め、NOによるsGC活性をより強力に増幅させます。これは相乗的な作用であり、単純な加算以上の効果をもたらします。
この2つの機序が合わさることで、sGCが活性化され、GTPからcGMPへの変換が促進されます。cGMPが増加すると、cGMP依存性プロテインキナーゼ(PKG)が活性化され、最終的に血管平滑筋のカルシウム流入が抑制され、ミオシン軽鎖の脱リン酸化が起こり、血管が弛緩・拡張します。2つの機序を合わせ持つのがリオシグアトの最大の特徴です。
なおPDE5阻害薬との比較で整理すると下表のようになります。
| 項目 | リオシグアト(sGC刺激薬) | PDE5阻害薬 |
|---|---|---|
| 作用ポイント | cGMP産生を増やす(上流) | cGMP分解を抑える(下流) |
| NOへの依存性 | 非依存的に作用可能 | NO産生がある程度必要 |
| 標的酵素 | sGC | PDE5 |
| 両剤の併用 | 原則として併用禁忌(cGMP過剰→重篤な低血圧リスク) | |
参考:sGCの作用機序の詳細やPDE5阻害薬との経路の違いについては、MSD Connect(製造販売元の医療従事者向け情報サイト)に図解付きで掲載されています。
アデムパス®作用機序 | MSD Connect(医療従事者向け)
リオシグアトは血管拡張作用だけで語られることが多いですが、これだけでは不十分です。近年の研究では、cGMP産生増加に伴う多面的な作用が注目されています。
cGMP-PKG経路の活性化は、血管平滑筋細胞の増殖抑制に寄与することが非臨床試験で示されています。肺高血圧症の病態では血管壁の平滑筋細胞が増殖し内腔が狭窄するという血管リモデリングが起こりますが、リオシグアトはこのプロセスを抑制する可能性があります。これは単なる対症療法を超えた作用です。
さらに抗炎症作用として、炎症性サイトカインの産生抑制や血管内皮細胞の保護も報告されています。血小板凝集の抑制も確認されており、特にCTEPH(慢性血栓塞栓性肺高血圧症)の病態において抗血栓的な側面からも臨床的意義があると考えられます。
これらの多面的作用はまだ臨床エビデンスが蓄積段階のものも含まれますが、血管拡張薬としてのみ位置づけるのではなく「肺血管病態への包括的介入薬」という視点を持つことが今後の臨床応用において重要です。この視点が条件です。
リオシグアトの承認を支えた主要な第Ⅲ相試験として、CHEST-1試験(CTEPH対象)とPATENT-1試験(PAH対象)が挙げられます。両試験の結果を正確に把握しておくことは、医療従事者が患者への説明や治療判断を行ううえで必須の知識です。
CHEST-1試験(CTEPH対象)
手術不適応または術後遺残・再発CTEPHの患者261例を対象としたプラセボ対照二重盲検試験です。16週後の主要評価項目である6分間歩行距離の変化は、リオシグアト群で+39m、プラセボ群で-6mと、実薬群でプラセボ群に比べ有意な改善を認めました(95%CI:25〜67m、p<0.001)。6分間歩行距離39m改善という数字は、一般成人の約10歩分に相当する距離です。臨床的に意義のある変化量(MCID)が概ね30〜35m程度とされているため、この改善幅は明確な有効性を示すものです。
また副次評価項目の肺血管抵抗(PVR)は約226dyne/s/cm⁻⁵低下(プラセボ比)、WHO機能分類の1クラス以上の改善もリオシグアト群で有意に多く認められました。CTEPHにおいて内科的治療で唯一RCTで有効性が示された薬剤という位置づけが確立されています。
PATENT-1試験(PAH対象)
PAH患者443例を対象とした試験で、主要評価項目の6分間歩行距離はリオシグアト2.5mg群(最大用量)でプラセボ比+30mの改善が認められました(p<0.001)。また、NT-proBNP(心負荷のバイオマーカー)の有意な低下、WHO機能分類の改善、臨床的悪化までの時間延長も示されました。
| 試験名 | 対象疾患 | 6分間歩行距離の改善 | その他の主な改善 |
|---|---|---|---|
| CHEST-1 | CTEPH | プラセボ比 +39m | PVR低下、WHO機能分類改善 |
| PATENT-1 | PAH | プラセボ比 +30m | NT-proBNP低下、臨床的悪化抑制 |
参考:CHEST-1試験の詳細データはMSDコネクト医療従事者向けサイトで閲覧できます。
CHEST-1試験データ | アデムパス®臨床成績 | MSD Connect
リオシグアトは有効性が高い一方で、いくつかの重要な禁忌・相互作用があります。見落とすと重篤な副作用につながりかねません。
絶対に覚えておくべき禁忌・原則禁忌
最も臨床的に重要なのが、PDE5阻害薬との併用禁忌です。リオシグアトとシルデナフィル、タダラフィルなどのPDE5阻害薬は、同じNO-sGC-cGMP経路に作用するにもかかわらず、リオシグアトが「産生促進」、PDE5阻害薬が「分解抑制」と異なるステップを担っています。両剤を併用すると細胞内cGMP濃度が過剰に上昇し、重篤な低血圧を招くリスクがあります。原則として併用禁忌が条件です。
同様に、硝酸薬(ニトログリセリン、硝酸イソソルビド)およびニコランジルとの併用も原則禁忌です。これらはNOドナーであり、cGMP産生をさらに過剰に高める可能性があります。狭心症治療中の患者に誤って処方されないよう、処方時のチェックリスト確認が有用です。
また、妊婦または妊娠している可能性のある女性への投与は禁忌です。動物実験において胎児毒性が報告されており、妊娠可能年齢の女性には確実な避妊の徹底が必須となります。
見落とされやすい薬物相互作用
リオシグアトはCYP3A4・CYP1A1などの酵素で代謝されます。抗HIV薬(HIVプロテアーゼ阻害薬)との相互作用も確認されており、2022年に厚生労働省からの安全対策通知でも注意喚起がなされました。これは意外な組み合わせです。具体的には、CYP阻害作用を持つプロテアーゼ阻害薬(リトナビルなど)との併用によりリオシグアトの血中濃度が著しく上昇し、低血圧リスクが高まることが示されています。該当薬を使用中の患者では、通常より低用量からの開始を考慮する必要があります。
参考:リオシグアトの添付文書および使用上の注意の改訂情報はPMDAの公式サイトで確認できます。
リオシグアトは1日3回の経口投与であり、初期用量は1回1.0mgです。2週間ごとに忍容性を確認しながら0.5mgずつ増量し、最大1回2.5mg(1日3回)まで増量可能です。この用量設定が基本です。
用量調整の最も重要な指標は収縮期血圧(SBP)です。SBPが95mmHg未満で低血圧症状を認める場合は、1回用量を0.5mgずつ減量します。一方、SBPが95mmHg未満でも低血圧症状がなければ現行用量を維持する、という判断基準となっています。痛いところですね。患者ごとの血圧反応を丁寧に追う必要があります。
実臨床では特に投与開始初期と増量直後に血圧低下が起こりやすいため、外来での血圧測定や、可能であれば家庭血圧の記録をすすめることが副作用管理に有効です。高齢者や体重の少ない患者、CYP阻害薬を使用している患者は低血圧リスクが特に高いため、より慎重なモニタリングが求められます。
なお、リオシグアトは食事の有無にかかわらず服用可能ですが、高脂肪食の摂取により吸収が遅延することがあるため、服用タイミングの一貫性を保つよう患者指導することが望ましいです。服薬を忘れた際は、次回服用時間が近ければ飛ばして通常スケジュールに戻るよう伝えてください。
用量調整の流れ(簡易フロー)
| 期間 | 用量 | 判断ポイント |
|---|---|---|
| 開始時 | 1回1.0mg 1日3回 | 血圧・自覚症状を確認 |
| 2週間後 | 1回1.5mg 1日3回へ | SBP≧95mmHg かつ症状なしなら増量 |
| 4週間後 | 1回2.0mg 1日3回へ | 同上 |
| 6週間後 | 最大1回2.5mg 1日3回 | 忍容性が確認できれば維持 |
肺高血圧症は慢性進行性疾患であるため、自覚症状が改善していても治療を自己中断すると急激な悪化リスクがあります。患者への服薬アドヒアランス指導は治療成果を左右します。これは使えそうです。特に指定難病の公費医療制度(特定医療費制度)を活用している患者では、定期的な医療機関受診のなかで継続的に動機づけを行うことが重要です。
参考:詳細な用量設定ガイドラインや安全対策の最新情報は日本循環器学会の肺高血圧症ガイドラインも参照価値があります。
肺高血圧症治療ガイドライン(日本循環器学会・2017年改訂版)