リトナビルとニルマトレルビルの作用機序と薬物相互作用

新型コロナ治療薬として承認されたパキロビッドパックは、ニルマトレルビルとリトナビルの配合剤です。その作用機序や薬物代謝の特徴、臨床での注意点を医療従事者向けに解説します。複雑な薬物相互作用にどう対応すべきでしょうか?

リトナビルとニルマトレルビルの作用機序

パキロビッドパックの主要特徴
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ニルマトレルビルの抗ウイルス作用

SARS-CoV-2メインプロテアーゼを阻害しウイルス複製を抑制

リトナビルのブースター効果

CYP3A阻害によりニルマトレルビルの血中濃度を維持

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薬物相互作用への注意

多くの併用薬との相互作用リスクを評価する必要性

ニルマトレルビルによる3CLプロテアーゼ阻害機序

ニルマトレルビルは、SARS-CoV-2のメインプロテアーゼ(Mpro:3CLプロテアーゼまたはnsp5とも呼称)を選択的に阻害することで抗ウイルス作用を発揮します。このプロテアーゼは、ウイルスのポリタンパク質を切断して機能性タンパク質を生成する過程において必須の酵素であり、その阻害によりウイルス複製が効果的に抑制されます。In vitro試験では、ニルマトレルビルがSARS-CoV-2メインプロテアーゼに対して強力かつ選択的な阻害活性を示し、臨床分離株および各種変異株に対しても抗ウイルス活性が確認されています。さらに、マウス適合SARS-CoV-2感染モデルを用いたin vivo試験においても、ニルマトレルビルの投与により抗ウイルス活性が実証され、リトナビルとの併用によって肺組織に対する保護効果が改善することが示されました。
参考)パキロビッド(ニルマトレルビル/リトナビル)の作用機序・特徴…

リトナビルによるCYP3A阻害とブースター効果

リトナビルは本来HIVプロテアーゼ阻害薬として開発された薬剤ですが、パキロビッドパックにおいてはニルマトレルビルの薬物動態を改善するブースターとして機能します。ニルマトレルビルを単独で経口投与した場合、CYP3A4を介した代謝により有効な血中濃度が得られず、十分な薬効を発揮できません。リトナビルはCYP3A4を強力に阻害することで、ニルマトレルビルの代謝を抑制し、血漿中濃度を増加・維持させます。健常人におけるニルマトレルビルとリトナビルの併用投与後の半減期は、それぞれ約6.05時間と報告されており、1日2回の投与により治療域を維持することが可能となっています。このブースター効果により、ニルマトレルビルは臨床において抗ウイルス作用を継続的に発揮できるよう設計されています。
参考)https://www.covid19oralrx-hcp.jp/assets/pdf/interview-form-240531.pdf

ニルマトレルビルの臨床試験における有効性データ

臨床試験において、ニルマトレルビル/リトナビルは顕著な有効性を示しました。発症から3日以内に投与を開始した場合、プラセボと比較して28日以内の入院または死亡リスクが89%減少し、発症から5日以内の投与開始でも88%のリスク減少が認められています。特筆すべき点として、臨床試験開始から28日目までにプラセボ投与群では12人(1.2%)が死亡したのに対し、ニルマトレルビル/リトナビル投与群では死亡例がゼロという結果が得られました。また、オミクロン株流行下での実臨床データでも有効性が確認されており、B細胞枯渇療法(リツキシマブ等)を受けているCOVID-19超ハイリスク患者群において、ニルマトレルビル/リトナビルは21日以内の入院/死亡リスクを44%(ハザード比0.56)有意に低下させることが示されました。
参考)注目論文:B細胞枯渇療法中のCOVID-19、ニルマトレルビ…

リトナビルと他剤の薬物相互作用マネジメント

リトナビルはCYP3Aを強力に阻害するため、同じ代謝経路を持つ多数の薬剤との間で臨床的に重要な薬物相互作用を引き起こします。添付文書には、高血圧症治療薬、心筋梗塞治療薬、不眠症治療薬、抗精神病薬、抗凝固薬など、多岐にわたる薬効群の薬剤が併用禁忌または併用注意としてリストアップされています。例えば、ピモジド、ブロナンセリン、ルラシドンといった抗精神病薬や、アンピロキシカム、ピロキシカムなどの鎮痛薬は、CYP阻害によって血中濃度が大幅に上昇し、不整脈、血液障害、痙攣等の重篤な副作用を起こす恐れがあるため併用禁忌とされています。複数の基礎疾患を有し多剤併用している高齢患者においては、処方前に服用中のすべての薬剤を厳密に確認し、適切な薬物相互作用チェッカーを使用することが患者の安全確保に不可欠です。
参考)https://www.jsphcs.jp/wp-content/uploads/2024/09/20220228.pdf

ニルマトレルビルの投与対象と用法用量の実際

パキロビッドパックは、SARS-CoV-2による感染症の重症化リスク因子を有する患者に投与されます。通常、成人及び12歳以上かつ体重40kg以上の小児に対し、ニルマトレルビル1回300mg(2錠)及びリトナビル1回100mg(1錠)を同時に1日2回、5日間経口投与します。薬剤シートは服用タイミング(朝及び夕)ごとに左右で色分けされており、1シートが1日分(朝夕2回分)として設計されています。症状発現後速やかに投与を開始する必要があり、有効性は症状発現から6日目までに投与が開始された場合においてのみ確認されています。食事の有無に関わらず服用可能であり、なるべく12時間おきの服用が推奨されています。
参考)パキロビッドによるコロナ治療とは?効果や副作用についても解説

腎機能障害患者におけるニルマトレルビルの投与調整

腎機能障害を有する患者では、ニルマトレルビルの投与量調整が必要となる場合があります。通常はパキロビッドパック600が処方されますが、腎機能障害患者向けにはパキロビッドパック300という低用量製剤が用意されています。腎障害または肝障害のある患者では、リトナビルの影響により重篤または致死的な副作用を引き起こすおそれがあるため、これらの臓器障害を有する場合には併用禁忌となっている薬剤との相互作用に特に注意が必要です。投与前には患者の腎機能および肝機能を評価し、適切な用量選択と綿密なモニタリングを実施することが求められます。
参考)https://www.okiyaku.or.jp/item/3363/large/20220228.pdf

ニルマトレルビル/リトナビルの副作用プロファイル

パキロビッドパックの副作用としては、味覚異常、下痢、悪心などが報告されています。臨床試験および市販後調査において、これらの副作用は比較的軽度から中等度であり、ほとんどの患者で忍容可能とされています。重篤な副作用としては、薬物相互作用に起因する不整脈、QT間隔延長、血液障害、痙攣などが報告されており、これらは主にCYP3A阻害による併用薬の血中濃度上昇に関連しています。服用後に体調悪化や新たな症状が出現した場合には、速やかに処方医や調剤薬剤師に相談することが推奨されます。特に高齢者や多剤併用患者においては、副作用モニタリングを慎重に行う必要があります。
参考)新型コロナウイルス感染症治療薬の比較

ニルマトレルビル治療におけるアドヒアランス向上の工夫

パキロビッドパックは5日間の治療コースであり、症状改善後も完遂することが重要です。患者の服薬アドヒアランスを向上させるため、パッケージは1日分が1シートにまとめられており、朝・夕の服用タイミングが色分けされた視覚的に分かりやすいデザインとなっています。飲み忘れに気付いた場合には1回分を服用しますが、次の服用時間が近い場合は1回飛ばして次の時間に1回分を服用するよう指導されています。決して2回分を一度に服用してはならず、また薬剤が残った場合でも他者に譲渡することは厳禁です。医療従事者は、患者および家族に対して適切な服薬指導を行い、治療完遂の重要性を強調する必要があります。
参考)https://www.covid19oralrx-hcp.jp/assets/pdf/600.pdf

ニルマトレルビルの変異株に対する有効性と今後の展望

ニルマトレルビルは、オミクロン株を含む各種変異株に対しても抗ウイルス活性を示すことが確認されています。3CLプロテアーゼはSARS-CoV-2のゲノムにおいて保存性が高い領域であり、変異が生じにくい標的であるため、ニルマトレルビルは変異株に対しても有効性を維持しやすいと考えられています。一方、Long COVID(遷延性COVID-19症状)に対するニルマトレルビル/リトナビルの治療効果については、15日間投与による第3相ランダム化試験において、プラセボ・リトナビルと比較して有意な改善が認められなかったという報告があります。しかし、急性期COVID-19の重症化予防における有効性は確立しており、今後も新たな変異株の出現や治療適応拡大に向けた臨床研究が継続されることが期待されます。
参考)抗ウイルス薬ニルマトレルビルの薬効と安全性評価

<参考文献>
パキロビッド(ニルマトレルビル/リトナビル)の作用機序を図解で解説 - パスメド株式会社
ニルマトレルビルによる3CLプロテアーゼ阻害とリトナビルのブースター効果について詳細に解説されています。

 

パキロビッドパック適正使用ガイド(統合版)- ファイザー株式会社
薬物相互作用の確認方法、投与対象患者の選定、用法用量の調整など、臨床での適正使用に必要な情報が網羅されています。

 

パキロビッド(ニルマトレルビル/リトナビル)の薬物相互作用マネジメントの手引き - 日本病院薬剤師会
薬剤師向けに、薬物相互作用への対処を含む高度な薬学的管理の知識がまとめられています。

 

ハイリスク患者におけるニルマトレルビル・リトナビルのCOVID-19症状改善効果 - 亀田総合病院
第3相試験の結果に基づき、症状持続期間の短縮と医療資源利用減少効果について解説されています。