ベリキューボは「心不全が落ち着いた患者」ではなく、直近で増悪した最重症例にこそ上乗せ効果がある薬です。
可溶性グアニル酸シクラーゼ(sGC)は、一酸化窒素(NO)の受容体として機能するヘム含有酵素であり、血管平滑筋や心筋に広く分布しています。NOがsGCのヘム鉄に結合すると、GTPからcGMP(環状グアノシン一リン酸)への変換が約200倍以上に亢進します。このcGMPがセカンドメッセンジャーとして、PKG(cGMP依存性プロテインキナーゼ)を介して血管平滑筋を弛緩させ、血圧を調節します。
重要なのは、心不全状態では「NOの利用能障害」が起きているという点です。酸化ストレスや炎症によって血管内皮が損傷されると、NOの産生が減少するだけでなく、sGC自体が酸化されてヘムを失い、NOへの反応性が低下します。つまり、NOが少ないうえにsGCも機能不全に陥るという「二重の障害」が心不全患者には存在します。
この病態がcGMPの慢性的な低下を招き、血管収縮・心臓リモデリングの悪化につながります。これが基本です。
sGCが担う生理機能は血管拡張にとどまらず、心筋収縮能の維持、心肥大の抑制、心臓の線維化(リモデリング)の防止にも深く関与しています。心不全の病態においてNO-sGC-cGMP経路が正常に機能しないことが、心機能の進行性悪化を加速させる重要なメカニズムとして認識されるようになってきました。
| 生理機能 | cGMP低下時の影響 |
|---|---|
| 血管平滑筋弛緩 | 血管収縮・後負荷増大 |
| 心筋保護・収縮能維持 | 心機能の進行性低下 |
| 心臓リモデリング抑制 | 心肥大・線維化の促進 |
| 血小板凝集抑制 | 血栓リスクの上昇 |
NO非依存性の直接sGC刺激という作用機序は、まさにこの「酸化されたsGC」にも働きかけられる点で革新的です。これが意外ですね。従来の硝酸剤はNO供与によるアプローチのみのため、sGC自体が酸化されている心不全患者では効果が十分でないケースがありました。
参考:NO-sGC-cGMP経路と心保護メカニズムについての詳細な解説
現在、国内で臨床使用されているsGC刺激薬は2剤あります。ひとつはリオシグアト(商品名:アデムパス)、もうひとつはベルイシグアト(商品名:ベリキューボ)です。どちらもNO-sGC-cGMP経路を活性化しますが、適応疾患がまったく異なります。
2つの薬剤を同時に「上乗せ」しようとするのは、絶対にダメです。この2剤の併用は添付文書上「併用禁忌」に指定されており、相互に細胞内cGMP濃度を増加させて降圧作用を過度に増強し、症候性低血圧を引き起こすおそれがあります。
sGC刺激薬が持つ「2つの機序」についても正確に理解しておく必要があります。sGC刺激薬は次の2つの作用を同時に持つことが特徴です。まず、NOが存在しない状態でもsGCを直接刺激してcGMPを産生させる「NO非依存的直接刺激作用」、そして内因性NOに対するsGCの感受性を高める「NO感受性増強作用」です。
この二重作用が、cGMPを強力かつ安定的に増加させる理由です。NOが少ない心不全環境であっても、薬剤自体がsGCを直接活性化できるため、従来のNO供与薬(硝酸剤など)に比べて理論上より安定した効果が期待できます。
| 薬剤名 | 適応疾患 | 投与方法 | 主な禁忌 |
|---|---|---|---|
| リオシグアト (アデムパス) |
PAH、CTEPH | 1回1.0mgより開始、 1日3回経口 |
妊婦・妊娠可能性のある女性、PDE5阻害薬との併用、ベルイシグアトとの併用 |
| ベルイシグアト (ベリキューボ) |
慢性心不全 (HFrEF) |
1回2.5mgより開始、 1日1回食後経口 |
リオシグアトとの併用、収縮期血圧90mmHg未満で症状ありの場合 |
参考:リオシグアトの作用機序・適応に関する詳細
神戸きしだクリニック「リオシグアト(アデムパス)の解説」
ベルイシグアトの有効性は、国際共同第Ⅲ相試験(VICTORIA試験)で評価されました。対象は左室駆出率(LVEF)45%未満かつNYHA心機能分類Ⅱ〜Ⅳ度の慢性心不全患者5,050例(日本人319例を含む)であり、標準治療への上乗せとしてベルイシグアトとプラセボを比較したプラセボ対照二重盲検試験です。
試験の結果は以下の通りでした。
| 評価項目 | ベルイシグアト群 | プラセボ群 | ハザード比(95%CI) |
|---|---|---|---|
| 主要複合エンドポイント (心血管死+心不全初回入院) |
35.5% | 38.5% | 0.90(0.82–0.98) p=0.019 |
| 心不全による初回入院 | 27.4% | 29.6% | 0.90(0.81–1.00) |
| 心血管死 | 16.4% | 17.5% | 0.93(0.81–1.06) |
主要複合エンドポイントは統計的に有意に改善されましたが、「心血管死」単独では有意差に達しなかったことは押さえておくべきポイントです。厳しいところですね。
また注目すべきは組み入れ基準です。VICTORIA試験は「無作為割付け前6か月以内に心不全による入院歴がある」または「3か月以内に静注利尿薬を要した」患者を対象としており、比較的ハイリスクな増悪例を対象としていました。つまり、「心不全が落ち着いている安定期の患者」ではなく、「増悪を繰り返す重症患者」に有効性のエビデンスが存在するということです。
一方、HFpEF(左室駆出率が保たれた心不全)に対してはベルイシグアトの有効性・安全性は確立していません。添付文書でもHFrEF(LVEF 40%未満)患者への投与が明示されており、HFpEFへの使用は現時点では推奨されていません。これが条件です。
また別のsGC刺激薬であるリオシグアトについても、CHEST-1試験(CTEPH対象)とPATENT-1試験(PAH対象)という2つの第Ⅲ相試験でそれぞれ有効性が確認されており、6分間歩行距離の改善、肺血管抵抗の低下、NTproBNPの低下が示されています。
参考:VICTORIA試験の詳細および日本での使用状況
メディキャリア「新規作用機序の慢性心不全治療薬ベリキューボについて」
sGC刺激薬を使用するうえで、相互作用の管理は特に重要です。まずベルイシグアト(ベリキューボ)の相互作用から整理します。
「PDE5阻害薬(シルデナフィルなど)との併用」は、添付文書では「併用注意」に分類されていますが、実際に5.4 mmHgの血圧低下が認められており、症候性低血圧を起こすおそれがあります。治療上やむを得ない場合のみ慎重に使用することが求められます。心不全患者にPDE5阻害薬が処方されている場合があり、見落とすと危険です。
「硝酸剤・NO供与剤(ニトログリセリン、亜硝酸アミル等)との併用」も同様に「併用注意」であり、両薬剤ともcGMPを増加させるため降圧作用が増強されるリスクがあります。ただし、冠動脈疾患患者を対象とした相互作用試験では臨床的に意味のある血圧変化はみられなかったとされています。
「プロトンポンプ阻害薬(PPI)や制酸剤」との相互作用も見逃されやすい点です。オメプラゾール40mgとの併用でベルイシグアトのAUCが32%、Cmaxが50%低下したとの外国人データがあります。制酸剤(水酸化アルミニウム・水酸化マグネシウム)でも同様にAUCが27%低下しています。これは使えそうです。つまり、胃酸を抑える薬剤を併用している患者では、ベルイシグアトの血中濃度が想定より低くなる可能性があります。
一方、リオシグアト(アデムパス)については、PDE5阻害薬との「併用禁忌」が最大の注意点です。肺高血圧症治療の現場では、以前にPDE5阻害薬(シルデナフィル、タダラフィルなど)が使用されていたケースもあるため、切り替えの際には十分な洗い出し期間が必要です。
リオシグアトでは妊婦・妊娠可能性のある女性への投与は絶対禁忌です。動物実験で催奇形性や胎児毒性が確認されており、日本の添付文書でも妊婦または妊娠している可能性のある女性には「投与しないこと」と明記されています。生殖可能年齢の女性患者には、投与中だけでなく投与終了後一定期間も確実な避妊を継続するよう指導することが必要です。これは必須です。
また、低血圧症状への注意も欠かせません。ベルイシグアトの重大な副作用として「低血圧(7.4%)」が報告されています。収縮期血圧が90 mmHg未満で低血圧症状を示す場合は投与を中断するルールが設けられており、定期的な血圧測定が推奨されています。
参考:ベリキューボ錠の添付文書(禁忌・相互作用の詳細)
KEGG MEDICUS「ベリキューボ(ベルイシグアト)医薬品情報」
2025年改訂版の心不全診療ガイドライン(日本循環器学会)では、HFrEFに対する基本治療として「Fantastic Four」と呼ばれる4剤——ARNI(もしくはACE阻害薬/ARB)、β遮断薬、ミネラルコルチコイド受容体拮抗薬(MRA)、SGLT2阻害薬——が位置づけられています。ベルイシグアトはこれらに加える「上乗せ薬」として位置づけられ、特に増悪を繰り返すHFrEF患者への追加治療として推奨されています。
Fantastic Fourで治療しているにもかかわらず増悪が繰り返される患者こそが、ベルイシグアトの恩恵を受けやすい対象層です。VICTORIA試験では、標準治療(ACE阻害薬/ARB、β遮断薬、MRAなど)を受けている患者が対象だったことからも、「基本治療をしっかり行っても改善しない患者」への上乗せという文脈が明確です。
一方、「安定しているHFrEF患者」へのベルイシグアトの有効性については、別の試験(VICTOR試験)で評価が進んでいます。この試験はLVEF≦40%かつ直近の増悪がない安定したHFrEF患者を対象としており、安定例への有効性は依然として明確なエビデンスが存在しないことも理解しておく必要があります。
結論はつまり、「増悪リスクが高いHFrEF患者に対してFantastic Fourの上乗せとして使用する」です。
また、最近の研究では酸化型sGCに対して作用する「sGC活性化薬(sGC activator)」の概念も注目されています。これはsGC刺激薬(sGC stimulator)とは区別される概念であり、ヘムを失って酸化された状態のsGCを再活性化させる作用を持ちます。酸化型sGCが増加している状態(心不全末期、重度の酸化ストレス環境など)においても有効に機能する可能性があり、次世代の心血管治療薬として研究が進んでいます。この展開は意外ですね。
sGC刺激薬は肺高血圧症・慢性心不全という、いずれもNO-sGC-cGMP経路が障害された疾患に対してアプローチするという点で一貫した作用機序を持っています。大動脈弁狭窄症(AS)に対するsGC活性化薬の研究も進んでおり、千葉大学のグループなどを中心に、新たな適応疾患の可能性が模索されています。
参考:2025年改訂版 心不全診療ガイドライン(日本循環器学会)
日本循環器学会「2025年改訂版 心不全診療ガイドライン(PDF)」