急性散在性脳脊髄炎の症状と治療方法の実際と予後

この記事では急性散在性脳脊髄炎(ADEM)の症状、原因、診断、治療方法について医療従事者向けに詳細に解説します。早期発見と適切な治療が予後を左右するADEMについて、最新の知見を踏まえた対応は何でしょうか?

急性散在性脳脊髄炎の症状と治療方法

急性散在性脳脊髄炎(ADEM)の基本情報
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疾患概要

急性散在性脳脊髄炎は中枢神経系の脱髄性炎症性疾患で、脳・脊髄・視神経に同時多発的な脱髄病変を生じます。

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発症率

10万人あたり0.4-1.0人と比較的まれな疾患で、主に3-7歳の小児に好発します。

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重要性

早期発見・早期治療が予後を左右するため、特徴的な症状と適切な治療法の理解が重要です。

急性散在性脳脊髄炎の定義と発生メカニズム

急性散在性脳脊髄炎(Acute Disseminated Encephalomyelitis: ADEM)は、中枢神経系の代表的な脱髄疾患の一つであり、脳や脊髄、視神経に同時多発的な炎症性脱髄病変を生じる疾患です。その名称は「急性」(急な経過)、「散在性」(様々な場所が散在して障害される)、「脳脊髄炎」(脳や脊髄の炎症)という病態の特徴を表しています。

 

ADEMの発生メカニズムについては、自己免疫による病態が考えられています。具体的には、先行する感染症やワクチン接種をきっかけに、免疫系が過剰に活性化され、自分自身の神経組織、特に髄鞘を誤って攻撃してしまう現象です。髄鞘とは神経線維を覆う膜様構造で、電気信号の効率的な伝達に重要な役割を担っています。神経細胞を電線とすると髄鞘はその周りを覆うビニールの役割を担い、効率よく電気活動を行う役割があります。

 

発症の引き金となる因子としては以下が報告されています。

  • ウイルス感染:インフルエンザウイルス、麻疹ウイルス、風疹ウイルス、水痘・帯状疱疹ウイルス、EBウイルス、アデノウイルスなど
  • 細菌感染:マイコプラズマ、カンピロバクター、溶連菌など
  • ワクチン接種:インフルエンザワクチン、ヒトパピローマウイルスワクチン、三種混合ワクチン、B型肝炎ワクチン、日本脳炎ワクチンなど

発症頻度は10万人あたり0.4〜1.0人程度と比較的まれであり、特に3〜7歳の小児に好発しますが、成人での発症も報告されています。病態が似た他の疾患には、多発性硬化症や視神経脊髄炎がありますが、ADEMは再発が比較的少ない点が特徴です。

 

急性散在性脳脊髄炎の症状と診断方法

急性散在性脳脊髄炎の初期症状として、多くの場合はウイルス感染症状の1〜4週間後に発症し、以下のような症状が現れます。
【初期症状】

  • 発熱(高熱を伴うことが多い)
  • 頭痛(ズキズキとした痛みや重苦しい頭重感)
  • 嘔吐・吐き気
  • 食欲不振

これらの初期症状に続いて、あるいは同時に以下のような神経症状が出現します。
【神経症状】

  • けいれん発作(全身性が約60%、部分的が約40%)
  • 意識障害(軽度の傾眠から昏睡まで様々)
  • 運動麻痺(脱力や麻痺、歩行障害)
  • 協調運動障害
  • 視力低下や視野障害
  • 感覚異常(しびれ感や感覚鈍麻)
  • 脳神経麻痺

症状は通常、発症から1週間以内にピークを迎え、その後徐々に改善していきます。重症例では集中治療室での管理が必要となるケースもあります。

 

【診断】
急性散在性脳脊髄炎の診断においては、特異的なバイオマーカーはなく、臨床経過や画像所見を総合的に評価し、他疾患を除外することが重要です。主な診断手順は以下の通りです。

  1. 病歴聴取:先行する感染症の有無、ワクチン接種歴とその時期の確認
  2. 神経学的診察:多発性の神経症状の評価
  3. 画像検査:MRIが最も重要で、T2強調画像で高信号を示す多発性の病変を認める
  4. 血液検査:炎症マーカーの上昇、自己抗体の検索など
  5. 髄液検査:蛋白上昇、細胞数増加(主にリンパ球優位)

近年は、髄鞘オリゴデンドロサイト糖蛋白(MOG)に対する抗体が陽性のADEMは、MOG抗体関連疾患(MOGAD)と診断される傾向にあります。鑑別診断としては、多発性硬化症、視神経脊髄炎、感染性脳炎、代謝性疾患などが重要です。

 

急性散在性脳脊髄炎の治療法とステロイド療法

急性散在性脳脊髄炎の治療においては、早期診断・早期治療が予後を左右するため、疑わしい症状があればすみやかに専門医への紹介が必要です。主な治療法は以下の通りです。
【第一選択治療:ステロイドパルス療法】

  • メチルプレドニゾロンの大量投与(通常、成人では1000mg/日、小児では30mg/kg/日、最大1000mg/日)を3〜5日間行います。
  • 炎症を強力に抑制し、脱髄の進行を止める効果が期待されます。
  • パルス療法後は、経口ステロイド(プレドニゾロン)に切り替え、数週間かけて漸減していきます。

【ステロイド治療が無効な場合や重症例での治療】
以下の表は、ステロイド療法が不十分な場合の二次治療をまとめたものです。

治療法 投与量・方法 期待される効果
免疫グロブリン大量静注療法 0.4g/kg/日×5日間または1g/kg/日×2日間 免疫調節作用による炎症抑制
血漿交換療法 1回1〜1.5倍循環血漿量、隔日で3〜7回 病的自己抗体や炎症性サイトカイン除去
免疫抑制剤 シクロフォスファミドなど 免疫系の過剰反応を抑制

【治療における注意点】
ステロイドパルス療法の副作用として、高血糖、感染症リスク増加、消化管出血、精神症状などが生じることがあります。免疫グロブリン療法では、発熱、頭痛、アレルギー反応などの副作用に注意が必要です。血漿交換療法においては、循環動態の変動や感染症、カテーテル関連合併症などのリスクがあります。

 

治療に際しては、適切な支持療法(痙攣のコントロール、脳浮腫対策、呼吸・循環管理など)を並行して行うことも重要です。ADEMは典型的には単相性の経過をとりますが、その症状や画像所見は発症から3カ月間程度は変動や増悪することがあるため、経過観察と症状に応じた治療調整が必要です。

 

急性散在性脳脊髄炎の予後と後遺症

急性散在性脳脊髄炎の予後は症例によって異なりますが、早期診断・早期治療が行われた場合、比較的良好な経過をたどることが多いとされています。

 

【回復過程と予後】

  • 多くの患者(56〜94%)では発症後1〜2ヶ月以内に運動機能がほぼ回復するとされています。
  • ADEMは基本的に単相性(一度きりの発症)の経過をとることが多く、再発率は約10%程度と報告されています。
  • 再発した場合は、3ヶ月以上経過してからの再発が多いとされています。

【後遺症】
しかし、重症例や適切な治療が遅れた場合には、後遺症が残ることもあります。発症後3年経過した時点での評価でも、以下のような後遺症が残ることが報告されています。

  1. 運動機能障害
    • 筋力低下や麻痺
    • 歩行障害
    • 協調運動障害
  2. 認知機能障害
    • 記憶力低下
    • 注意力散漫
    • 学習能力の低下(特に小児の場合)
  3. 視覚障害
    • 視力低下
    • 視野欠損

【予後予測因子】
以下の因子は不良な予後と関連していることが報告されています。

  • 発症時の高齢
  • 重度の意識障害
  • 広範な脊髄病変
  • 治療開始の遅れ

【長期フォローアップ】
ADEMの患者、特に小児例では、身体機能のみならず認知機能や行動面での評価を含めた長期的なフォローアップが重要です。神経学的評価に加えて、必要に応じて神経心理学的検査や教育支援の検討も必要となることがあります。

 

急性散在性脳脊髄炎と再生医療の可能性

神経のダメージは一度発生すると回復が難しく、後遺症が残るケースが多いのがADEMを含む神経疾患の特徴です。特に小児に発症することが多いADEMでは、後遺症が長期間にわたって生活の質に影響を与える可能性があります。

 

従来の治療法は急性期の炎症を抑えることが中心であり、一度損傷された神経組織の修復・再生に対する有効な治療法は確立されていませんでした。しかし近年、再生医療の分野で神経疾患に対する新たなアプローチが研究されています。

 

【幹細胞治療の可能性】
神経幹細胞や間葉系幹細胞を用いた治療法が研究されており、以下のような効果が期待されています。

  1. 神経保護作用:幹細胞が分泌する神経栄養因子による既存の神経細胞の保護
  2. 抗炎症作用:過剰な免疫反応の抑制
  3. 神経再生促進:損傷を受けた神経組織の修復・再生を促進

特に間葉系幹細胞は免疫調節作用を持ち、自己免疫性の病態に有効である可能性が示唆されています。ADEMのような自己免疫性の脱髄疾患に対しても、その効果が期待されています。

 

【再生医療の課題と展望】
再生医療はまだ研究段階であり、ADEMに対する有効性や安全性については十分なエビデンスが確立されていません。現時点では臨床研究や先進医療として一部の医療機関で実施されているケースもありますが、標準治療として広く普及するには更なる研究の蓄積が必要です。

 

また、再生医療と従来の治療法(ステロイドパルス療法など)を併用することで、急性期の炎症コントロールと長期的な神経再生・修復の両方にアプローチする治療戦略も検討されています。

 

今後の研究の進展により、ADEMによる後遺症を最小限に抑え、患者のQOLを向上させる新たな治療選択肢となることが期待されています。

 

再生医療技術を用いた中枢神経系疾患の治療戦略に関する研究の詳細はこちら