HPVワクチンの定期接種は、小学校6年生から高校1年生相当の女子が対象となっています。この年齢設定には科学的根拠があります。HPVワクチンは性的接触によるHPV感染を予防するためのものであり、初めての性的接触前に接種を完了することで最も高い予防効果が期待できます。
具体的な研究データによると、スウェーデンでは17歳未満でワクチン接種を受けた場合、子宮頸がんリスクが88%減少したという報告があります。また、英国では12-13歳でのワクチン接種により、子宮頸がんリスクが87%減少したというデータも示されています。
特に注目すべきは、14歳までに接種を開始すると抗体産生量が多く、2回の接種で十分な効果が得られるという点です。令和5年(2023年)4月から、14歳までにワクチンを接種し始めると2回で終了できる「2回接種」が開始されました。これは、若い年齢ほどHPVウイルスに対する抗体がより多く産生されるためです。
実際の研究(Iversen OE et al. 2016)によると、14歳までに2回接種した場合と15歳以降に3回接種した場合で、抗体産生量に有意差がなかったことが確認されています。むしろ、14歳までの2回接種の方が抗体量が高い傾向にあったというデータもあります。
このことから、医療従事者として患者さんには、可能な限り早期(小学校6年生から)の接種開始をお勧めすることが重要です。
日本で使用可能なHPVワクチンは、「サーバリックス(2価)」、「ガーダシル(4価)」、「シルガード9(9価)」の3種類があります。それぞれのワクチンには、予防できるHPV型と疾患に違いがあります。
【各ワクチンの特徴と予防効果】
ワクチン名 | 対象HPV型 | 予防できる疾患 | 発売時期 |
---|---|---|---|
サーバリックス(2価) | 16型、18型(高リスク型) | 約70%の子宮頸がん | 2009年12月 |
ガーダシル(4価) | 6型、11型(低リスク型) 16型、18型(高リスク型) |
約70%の子宮頸がん・肛門がん 尖圭コンジローマ |
2011年8月 |
シルガード9(9価) | 6型、11型(低リスク型) 16、18、31、33、45、52、58型(高リスク型) |
約90%の子宮頸がん 尖圭コンジローマ |
2021年2月 (定期接種化:2023年4月) |
特に注目すべきは、9価ワクチン「シルガード9」が2023年4月から定期予防接種の対象となったことです。9価ワクチンは、従来の2価・4価ワクチンでカバーできなかったHPV型(31、33、45、52、58型)にも効果があり、子宮頸がん予防効果が約90%に向上しています。
なお、既に2価または4価ワクチンの接種を開始している場合でも、途中から9価ワクチンに切り替えて合計3回となるように接種を完了することが可能です。ただし、原則として同じ種類のワクチンで接種を完了することが推奨されていますので、切り替えを希望する場合は医師と相談することが必要です。
また、9価ワクチンは世界的に需要が高く、日本での供給が安定するのは2023年頃と予測されていました。現在は供給状況が改善されていますが、これまでの供給不足の影響で接種が遅れている方もいるため、キャッチアップ接種の期限延長などの対応が取られています。
HPVワクチンは2013年6月から積極的勧奨が一時的に差し控えられていましたが、2021年11月に専門家による評価を受けて積極的勧奨が再開されました。この間に接種機会を逃した女性に対して、キャッチアップ接種が実施されています。
キャッチアップ接種の対象は、1997年4月2日から2009年4月1日までに生まれた女性です。当初の期限は2025年3月31日までとされていましたが、重要な変更点があります。
注目すべき最新情報: 2025年1月、厚労省は夏以降の大幅な需要増で供給不足の影響が出たことを受け、「2025年3月末までに接種を開始した場合、全3回の接種を公費で完了できる」という方針を公表しました。つまり、少なくとも1回目の接種を2025年3月31日までに済ませていれば、2回目以降は2026年3月31日まで公費(無料)で接種を続けることができます。
この期限延長は、HPVワクチン接種の供給不足問題に対応するための措置です。特に9価ワクチン「シルガード9」は2023年4月から定期接種に追加されたことで需要が急増し、一時的な供給不足が生じていました。
医療従事者としては、対象となる患者さんに「まずは2025年3月31日までに1回目の接種を必ず受けること」を強調し、その後のスケジュールを計画的に組むよう助言することが重要です。
HPVワクチンの接種スケジュールは、ワクチンの種類と初回接種時の年齢によって異なります。適切な間隔を保つことで最大の免疫効果が得られるため、医療従事者は患者に正確な情報を提供する必要があります。
【ワクチン別の接種スケジュール】
標準的な接種間隔を確保できない場合は、最低限の間隔を守ることが重要です。例えば、サーバリックスの場合、1か月以上の間隔をあけて2回接種し、1回目の接種から5か月以上かつ2回目接種から2か月半以上空けて3回目を接種します。
また、既に接種を開始しているワクチンとは異なる種類のワクチンに途中で切り替えることも可能ですが、その場合は医師と十分に相談した上で判断することが推奨されています。
重要なのは、3回(または2回)の接種を完了するまでに約6ヶ月間かかるという点です。このため、キャッチアップ接種の対象者は2025年3月31日までに1回目を接種し、その後のスケジュールを計画的に組む必要があります。
世界的にみると、約125カ国でHPVワクチンが導入され、9歳から14歳の少女の約3人に1人が接種を受けられる状況になっています。日本と海外では、HPVワクチンに対する取り組みに差があり、特に接種率と子宮頸がん検診受診率において顕著な違いがあります。
子宮頸がん検診の受診率は、欧米では約80%に達しているのに対し、日本ではわずか約40%と非常に低い状況です。これは大きな問題であり、ワクチン接種と検診の両方を推進することが重要です。
また、海外では男子への定期接種も進んでいます。HPVは子宮頸がんだけでなく、肛門がんや咽頭がんなど、男性にも関連するがんを引き起こすことがわかっており、男性への接種もがん予防に有効です。日本では現在、男子は定期接種の対象になっていませんが、今後導入される可能性があります。
興味深い科学的知見として、予防接種ストレス関連反応(Immunization Stress-Related Responses:ISRR)という概念がWHOによって2020年1月に発表されました。これは、特に10代の若者において、注射への恐怖や不安によって生じる身体的・心理的反応を説明するものです。HPVワクチン接種後の副反応として報告された症状の一部は、このISRRの特徴と一致することが指摘されています。
医療従事者としては、ワクチン接種時の環境づくりや適切な説明によって、患者の不安を軽減することが重要です。特に接種時の血管迷走神経反射(失神)などに注意し、接種後は30分程度、医療施設で休息を取ることを勧めるなどの対応が有効です。
また、最新の研究では、HPVワクチンの効果は接種後20年程度続くとされています。すでにワクチン接種を早期に導入した欧米やオーストラリアでは、子宮頸がんの減少が実証されており、ワクチンの有効性が確認されています。
日本でも9価ワクチンの導入により、子宮頸がん予防効果がさらに高まることが期待されています。医療従事者は、こうした科学的エビデンスに基づいた情報を患者に提供し、ワクチン接種と定期的な検診の重要性を伝えることが求められています。
ワクチン接種だけでは全ての子宮頸がんを防げるわけではないため、性交渉の経験がある人は、ワクチン接種の有無にかかわらず20歳を過ぎたら定期的に子宮頸がん検診を受けることが非常に重要です。
厚生労働省のHPVワクチンに関する最新情報はこちらから確認できます
日本婦人科腫瘍学会のHPVワクチンQ&Aでより詳しい情報を確認できます