急性腹症診療ガイドライン2025が2025年3月に刊行され、10年ぶりの改訂となりました 。このガイドラインは急性腹症診療を科学的に構築することに挑戦し、特に急性腹膜炎を含む生命に危険を及ぼす病態の早期認識と適切な対応に焦点を当てています 。
参考)「急性腹症診療ガイドライン2025」、ポイント学習動画など新…
急性腹症診療ガイドライン2015では、腹痛患者の中には虚血性疾患・出血性疾患・汎発性腹膜炎といった生命に関わる疾患があることを明らかにし、2段階診療法(2 step method)を採用しました 。第1段階では生体兆候(バイタルサイン)に異常を呈する緊急疾患を鑑別し、第2段階では緊急手術が必要となる病態(出血、臓器の虚血、汎発性腹膜炎、臓器の急性炎症)の有無を鑑別します 。
参考)急性腹症診療ガイドライン2015:
最新のガイドラインでは、急性腹膜炎の診療において迅速な対応が必要な理由として、敗血症やショック状態への進行リスクが高いことが強調されています 。特に発症から治療開始までの時間短縮が予後に大きく影響するため、診断と同時に治療を開始することが推奨されています 。
参考)https://www.matsuyama.jrc.or.jp/wp-content/uploads/pdfs/mr1_17.pdf
腹膜炎の診断には、2016年にISPD(国際腹膜透析学会)から提唱され、現在世界的に使用されている診断基準が適用されます 。診断基準は以下の3つのうち、少なくとも2つに該当する場合に腹膜炎と診断されます 。
参考)https://www.jsdt.or.jp/tools/file/download.cgi/2658/PDGL2019_09Part1%E7%AC%AC%E5%85%AD%E7%AB%A0_%E8%85%B9%E8%86%9C%E7%82%8E%E7%AE%A1%E7%90%86.pdf
参考)腹膜透析 - 03. 泌尿器疾患 - MSDマニュアル プロ…
診断に必要な検査として、腹水検体を採取してグラム染色、培養、白血球数測定(分画を含む)を行います 。血液検査では白血球数の増加やCRPの上昇をチェックし、炎症の程度を評価します 。
画像検査では、腹部X線検査やCT撮影が重要な役割を果たします 。CT検査は極少量のフリーエアーでも診断可能で、腹水や腸管の浮腫、腫瘍の診断も可能です 。単純レントゲン検査でもフリーエアーの診断は可能ですが、CTの方がより高い診断精度を示します 。
参考)https://medicalnote.jp/diseases/%E8%85%B9%E8%86%9C%E7%82%8E/contents/170706-002-ZK
培養検査では90%以上で陽性となり、約90%で白血球数が100個/μLを超えます 。培養陰性かつ白血球数100個/μL未満でも腹膜炎は除外されないため、臨床基準に基づき腹膜炎が疑われる場合は培養結果を待たずに治療を開始すべきです 。
急性腹膜炎の発症メカニズムは大きく分けて消化器官の穿孔と細菌感染の2つに分類されます 。消化器官に穿孔が生じた場合、消化液や便が腹腔に漏れ出て急激な化学的炎症を引き起こし、直後に腸内細菌による感染が続発します 。
参考)急性腹痛 - 01. 消化管疾患 - MSDマニュアル プロ…
腹膜炎における疼痛のメカニズムには、内臓痛と体性痛の2つの要素があります 。内臓痛は腹部臓器由来の疼痛で、自律神経線維に支配され、主に拡張や筋収縮に反応して漠然とした鈍痛を生じます 。一方、体性痛は壁側腹膜由来の疼痛で、体性神経に支配され、炎症による刺激に反応して鋭く局在の明確な痛みを生じます 。
急性腹膜炎では、炎症の範囲により症状の重篤度が異なります 。汎発性腹膜炎は限局性腹膜炎よりも炎症範囲が広いため、強い痛みや吐き気・嘔吐の症状が出やすく、頻脈や速くて浅い呼吸、敗血症を伴うことがあります 。敗血症を起こしている場合は、血圧低下・頻脈・尿量減少といった全身症状が現れます 。
特発性細菌性腹膜炎の場合、明確な発症メカニズムは解明されていませんが、易感染性があり、腹腔内に入り込んだ微量の細菌が腹水の中で増殖するという考え方があります 。この病態では肝硬変などの基礎疾患が関与することが多く、免疫機能の低下が感染を助長します 。
参考)https://medicalnote.jp/diseases/%E6%80%A5%E6%80%A7%E8%85%B9%E8%86%9C%E7%82%8E
急性腹膜炎の治療において、抗菌薬投与は最も重要な治療の柱となります 。腹膜炎の炎症は基本的に細菌感染によるものが多いため、診断確定前でも臨床的に腹膜炎が疑われる場合は直ちに抗菌薬治療を開始します 。
参考)腹膜炎の場合、主にどのような治療をしますか?
腹腔内感染症に対する抗菌薬選択では、一般的方法として以下の薬剤が推奨されています :
参考)腹腔内感染症
特殊な病原菌に対しては追加薬剤の投与が必要です 。腸球菌感染が疑われる場合はアンピシリンまたはバンコマイシンを追加し、MRSA感染が疑われる場合はバンコマイシン、テイコプラニン、ダプトマイシンまたはリネゾリドを選択します 。
カンジダ感染症に対しては、重篤患者にはエキノキャンディン系薬剤(カスポファンギン、ミカファンギン)を、非重篤患者にはフルコナゾールを投与します 。非C. albicans種に対してはエキノキャンディン系薬剤が推奨されています 。
治療期間は通常10-14日間継続し、臨床的改善が得られない場合は薬剤の変更や外科的治療の検討が必要です 。腹膜透析関連腹膜炎では、72時間後に臨床的改善があれば初期治療を14日間続け、改善がない場合は腹水細胞や培養を再検査します 。
参考)http://jsped.kenkyuukai.jp/images/sys%5Cinformation%5C20141016131109-BE23CEF83D38E236D072FC4E96EDA9FFC0AE59A97325E056447BDCE62C8A1650.pdf
急性腹膜炎の治療では、抗菌薬投与と並行して全身状態の管理が極めて重要です 。腹膜炎をきたすような状態は重症、もしくは重症化する危険性が高いため、多くの場合入院による集学的治療が必要となります 。
輸液管理では、まず末梢静脈ルートを確保し輸液負荷を開始します 。患者がショック状態であり、EGDT(早期目標指向型治療)に準じた治療を行う場合は、中心静脈カテーテルを留置します 。末梢静脈路確保が困難な場合、小児・成人にかかわらず骨髄輸液法を考慮します 。
参考)https://plaza.umin.ac.jp/jaem/docs/guideline2015_12.pdf
栄養管理では、腹腔内の炎症により食事の刺激が状態を悪化させる可能性が高いため、基本的に絶食とし、食事の代わりの水分と栄養を点滴から補給します 。血圧や脈拍などバイタルサインが安定するよう適宜点滴や薬剤で調整し、重篤な場合は人工呼吸器による呼吸サポートが必要な場合もあります 。
外科的治療の適応として、消化管穿孔がみられる場合は穴を塞ぐ手術、虫垂炎の場合は虫垂切除術、腹腔内の汚染が確認された場合は洗浄術を行います 。骨盤腹膜炎に対しては絶対安静の入院と作用の強い抗生物質で治療を開始し、薬物療法の効果がみられない場合に手術を検討します 。
予後改善のためには、診断から治療開始までの時間短縮が最も重要な因子です。敗血症性ショックに進行する前の早期診断・早期治療開始により、死亡率の大幅な低下が期待できます。また、適切な感染源コントロールと個々の患者の病態に応じた抗菌薬選択により、治療成功率の向上が可能となります。