アバタセプトは関節リウマチ治療に使用される生物学的製剤で、独自の作用機序を持っています。他の生物学的製剤がTNF-αやIL-6などの炎症性サイトカインを直接阻害するのに対し、アバタセプトは免疫反応のより上流に位置するT細胞の活性化過程に介入します。
具体的には、アバタセプトは抗原提示細胞表面に発現するCD80およびCD86分子に特異的に結合することで、T細胞上のCD28との相互作用を阻害します。この作用により、T細胞の完全な活性化に必要な共刺激シグナルが遮断され、炎症性サイトカインやメディエーターの産生が抑制されるのです。
非臨床試験では、アバタセプトはin vitro試験においてCD4陽性T細胞の増殖およびIL-2、TNF-α等のサイトカインの産生を抑制し、ラットの関節炎モデルでは足浮腫、炎症性サイトカイン産生および関節破壊を抑制しました。
臨床的効果については、以下のような患者群で有効性が示されています。
海外の臨床試験では、関節リウマチの標準的治療薬であるメトトレキサートの効果不十分例やTNF阻害薬の効果不十分例に対して、疾患活動性の改善ならびに関節破壊抑制効果を示しました。例えば、ACR20(米国リウマチ学会の20%改善基準)達成率は用量依存性に向上し、身体機能やQOLの改善も報告されています。
特筆すべきは、2024年2月にLancet誌に掲載されたAPIPPRA試験の結果です。この第IIb相試験では、関節リウマチ発症リスクの高い段階でのアバタセプト投与が、関節リウマチへの進行を抑制し、投与終了後もその効果が持続することが示されました。この結果は、関節リウマチの発症予防という新たな治療パラダイムの可能性を示唆しています。
APIPPRA試験の詳細(Carenet医療ニュース)
また、福岡RA生物学的製剤治療研究会による国内の多施設共同研究では、実際の臨床現場におけるアバタセプトの有効性が検証されており、DAS28ESRやSDAIといった疾患活動性指標の有意な改善が報告されています。
アバタセプトは他の生物学的製剤と比較して安全性プロファイルが比較的良好とされていますが、免疫系に作用する薬剤であるため、いくつかの副作用に注意が必要です。国内外の臨床試験から報告されている主な副作用発現率と症状を理解することが、適切な患者管理のために重要です。
国内臨床試験では、アバタセプト投与群における副作用発現頻度は41.5%(107/258例)と報告されています。主な副作用として以下が挙げられます。
一方、海外の臨床試験では、安全性評価対象1,955例中1,020例(52.2%)に副作用(臨床検査値異常を含む)が認められています。主な副作用の内訳は以下の通りです。
日本での市販後調査(全例調査)においても、安全性解析対象例3,967例中589例(14.8%)に副作用が認められています。主な副作用は以下の通りです。
これらの数字から、アバタセプトの副作用は主に軽度から中等度であり、その多くは感染症(特に上気道感染症)と消化器症状、神経系症状(頭痛、めまいなど)に分類されることがわかります。
皮下注製剤と点滴静注製剤で副作用プロファイルに若干の違いがありますが、基本的な安全性プロファイルは類似しています。皮下注製剤では注射部位反応などが追加で報告されることがあります。
アバタセプト治療において特に注意すべき重大な副作用があります。これらは頻度は低いものの、生命を脅かす可能性があるため、早期発見と適切な対応が極めて重要です。
【重大な副作用】
日本リウマチ学会の「関節リウマチ(RA)に対するアバタセプト使用の手引き」によれば、重篤な有害事象では感染症が最多であり、特に呼吸器感染に注意が必要とされています。
アバタセプトの添付文書には警告として「本剤を投与された患者に、重篤な感染症等があらわれることがある。敗血症、肺炎、真菌感染症を含む日和見感染症等の致命的な感染症が報告されているため」との記載があります。
安全性モニタリングのポイントとして、以下の対策が推奨されます。
アバタセプトの長期安全性に関する統合解析では、長期投与による有害事象発現率の増加は認められておらず、安全性プロファイルは比較的安定していることが報告されています。このことは、適切な患者選択とモニタリングを行えば、長期的な治療オプションとして使用できることを示唆しています。
関節リウマチ治療においては複数の生物学的製剤が使用可能であり、それぞれ作用機序や効果・副作用プロファイルが異なります。アバタセプトと他の主要な生物学的製剤の比較は、個々の患者に最適な治療選択を行う上で重要な情報となります。
【主要な生物学的製剤との比較】
薬剤分類 | 代表的薬剤 | 作用機序 | 効果の特徴 | 副作用の特徴 |
---|---|---|---|---|
T細胞共刺激調節薬 | アバタセプト | T細胞活性化抑制 | 効果発現がやや緩徐、持続性あり | 感染症リスクは比較的低め、呼吸器感染に注意 |
TNF阻害薬 | インフリキシマブ エタネルセプト アダリムマブなど |
TNF-α阻害 | 効果発現が比較的早い | 結核リスク高め、脱髄疾患リスク |
IL-6阻害薬 | トシリズマブ サリルマブ |
IL-6シグナル阻害 | 貧血改善効果あり、単剤でも高い効果 | 肝機能障害、脂質異常症、消化管穿孔リスク |
JAK阻害薬 | トファシチニブ バリシチニブなど |
JAKシグナル阻害 | 経口薬、効果発現早い | 帯状疱疹リスク高め、血栓症リスク |
アバタセプトの特徴として、他の生物学的製剤と比較して以下のポイントが挙げられます。
特に注目すべき点として、TNF阻害薬で効果不十分であった患者や、感染症リスクが懸念される患者において、アバタセプトは選択肢となりうることが挙げられます。また、悪性腫瘍の既往歴がある患者においても、比較的安全に使用できる可能性があります。
実臨床での薬剤選択においては、患者背景(年齢、合併症、既往歴など)、疾患活動性、治療目標、患者希望(投与経路など)を総合的に判断することが重要です。
アバタセプトの作用機序である「T細胞活性化抑制」という特性を活かした新たな治療応用が始まっています。最近注目されているのが、免疫チェックポイント阻害薬(ICI)による有害事象(immune-related Adverse Events: irAE)の一つである心筋炎の治療への応用です。
国立がん研究センター東病院循環器科の田尻和子科長のグループは、致死的となりうるirAE心筋炎の治療にアバタセプトを試験的に投与しています。これはがん免疫療法の副作用に対する革新的なアプローチとして注目されています。
irAE心筋炎は、免疫チェックポイント阻害薬によって過剰に活性化したT細胞が心筋組織を攻撃することで発症すると考えられています。従来の治療ではステロイドのパルス療法が第一選択ですが、ステロイド不応例に対する確立された治療法はありません。
アバタセプトは、このirAE心筋炎の原因となる過剰に活性化したT細胞の働きを抑制する効果が期待できます。田尻科長らは関節リウマチの用法用量に準じた投与法(体重に応じて500mg〜1gを点滴静注)で治療を行っており、効果が不十分な場合にはアバタセプトの増量も検討しているとのことです。
この試みは、アバタセプトの免疫調節作用が関節リウマチ以外の自己免疫疾患や免疫関連有害事象にも応用できる可能性を示唆しています。ただし、同時に抗腫瘍免疫効果を損なう懸念もあるため、効果と副作用のバランスを取るかじ取りが重要な課題となっています。
海外ではIL-6受容体抗体のトシリズマブをirAE心筋炎治療に使用する試みも報告されており、また田尻科長はJAK阻害薬も候補になりうると指摘しています。JAK2分子の活性化がirAE心筋炎の心筋で認められるという報告があるためです。
このような新たな治療応用の可能性は、アバタセプトの作用機序に基づいた論理的展開であり、今後の臨床研究の進展が期待されます。適応外使用となるため保険適用の問題はありますが、致死的な合併症に対する救命治療としての位置づけが確立されれば、新たな治療オプションとなる可能性があります。
irAE心筋炎へのアバタセプト使用に関する詳細(Cancer & Cardio)
アバタセプトを効果的かつ安全に使用するためには、適切な患者選択と治療中のモニタリングが不可欠です。日本リウマチ学会の「関節リウマチ(RA)に対するアバタセプト使用の手引き」などを参考に、実臨床での注意点を整理します。
【投与前の確認事項】
【投与スケジュールと投与法】
アバタセプトには点滴静注用製剤と皮下注射製剤があり、それぞれ投与スケジュールが異なります。
【治療中のモニタリング】
【副作用発現時の対応】
アバタセプトの安全な使用のためには、これらの注意点を踏まえた適切な患者教育とモニタリングが重要です。特に高齢者や合併症を有する患者では、より慎重な観察が必要となります。
また、定期的なワクチン接種(特にインフルエンザワクチン、肺炎球菌ワクチン)を考慮することも、感染症予防の観点から推奨されています。ただし、生ワクチンは投与中および投与中止後一定期間は避けるべきとされています。