肝がんは肝臓の細胞ががん化することで発生する悪性腫瘍です。日本における肝がんの原因として最も多いのは、B型・C型肝炎ウイルスの持続感染です。特にC型肝炎は日本の肝細胞がんの約60%を占めており、B型肝炎の約15%と合わせると、日本の肝がんの約75%が肝炎ウイルス由来となっています。
肝がんの発生メカニズムとしては、慢性的な炎症が重要な役割を果たしています。肝臓の細胞に持続的な炎症が生じると、細胞が再生と変性を繰り返すうちに遺伝子変異が蓄積し、がん化していきます。特に肝硬変に進行した場合、肝がんの発生リスクが顕著に高まります。
肝がんの主な原因は以下のとおりです。
近年では、生活習慣の変化に伴い、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)からの肝がん発症が増加傾向にあります。NASHは脂肪肝の重症型で、肝硬変や肝がんへ進行するリスクが高い慢性肝疾患です。2023年5月に神戸大学の研究グループによって、NASHの原因解明に関する重要な発見がなされました。
肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれるように、肝がんの初期段階ではほとんど症状が現れません。これが肝がんの早期発見を困難にしている大きな要因です。症状が出始める頃には、すでにがんがかなり進行していることが多いのです。
肝がんが進行し、肝機能が低下してくると、以下のような症状が現れ始めます。
さらに病状が進行すると、以下のような症状も加わります。
特に注意すべき点として、黄疸が出現した場合は、肝機能がかなり低下している可能性が高いため、すぐに医療機関を受診する必要があります。また、非特異的な症状(食欲不振、倦怠感など)が持続する場合も、肝臓の精密検査を受けることが重要です。
肝がんは症状が乏しいため、肝炎ウイルス感染者や肝硬変の患者さんは、定期的な画像診断と血液検査によるスクリーニングが欠かせません。
肝がんの診断は、血液検査と画像診断を組み合わせて行われます。まず、血液検査では肝機能検査(AST、ALT、γ-GTPなど)と腫瘍マーカー(AFP、PIVKA-IIなど)を測定します。腫瘍マーカーの上昇は肝がんの可能性を示唆しますが、確定診断には画像検査が必須です。
画像診断としては、超音波検査、CT検査、MRI検査などが用いられます。特に造影剤を用いたダイナミックCTやMRIは、肝がんに特徴的な血流パターンを捉えることができるため、診断精度が高いとされています。
治療選択においては、他のがんと異なる重要な特徴があります。肝がんの場合、がんの進行度(ステージ)だけでなく、肝機能の状態(肝予備能)も治療選択の重要な判断材料となります。なぜなら、肝がん患者の多くは慢性肝疾患の背景があり、肝機能が低下していることが多いためです。
肝がんの治療選択基準は、主に以下の3つの要素を考慮して決定されます。
日本では、これらの要因を統合的に評価した「肝がん治療アルゴリズム」が臨床現場で広く用いられています。このアルゴリズムに基づいて、各患者さんに最適な治療法が選択されます。
重要なのは、治療後に必要な肝機能を維持できるかという点です。例えば、手術を行う場合、切除後に十分な肝機能が残せるかを事前に評価する必要があります。
肝がんの治療法は、大きく分けて以下の5つに分類されます。
1. 外科的切除(肝切除術)
早期の肝がんで肝機能が良好な場合に選択される治療法です。がんを含む肝臓の一部を外科的に切除します。根治的治療として効果が期待できますが、肝機能低下や多発病変の場合は適応外となります。
2. 局所療法
3. 血管内治療
4. 全身薬物療法
5. 肝移植
若年の患者さんで、がんが一定の基準(ミラノ基準など)を満たし、他に有効な治療法がない場合に検討されます。
肝がんの生存率は残念ながら高くありません。早期発見できた場合でも5年生存率は約50%程度で、他臓器への転移がある進行がんの場合は約3%とされています。しかし、近年の治療法の進歩により、生存期間の延長が期待できるようになってきました。
特に注目すべき最新治療として、免疫チェックポイント阻害薬と分子標的薬の併用療法があります。これにより、従来の治療法よりも生存期間の延長が報告されています。
また、水素吸入療法については、非アルコール性脂肪肝炎から肝がんへの進行を抑制する可能性や、放射線治療の副作用を軽減する効果が研究で示唆されています。ただし、現時点では補助的な治療法として位置づけられています。
肝がんの予防には、その主な原因となる疾患の予防と管理が不可欠です。以下に効果的な予防策をまとめます。
1. ウイルス性肝炎の予防と適切な管理
2. アルコール摂取の適正化
3. 非アルコール性脂肪肝の予防
4. その他の予防策
特に重要なのは、リスクファクターを持つ人の定期的なスクリーニングです。B型・C型肝炎ウイルスキャリアや肝硬変患者は、3〜6か月ごとの超音波検査と腫瘍マーカー測定が推奨されています。
また、肝臓は「沈黙の臓器」と呼ばれるように、かなり障害が進行するまで症状が現れにくいため、40歳を過ぎたら定期的な健康診断で肝機能検査を受けることが重要です。肝機能の異常が見つかった場合は、適切な精密検査を受けるべきです。
肝がんの早期発見には、自覚症状に頼るのではなく、定期的な検査が不可欠です。早期に発見できれば、より低侵襲な治療法が選択でき、治療成績も向上します。肝がんは予防可能ながんであり、適切な予防策と早期発見の取り組みにより、発症率と死亡率の低下が期待できます。
近年、日本では肝がん患者数が減少傾向にありますが、これはウイルス性肝炎の治療薬の進歩やスクリーニング体制の確立が大きく貢献しています。引き続き肝炎ウイルス検査の普及と適切な治療、生活習慣の改善が重要となります。
日本肝臓学会による肝がん診療ガイドラインでは、肝がんの高リスク群に対するサーベイランスの重要性が強調されており、リスクに応じた適切なフォローアップが推奨されています。
国立がん研究センター:肝がんの原因・症状について詳しく解説されています
がん情報サービス:肝臓がん(肝細胞がん)の詳細な情報が提供されています
肝がんは「沈黙の臓器」に発生するがんだからこそ、予防と早期発見が何よりも重要です。肝炎ウイルス検査や定期的な健康診断を受けることで、肝臓の健康を守り、肝がんのリスクを低減させましょう。リスク因子を持つ方は、医師と相談しながら適切なサーベイランス計画を立てることをお勧めします。