低ナトリウム血症の症状と治療薬および対処法

低ナトリウム血症の原因や症状、治療薬や対処法を医学的に解説します。血液中のナトリウム濃度が低下する原因は何なのでしょうか?また効果的な治療法はあるのでしょうか?

低ナトリウム血症の症状と治療薬について

低ナトリウム血症の概要
🧪
基準値

血清ナトリウム濃度135〜145mEq/L(正常値)、135mEq/L未満で低ナトリウム血症と診断

🩺
主な症状

軽度:倦怠感、食欲不振、頭痛、吐き気 重度:意識障害、けいれん、昏睡

💊
一般的な治療法

水分制限、原因薬剤の調整、ナトリウム補充、バソプレシン受容体拮抗薬など

低ナトリウム血症の基準値と診断方法

低ナトリウム血症とは、血清中のナトリウム濃度が正常範囲を下回る状態を指します。一般的に、血清ナトリウム濃度の正常値は135〜145mEq/Lとされており、135mEq/L未満の場合に低ナトリウム血症と診断されます。特に130mEq/L未満では臨床症状が顕著になることが多く、125mEq/L未満では重症と判断されることが一般的です。

 

診断には、まず血清ナトリウム濃度の測定が基本となります。しかし、単に濃度を測定するだけでなく、低ナトリウム血症の原因を特定するために次のような検査が行われます。

  • 血漿浸透圧測定
  • 尿中ナトリウム濃度測定
  • 尿浸透圧測定
  • 体液量の臨床的評価
  • ホルモン検査(必要に応じて)

これらの検査結果を総合的に判断することで、低ナトリウム血症のタイプ分類が可能になります。一般的には、低張性低ナトリウム血症(血漿浸透圧が低下している状態)がもっとも一般的です。このタイプはさらに、体液量の状態により「低張性低ナトリウム血症」は以下の3つに分類されます。

  1. 低張性低ナトリウム血症(低ボリューム)
  2. 低張性低ナトリウム血症(正常ボリューム)
  3. 低張性低ナトリウム血症(高ボリューム)

こうした分類は治療方針を決定する上で重要な指標となります。

 

低ナトリウム血症の主な症状と危険性

低ナトリウム血症の症状は、その進行度合いによって大きく異なります。軽度の場合(130〜135mEq/L)では無症状のこともありますが、以下のような初期症状が現れることがあります。

  • 倦怠感や全身の疲労感
  • 食欲不振
  • 頭痛
  • 吐き気
  • めまいやふらつき
  • 筋肉の痙攣やこわばり
  • 集中力の低下

血清ナトリウム濃度がさらに低下すると(125〜130mEq/L)、症状は進行し。

  • 嘔吐
  • 精神混乱
  • 見当識障害
  • 歩行障害

そして重度の低ナトリウム血症(125mEq/L未満)では、命に関わる症状が出現することがあります。

  • 意識障害
  • けいれん発作
  • 昏睡状態
  • 呼吸抑制

特に注意すべきは、低ナトリウム血症の進行速度です。急性(48時間以内に発症)の低ナトリウム血症は、慢性(48時間以上かけて緩徐に進行)のものに比べて、同じナトリウム値でもより重篤な症状を引き起こす傾向があります。これは急激な浸透圧変化による脳浮腫が原因です。

 

重症の低ナトリウム血症では脳浮腫が進行し、脳ヘルニアを引き起こす可能性があり、適切な治療がなされなければ致死的となることもあります。特に高齢者や女性、低栄養状態の患者さんでは重症化しやすいため注意が必要です。

 

低ナトリウム血症の原因と発症メカニズム

低ナトリウム血症は主に以下の3つのメカニズムによって発症します。

  1. 体内のナトリウム貯蔵能力の低下

    陸上生物は進化の過程で体内にナトリウムを貯める機能を発達させてきました。アルドステロンやコルチゾールなどのホルモンが腎臓でのナトリウム再吸収を促進していますが、高齢になるとこれらホルモンの分泌が低下し、ナトリウム保持能力が低下することがあります。

     

  2. 体内の水分量過剰によるナトリウムの希釈

    体内の水分量が過剰になると、相対的にナトリウム濃度が低下します。心不全や腎不全では体液の循環や排泄に障害が生じ、水分が体内に貯留しやすくなります。また、SIADH(抗利尿ホルモン不適合分泌症候群)では、体内に不適切に水分が貯留することでナトリウム濃度が低下します。

     

  3. 薬剤性の原因

    多くの薬剤が低ナトリウム血症を引き起こす可能性があります。

    • 利尿薬(特にループ利尿薬、サイアザイド系利尿薬)
    • ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)
    • ACE阻害薬
    • 抗うつ薬のSSRI
    • カルバマゼピンなどの抗てんかん薬
    • NSAIDs非ステロイド性抗炎症薬

特に高齢者や腎機能低下患者では、複数の薬剤を併用している場合も多く、薬剤性の低ナトリウム血症のリスクが高まります。

 

また、下記のような疾患も低ナトリウム血症の原因となります。

  • 副腎皮質機能低下症(アジソン病など)
  • 甲状腺機能低下症
  • 下垂体機能低下症
  • 腎臓疾患(塩喪失性腎症など)
  • 肝硬変
  • うっ血性心不全
  • 激しい嘔吐や下痢による消化管からのナトリウム喪失

さらに、水中毒(過剰な水分摂取)や、マラソンなどの長時間運動後の不適切な水分補給も原因となることがあります。

 

低ナトリウム血症の治療薬と水分制限の重要性

低ナトリウム血症の治療方針は、原因、重症度、発症速度によって異なります。基本的な治療アプローチは以下の通りです。
1. 水分制限
軽度から中等度の低ナトリウム血症では、水分摂取制限が基本となります。一般的には1日1リットル以下に制限することで、体内の水分量を減らし、相対的にナトリウム濃度を上昇させます。特に、SIADH(抗利尿ホルモン不適合分泌症候群)による低ナトリウム血症では、水分制限が第一選択となります。

 

2. 薬物療法

  • ナトリウム補充:経口または静脈内投与によるナトリウム補充療法。特に急性の重症低ナトリウム血症では、3%高張食塩水の静脈内投与が行われることがあります。ただし、補正速度には十分な注意が必要です。通常、血清ナトリウム濃度の上昇は24時間あたり8-10mEq/L以下に制限されます。急速な補正は、浸透圧性脱髄症候群(中心性橋脱髄症候群)という重篤な合併症を引き起こす恐れがあるためです。
  • バソプレシン受容体拮抗薬(バプタン)トルバプタンなどのV2受容体拮抗薬は、腎臓での水再吸収を抑制し、水利尿を促進することでナトリウム濃度を上昇させます。特に、SIADH、心不全、肝硬変による低ナトリウム血症に有効です。ただし、肝障害のリスクがあるため、使用には注意が必要です。
  • ウレア:尿素製剤も水利尿を促進し、血清ナトリウム濃度を上昇させる効果があります。SIADHによる慢性低ナトリウム血症の治療に用いられることがあります。

3. 原因疾患・薬剤の治療・調整

  • 薬剤調整:低ナトリウム血症の原因となっている薬剤(利尿薬、ARB、ACE阻害薬など)の用量減量や中止を検討します。特に高齢者では、ARBからカルシウム拮抗薬への変更が有効なケースもあります。
  • ホルモン補充療法:副腎不全や甲状腺機能低下症が原因の場合は、それぞれコルチゾールや甲状腺ホルモンの補充療法を行います。
  • 原疾患の治療:心不全、肝硬変、腎疾患などの基礎疾患に対する適切な治療を行います。

治療効果のモニタリングとして、定期的な血清ナトリウム濃度の測定が不可欠です。特に補正初期には、4-6時間ごとの測定が推奨されることもあります。

 

MSDマニュアル:低ナトリウム血症の治療法についての詳細情報

低ナトリウム血症における高齢者の特殊性と注意点

高齢者は低ナトリウム血症の高リスク群であり、特別な配慮が必要です。その理由と対応について解説します。

 

高齢者が低ナトリウム血症を発症しやすい理由:

  1. 腎機能の加齢変化:加齢に伴い腎尿細管でのナトリウム再吸収能力が低下します。高齢者では、アルドステロンによるナトリウム再吸収機能が代償的に働いていることが多いです。
  2. MRHE(Mineralocorticoid Responsive Hyponatremia of the Elderly):高齢者特有の病態で、腎尿細管からのナトリウム再吸収能力低下により、代償的にアルドステロンの作用に依存している状態です。このような状態でARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)などを使用すると、アルドステロンの作用がブロックされ、低ナトリウム血症が顕在化します。
  3. 多剤併用:高齢者は複数の慢性疾患を持つことが多く、低ナトリウム血症を引き起こす可能性のある薬剤の併用頻度が高くなります。
  4. 体内水分量調節機能の低下:高齢者では口渇中枢の感受性低下や、ADH(抗利尿ホルモン)の不適切な分泌調節があり、体液バランスが乱れやすくなります。
  5. 基礎疾患の存在:心不全、腎不全、肝疾患などの合併症を持つことが多く、これらは低ナトリウム血症のリスク因子となります。

高齢者の低ナトリウム血症に対する対応と注意点:

  1. 薬剤選択の配慮:高血圧治療においては、ARBやACE阻害薬よりも、カルシウム拮抗薬を優先的に選択することが望ましい場合があります。既にARBを使用していて低ナトリウム血症が発生した場合は、カルシウム拮抗薬への変更を検討します。
  2. 慎重な補正速度:高齢者は浸透圧性脱髄症候群のリスクが高いため、ナトリウム補正速度はより慎重に管理する必要があります。一般的に24時間で6-8mEq/L以下の補正が推奨されます。
  3. 症状評価の難しさ:高齢者では低ナトリウム血症の症状が非特異的で、単なる「老化現象」と誤認されることがあります。軽度の認知機能低下や倦怠感、食欲低下なども低ナトリウム血症の症状として評価する必要があります。
  4. 定期的な電解質モニタリング:利尿薬やARBなどを使用している高齢者では、定期的な血清電解質測定が重要です。特に服薬開始時や用量変更時には注意が必要です。
  5. 適切な水分摂取指導:過剰な水分摂取を避け、適切な塩分摂取を維持するよう指導します。特に認知症患者では、介護者への指導も重要です。

実際の臨床例として、90歳の高齢女性が高血圧治療のためARBを服用中に倦怠感と食欲低下を呈し、血清ナトリウム値125mEq/Lの低ナトリウム血症と診断されたケースがあります。ARBの中止とカルシウム拮抗薬への変更により、症状は改善し、低ナトリウム血症の再発は認められませんでした。このような症例は、高齢者におけるMRHEの典型例と考えられます。

 

クスキ内科クリニック:MRHEによる低ナトリウム血症の症例紹介
高齢者の低ナトリウム血症は、適切な診断と対応により改善可能であり、QOL向上にもつながります。薬剤選択と定期的なモニタリングが特に重要な管理ポイントとなります。