低ナトリウム血症とは、血清中のナトリウム濃度が正常範囲を下回る状態を指します。一般的に、血清ナトリウム濃度の正常値は135〜145mEq/Lとされており、135mEq/L未満の場合に低ナトリウム血症と診断されます。特に130mEq/L未満では臨床症状が顕著になることが多く、125mEq/L未満では重症と判断されることが一般的です。
診断には、まず血清ナトリウム濃度の測定が基本となります。しかし、単に濃度を測定するだけでなく、低ナトリウム血症の原因を特定するために次のような検査が行われます。
これらの検査結果を総合的に判断することで、低ナトリウム血症のタイプ分類が可能になります。一般的には、低張性低ナトリウム血症(血漿浸透圧が低下している状態)がもっとも一般的です。このタイプはさらに、体液量の状態により「低張性低ナトリウム血症」は以下の3つに分類されます。
こうした分類は治療方針を決定する上で重要な指標となります。
低ナトリウム血症の症状は、その進行度合いによって大きく異なります。軽度の場合(130〜135mEq/L)では無症状のこともありますが、以下のような初期症状が現れることがあります。
血清ナトリウム濃度がさらに低下すると(125〜130mEq/L)、症状は進行し。
そして重度の低ナトリウム血症(125mEq/L未満)では、命に関わる症状が出現することがあります。
特に注意すべきは、低ナトリウム血症の進行速度です。急性(48時間以内に発症)の低ナトリウム血症は、慢性(48時間以上かけて緩徐に進行)のものに比べて、同じナトリウム値でもより重篤な症状を引き起こす傾向があります。これは急激な浸透圧変化による脳浮腫が原因です。
重症の低ナトリウム血症では脳浮腫が進行し、脳ヘルニアを引き起こす可能性があり、適切な治療がなされなければ致死的となることもあります。特に高齢者や女性、低栄養状態の患者さんでは重症化しやすいため注意が必要です。
低ナトリウム血症は主に以下の3つのメカニズムによって発症します。
陸上生物は進化の過程で体内にナトリウムを貯める機能を発達させてきました。アルドステロンやコルチゾールなどのホルモンが腎臓でのナトリウム再吸収を促進していますが、高齢になるとこれらホルモンの分泌が低下し、ナトリウム保持能力が低下することがあります。
体内の水分量が過剰になると、相対的にナトリウム濃度が低下します。心不全や腎不全では体液の循環や排泄に障害が生じ、水分が体内に貯留しやすくなります。また、SIADH(抗利尿ホルモン不適合分泌症候群)では、体内に不適切に水分が貯留することでナトリウム濃度が低下します。
多くの薬剤が低ナトリウム血症を引き起こす可能性があります。
特に高齢者や腎機能低下患者では、複数の薬剤を併用している場合も多く、薬剤性の低ナトリウム血症のリスクが高まります。
また、下記のような疾患も低ナトリウム血症の原因となります。
さらに、水中毒(過剰な水分摂取)や、マラソンなどの長時間運動後の不適切な水分補給も原因となることがあります。
低ナトリウム血症の治療方針は、原因、重症度、発症速度によって異なります。基本的な治療アプローチは以下の通りです。
1. 水分制限
軽度から中等度の低ナトリウム血症では、水分摂取制限が基本となります。一般的には1日1リットル以下に制限することで、体内の水分量を減らし、相対的にナトリウム濃度を上昇させます。特に、SIADH(抗利尿ホルモン不適合分泌症候群)による低ナトリウム血症では、水分制限が第一選択となります。
2. 薬物療法
3. 原因疾患・薬剤の治療・調整
治療効果のモニタリングとして、定期的な血清ナトリウム濃度の測定が不可欠です。特に補正初期には、4-6時間ごとの測定が推奨されることもあります。
MSDマニュアル:低ナトリウム血症の治療法についての詳細情報
高齢者は低ナトリウム血症の高リスク群であり、特別な配慮が必要です。その理由と対応について解説します。
高齢者が低ナトリウム血症を発症しやすい理由:
高齢者の低ナトリウム血症に対する対応と注意点:
実際の臨床例として、90歳の高齢女性が高血圧治療のためARBを服用中に倦怠感と食欲低下を呈し、血清ナトリウム値125mEq/Lの低ナトリウム血症と診断されたケースがあります。ARBの中止とカルシウム拮抗薬への変更により、症状は改善し、低ナトリウム血症の再発は認められませんでした。このような症例は、高齢者におけるMRHEの典型例と考えられます。
クスキ内科クリニック:MRHEによる低ナトリウム血症の症例紹介
高齢者の低ナトリウム血症は、適切な診断と対応により改善可能であり、QOL向上にもつながります。薬剤選択と定期的なモニタリングが特に重要な管理ポイントとなります。