炭酸水素ナトリウム(NaHCO₃)は、医療現場で最も頻繁に使用される制酸剤の一つです。その主要な作用機序は、弱アルカリ性の性質を利用した胃酸の中和にあります。
胃内において、炭酸水素ナトリウムは以下の化学反応を起こします。
NaHCO₃ + HCl → NaCl + H₂O + CO₂
この反応により、過剰な胃酸(HCl)が中和され、胃痛や胸やけなどの症状が緩和されます。特に以下の疾患に対して効果を示します。
用法・用量として、成人では通常1日3~5gを数回に分割して経口投与します。ただし、胃酸との反応により二酸化炭素ガスが発生するため、胃部膨満感やゲップが生じることがあります。
興味深いことに、炭酸水素ナトリウムはバリウム造影検査においても重要な役割を果たします。胃内で発生する炭酸ガスが胃壁を伸展させ、造影剤の均一な付着を促進するため、より鮮明な画像診断が可能になります。
炭酸水素ナトリウムは、代謝性アシドーシスの治療において重要な役割を担います。健常な状態では、人体の血液は酸塩基平衡により弱アルカリ性(pH7.35~7.45)に維持されていますが、様々な病態によりこのバランスが崩れることがあります。
アシドーシスが発生する主な原因。
炭酸水素ナトリウムの投与により、体内でNa⁺(ナトリウムイオン)とHCO₃⁻(重炭酸イオン)に解離し、過剰な水素イオン(H⁺)を中和します。この作用により、血液のpHが正常範囲に回復し、以下の症状が改善されます。
静注用製剤では、成人に対して通常1回12~60mEq(1~5g)を静脈内注射します。ただし、急激な補正は危険であるため、血中Na濃度、PCO₂、血液ガス分析値を継続的にモニタリングしながら慎重に投与する必要があります。
炭酸水素ナトリウムの重要な効果の一つに、尿酸の排泄促進があります。この作用は、尿のpHをアルカリ性に変化させることで実現されます。
通常、尿は弱酸性(pH6.0前後)ですが、炭酸水素ナトリウムの投与により尿pHが上昇します。アルカリ性環境下では、尿酸の溶解度が著しく向上し、以下の効果が得られます。
この機序は、尿酸の化学的性質に基づいています。尿酸は弱酸性物質であり、酸性環境では結晶化しやすく、アルカリ性環境では溶解しやすい特性を持ちます。尿pHが6.5以上になると、尿酸の溶解度は劇的に増加します。
痛風患者に対する投与では、血清尿酸値の低下とともに、関節への尿酸結晶沈着の予防効果も期待できます。ただし、過度のアルカリ化は他の種類の結石(リン酸カルシウム結石など)のリスクを高める可能性があるため、尿pHを6.5~7.0程度に維持することが推奨されます。
炭酸水素ナトリウムは比較的安全な薬剤とされていますが、不適切な使用や過剰投与により重篤な副作用が発生する可能性があります。医療従事者が特に注意すべき副作用は以下の通りです。
代謝性アルカローシス
最も重要な副作用の一つで、血液のpHが過度にアルカリ性に傾く状態です。症状として以下が現れます。
電解質異常
消化器系副作用
循環器系への影響
ナトリウム負荷により、以下のリスクが増加します。
特に腎機能障害、心疾患、高血圧症の患者では慎重な投与が必要です。また、妊娠中の使用については、胎児への影響を考慮し、必要最小限に留めることが推奨されます。
炭酸水素ナトリウムは他の薬剤との相互作用により、治療効果の減弱や副作用のリスク増大を引き起こす可能性があります。医療従事者が把握すべき重要な相互作用は以下の通りです。
ヘキサミンとの相互作用
ヘキサミンは酸性尿中でホルムアルデヒドに変化し抗菌作用を発現しますが、炭酸水素ナトリウムによる尿のアルカリ化により、この効果が著しく減弱します。両剤の併用は避けるべきです。
大量の牛乳・カルシウム製剤との併用
milk-alkali syndromeと呼ばれる重篤な病態を引き起こす可能性があります。この症候群では以下の症状が現れます。
その他の注意すべき薬剤
禁忌・慎重投与が必要な患者
以下の患者では使用を避けるか、特に慎重な観察が必要です。
投与前には必ず患者の既往歴、併用薬、腎機能、電解質バランスを確認し、投与中は定期的な血液検査によるモニタリングを実施することが重要です。
医療従事者向けの詳細な添付文書情報については、以下のリンクで最新の情報を確認できます。
KEGG医薬品データベース - 炭酸水素ナトリウム
炭酸水素ナトリウムは適切に使用すれば非常に有効な薬剤ですが、その特性と副作用を十分に理解した上で、患者の状態に応じた慎重な投与が求められます。特に高齢者や基礎疾患を有する患者では、より綿密な観察と管理が必要となることを常に念頭に置いて診療にあたることが重要です。