高カルシウム血症とは、血清総カルシウム濃度が10.4mg/dL(2.60mmol/L)を超える、またはイオン化カルシウム濃度が5.2mg/dL(1.30mmol/L)を超える状態と定義されます。血液中のカルシウムは約半分がイオン化カルシウムとして存在し、残りはアルブミンなどのタンパク質と結合した形で存在しています。
カルシウム値の異常は以下のように重症度分類されます。
血中カルシウムのホメオスタシスは、主に副甲状腺ホルモン(PTH)、ビタミンD、カルシトニンによって厳密に制御されています。これらの調節因子のバランスが崩れると、血中カルシウム値の異常が生じます。
血中カルシウム値の評価にあたっては、低アルブミン血症の患者では、補正カルシウム値を算出することが重要です。
補正Ca(mg/dL) = 測定Ca(mg/dL) + [4.0 - 血清アルブミン(g/dL)] × 0.8
高カルシウム血症の原因は多岐にわたりますが、主要なものとして以下が挙げられます。
悪性腫瘍に伴う高カルシウム血症の特徴的な機序として、腫瘍細胞が産生するPTH関連ペプチド(PTHrP)が重要です。PTHrPはPTHと構造的に類似しており、PTH受容体に結合して骨吸収を促進し、腎臓からのカルシウム再吸収を増加させます。
成人T細胞白血病(ATL)では約80%と極めて高頻度で高カルシウム血症を合併することが知られており、固形癌では肺癌、口腔癌、鼻腔癌、咽頭癌、腎癌、乳癌などで発症します。
高カルシウム血症の症状は、血中カルシウム濃度に依存して多岐にわたります。軽度の高カルシウム血症(〜11.5mg/dL)では無症状であることが多いですが、中等度から重度になるにつれて以下のような症状が現れます。
消化器症状
神経筋症状
腎症状
心血管系症状
悪性腫瘍に伴う高カルシウム血症の特徴として、血清カルシウム値の上昇が急速であることが挙げられます。数日間のうちにカルシウム濃度が大きく上昇することがあり、これが生命を脅かす緊急事態に発展することもあります。
診断アプローチとしては、以下の検査が重要です。
これらの検査結果から診断のアルゴリズムを以下のように進めます。
特に、オピオイド使用中の患者で「ボーっとする」「はきけがする」などの症状が現れた場合、高カルシウム血症の可能性を考慮して検査を行うことが重要です。
高カルシウム血症の治療は、血清カルシウム値の程度と原因に応じて選択します。治療の基本方針は以下の4つのアプローチに集約されます。
軽度の高カルシウム血症(〜11.5mg/dL)の治療:
中等度の高カルシウム血症(11.5〜18mg/dL)の治療:
重度の高カルシウム血症(18mg/dL以上)の治療:
高カルシウム血症は、特に血清カルシウム値が18mg/dL(4.5mmol/L)を超える場合、高カルシウム血症クリーゼとして緊急治療を要します。このような重度の高カルシウム血症はショック、腎不全を引き起こし、適切な治療がなければ死に至ることもあります。
緊急治療の手順:
悪性腫瘍に伴う高カルシウム血症の予後に関する重要な考察点として、高カルシウム血症の再発パターンがあります。標準的治療薬の初回投与では約70%の有効性を示しますが、60〜80%の患者は1〜3週間後に再発します。2回目の発症では有効率が60%に低下し、3回目では30%以下まで低下します。
つまり、高カルシウム血症の存在自体が予後不良の指標となる可能性があり、悪性腫瘍患者では数ヶ月以内の生命予後を示唆することがあります。興味深いことに、骨転移による高カルシウム血症は、PTHrP産生による内分泌性の高カルシウム血症より予後が良好とされています。
緊急治療後の長期管理においては、原疾患の治療が最も重要です。悪性腫瘍に対する適切な治療(化学療法、放射線療法、外科的切除など)は、根本的な高カルシウム血症の制御につながります。
副甲状腺機能亢進症による高カルシウム血症では、副甲状腺の外科的切除が根治的治療となります。しかし、手術リスクの高い患者には、シナカルセトなどのカルシウム感知受容体作動薬による薬物療法も選択肢となります。
高カルシウム血症の患者管理においては、定期的な血清カルシウム値のモニタリングが必須です。特に悪性腫瘍患者では、「オピオイドを始めてはきけがする」「ボーっとする」といった症状が高カルシウム血症の再発を示唆していることがあり、臨床症状のみでは判断が難しいため、定期的な採血による評価が重要です。
また、長期のビスホスホネート投与では顎骨壊死のリスクがあるため、投与前の歯科スクリーニングと定期的な口腔内評価が推奨されます。特に侵襲的歯科処置を予定している患者では、ビスホスホネート投与のタイミングを調整する必要があります。