スタリビルドを服用中の患者さんを、ゲンボイヤに切り替えれば安全だと思っていませんか?実は腎機能の基準値が異なり、条件を確認しないまま切り替えると、思わぬ副作用リスクを見逃す可能性があります。

スタリビルド配合錠(EVG/COBI/TDF/FTC)は、2013年に鳥居薬品から発売された抗HIV薬のシングルタブレットレジメン(STR)です。1日1回1錠で服用できる利便性から、広く使用されてきました。
販売中止の直接の理由は、薬剤の有効性や安全性の問題ではありません。日本たばこ産業(JT)および鳥居薬品と、米ギリアド・サイエンシズとの間のライセンス契約が2019年1月に終了したことが出発点です。その後、製造販売元がギリアド・サイエンシズ株式会社に移行しましたが、最終的に2022年3月に販売中止が決定されました。
2022年8月には出荷も終了しており、現在は市場に流通していません。重要なのはここです。「在庫があれば調剤できる」と思っている医療者もいるかもしれませんが、経過措置期間も終了しており、現時点ではスタリビルド配合錠を新たに処方・調剤することはできません。
販売中止が決まった背景には、有効性・安全性でより優れたTAF(テノホビルアラフェナミド)含有の後継薬への世代交代という側面もあります。つまり、淘汰による中止というニュアンスを含む点は、医療従事者として認識しておくべきです。
| 項目 | 内容 |
|---|---|
| 発売年 | 2013年5月14日 |
| 販売元 | 鳥居薬品(当初)→ギリアド・サイエンシズ |
| 販売中止 | 2022年3月 |
| 出荷終了 | 2022年8月 |
| 中止の理由 | ライセンス契約終了 + 後継薬への世代交代 |
鳥居薬品とギリアドのライセンス契約終了に関する詳しい背景は、以下の公開情報で確認できます。
鳥居薬品|抗HIV薬6品の日本国内における独占的販売権に関する契約終了のお知らせ(PDF)
スタリビルドの正式名称は「エルビテグラビル・コビシスタット・エムトリシタビン・テノホビルジソプロキシルフマル酸塩配合錠」です。4つの有効成分が1錠に凝縮されており、それぞれ異なる役割を担っています。
まずキードラッグ(主要薬)は、エルビテグラビル(EVG)です。HIVのインテグラーゼ酵素を阻害することで、ウイルスのDNAが人のDNAへ組み込まれる工程をブロックします。次にコビシスタット(COBI)は、エルビテグラビルを分解するCYP3Aという酵素を選択的に阻害して、エルビテグラビルの血中濃度を維持する薬物動態学的増強因子(ブースター)です。COBIのおかげで1日1回服用が成立しています。
バックボーン(基礎薬)として含まれるのはテノホビルジソプロキシルフマル酸塩(TDF)とエムトリシタビン(FTC)です。どちらも核酸系逆転写酵素阻害薬で、ウイルスのRNAからDNAへの逆転写を阻害します。TDFとFTCの組み合わせはHBVにも抗ウイルス効果を持つため、B型肝炎の合併管理においても重要な役割を担っていました。
これが原則です。4成分で3つの異なる作用機序をカバーし、1日1回1錠で強力な多剤療法が実現できる——それがスタリビルドの設計思想でした。
スタリビルドの作用機序を詳細に確認したい場合は、以下のページが参考になります。
おくすり110番|スタリビルド(エルビテグラビル/コビシスタット/エムトリシタビン/テノホビル)の解説
スタリビルドの後継薬として位置づけられるのが、ゲンボイヤ配合錠(EVG/COBI/TAF/FTC)です。エルビテグラビルとコビシスタット、FTCは共通しており、変更点はバックボーンのテノホビルの形です。スタリビルドが含むTDF(テノホビルジソプロキシルフマル酸塩)が、ゲンボイヤではTAF(テノホビルアラフェナミド)に置き換わっています。
この変更は大きな意味を持ちます。TDFとTAFは同じテノホビルのプロドラッグですが、体内での挙動がまったく異なります。TDFは血中を通じて全身に分布するため、腎細管への毒性や骨密度低下が問題になりました。一方TAFは、細胞内でより効率的にリン酸化されるため、体内に必要なTAFの用量が25mgと少なく(TDFは300mg)、腎臓や骨への移行が少ないという特徴があります。これは使えそうな知識です。
スタリビルド vs ゲンボイヤの比較試験では、96週時点での腎機能(eGFR)の低下幅も、骨密度(大腿骨頸部・腰椎)の低下率も、TAF含有のゲンボイヤ群の方が有意に軽微でした。抗ウイルス効果は同等でありながら、腎・骨への安全性が改善したことが、ゲンボイヤへの世代交代を促した根拠です。
ただし、TAFへの変更にはデメリットもあります。LDL-コレステロールなど脂質マーカーが上昇する場合があること、そしてTDFが持っていた脂質低下作用が失われることが挙げられます。臨床的意義については現時点では明確ではありませんが、脂質異常症のある患者ではモニタリングが必要です。
| 比較項目 | スタリビルド(TDF含有) | ゲンボイヤ(TAF含有) |
|---|---|---|
| テノホビルの形 | TDF 300mg | TAF 10mg(cobi併用時) |
| 腎機能への影響 | eGFR低下あり(要注意) | TDFより軽微 |
| 骨密度への影響 | 低下あり(特に低体重者) | TDFより軽微 |
| 開始時の腎機能基準 | Ccr 70mL/min以上 | eGFR 30mL/min以上 |
| 脂質への影響 | TDFは脂質低下作用あり | LDL-C上昇の可能性あり |
| 現在の状況 | 販売中止(2022年3月) | 現在も処方可能 |
抗HIV治療ガイドラインでは、TDF/FTCは推奨薬剤表から削除されており、TAF/FTCが推奨されています。
抗HIV治療ガイドライン(2025年版)|初回治療レジメン:NRTI比較とTAF/TDFの評価
スタリビルドからゲンボイヤへの切り替えは「同じ成分がほぼそのまま」と思われがちですが、腎機能の開始基準が異なる点に注意が必要です。スタリビルドはクレアチニンクリアランス(Ccr)が70mL/min以上であることが開始条件でした。一方、後継薬ゲンボイヤはeGFRが30mL/min以上であれば開始可能です。
これが何を意味するかというと、スタリビルド服用中に腎機能が低下してCcr 70mL/min未満になった患者さんでも、ゲンボイヤへの切り替えの対象になり得るということです。ただし、Ccr 50mL/min未満に低下した場合はスタリビルドの中止基準に相当するため、切り替え前に必ず腎機能を改めて確認することが原則です。
B型肝炎合併患者への対応は慎重に。スタリビルド・ゲンボイヤ共にTDFまたはTAFを含み、これらはHBVにも抗ウイルス効果を持ちます。そのため、HBV合併患者でテノホビル含有薬を中止すると、B型慢性肝炎が急激に悪化するリスクがあります。スタリビルドからゲンボイヤへの切り替えであれば、テノホビル(の形は異なるが)は継続されるため問題は少ないですが、他の薬剤への変更を検討する場合には特段の注意が必要です。
コビシスタット(COBI)が継続される点も見落とせません。COBIはCYP3Aを強力に阻害するブースターです。スタリビルドからゲンボイヤに変更しても、COBIは同様に含まれるため、多数の薬物相互作用はそのまま引き継がれます。特に注意すべき代表的な禁忌薬・注意薬を下記にまとめます。
切り替えを安全に実施するために、日本エイズ学会のガイダンスも定期的に確認してください。
日本エイズ学会|HIV感染症治療の手引き(第23版)PDF:スタリビルドとゲンボイヤの腎機能基準比較あり
現行の抗HIV治療ガイドライン(2025年版)では、スタリビルドが担っていたような「EVG/COBI系のSTR」の位置づけは大きく変化しています。現在の初回治療の主流は、BIC(ビクテグラビル)またはDTG(ドルテグラビル)をキードラッグとしたレジメンです。
特に「大部分のHIV感染者に推奨されるレジメン」として挙げられているのは、BIC/TAF/FTC(ビクタルビ配合錠)、DTG+TAF/FTC(ドウベイト+デシコビ)、DTG/3TC(ドウベイト配合錠)の3種です。EVG/COBIを主体とするゲンボイヤは「状況によって推奨されるレジメン」ではなく、現ガイドラインの推奨薬リストにも記載されなくなってきています。
意外ですね。スタリビルドの「後継薬」として登場したゲンボイヤ自体も、現在の治療ガイドラインでは初回推奨から外れつつあるのです。これはエルビテグラビルの耐性バリアが比較的低く(DTGやBICより耐性変異が生じやすい)、また薬物相互作用が多いCOBIを必要とするためです。
スタリビルドからゲンボイヤへ切り替えた患者さんを担当している場合、患者の状況や腎機能、脂質プロファイル、アドヒアランスを定期的に評価し、BIC/TAF/FTCやDTGベースのレジメンへのさらなる移行を検討することも、現代の治療標準を踏まえた実践です。これが条件です——「切り替えたら終わり」ではなく、定期的な治療レジメンの見直しが求められます。
現行の抗HIV治療ガイドラインの推奨レジメン全体を確認するには以下が参考になります。
抗HIV治療ガイドライン(2025年版)|初回治療レジメン(日本エイズ学会・研究班)