大腿骨頸部骨折の原因として、転倒が全体の90%以上を占めることが明らかになっています。しかし、これは決して激しい転倒だけが原因ではありません。日常生活での些細な転倒、歩行時のつまずき、ベッドからの転落といった軽微な外力でも骨折が発生します。
転倒による骨折が起こりやすい理由として、大腿骨頸部の解剖学的特徴が挙げられます。大腿骨頸部は湾曲した構造を持ち、体重を支える際に外力が集中しやすい部位です。特に側方への転倒時には、股関節に直接的な衝撃が加わり、骨折リスクが著しく高まります。
高齢者における転倒の要因には以下のようなものがあります。
転倒予防は大腿骨頸部骨折の最も重要な予防策であり、医療従事者は患者の転倒リスク評価と環境整備指導を積極的に行う必要があります。
骨粗鬆症は大腿骨頸部骨折の最も重要な背景因子です。骨密度の低下により、正常であれば骨折を起こさない程度の軽微な外力でも容易に骨折が発生します。
骨粗鬆症による骨脆弱化のメカニズムは複雑で、以下の要因が関与しています。
加齢による変化
女性特有の要因
閉経後の女性では、エストロゲンの急激な減少により骨密度が年間2-3%低下します。これにより、70歳代では骨折リスクが著しく増加し、大腿骨頸部骨折の発症率が急激に上昇します。
重度骨粗鬆症の特徴的所見
骨密度が著しく低下した患者では、以下のような極めて軽微な外力でも骨折が発生します。
これらの症例では、骨折が先に発生し、その結果として転倒に至る可能性も指摘されています。医療従事者は、寝たきり患者や重度骨粗鬆症患者の取り扱いに際して、常に骨折リスクを念頭に置いた慎重な対応が求められます。
大腿骨頸部骨折の初期症状は比較的明確で、以下の三主徴が特徴的です。
疼痛
機能障害
外観上の変化
疼痛の特徴として、骨折部位による違いがあります。内側骨折では関節包内に骨折があるため周囲にスペースがなく、内出血は少ないものの持続的な深部痛を呈します。一方、外側骨折では関節包外の骨折のため内出血が多く、より強い急性疼痛と著明な腫脹を認めます。
また、膝関節周囲の痛みを訴える患者もいますが、これは関連痛によるもので、股関節の詳細な診察が重要です。
大腿骨頸部骨折は解剖学的位置により内側骨折(関節包内骨折)と外側骨折(関節包外骨折)に分類され、それぞれ異なる症状パターンを示します。
内側骨折の特徴
内側骨折は股関節の関節包内で発生し、以下の特徴があります。
外側骨折の特徴
外側骨折は関節包外で発生し、以下の症状を呈します。
症状の鑑別ポイント
医療従事者が両者を鑑別する際の重要なポイント。
この鑑別は治療方針の決定に直結するため、初期評価において正確な診断が求められます。
大腿骨頸部骨折の中には、典型的な症状を呈さず診断が遅れるケースが存在します。これらの非典型例を理解することは、適切な医療提供において極めて重要です。
不完全骨折(不全骨折)
不完全骨折では骨にひびが入っているものの完全な離断には至っていません。この場合。
認知症患者における症状
認知症患者では症状の訴えが不明確になることがあります。
多発外傷時の見逃し
複数の外傷を有する患者では、より目立つ外傷に注意が向き大腿骨頸部骨折が見逃される場合があります。
疲労骨折パターン
長期間の微細な負荷により発生する疲労骨折では。
これらの非典型例に対しては、高い臨床的疑いを持ち、必要に応じてMRI検査などの精密検査を実施することが重要です。また、定期的な経過観察により症状の進行を早期に捉える必要があります。
医療従事者は、高齢者の股関節痛や歩行障害を認めた際には、症状が軽微であっても大腿骨頸部骨折の可能性を常に念頭に置き、適切な診断プロセスを経ることが求められます。早期診断により適切な治療介入を行うことで、患者の予後改善と ADL の維持が可能となります。
日本整形外科学会による大腿骨頸部骨折の詳細な病態解説
https://www.joa.or.jp/public/sick/condition/femoral_neck_fracture.html